


ここのところ、毎日雨模様の日が続いています。
朝夕関係なく厚い雲に覆われた空を見ていると憂鬱になります。
こんな日は、仕事もやる気が起こらない、妙に身体が重く感じます。
それでも、朝4時に起きて、ジムに行って、筋トレやって、トレッドミルで5キロ歩く。
ネットで紹介されていた川柳で笑わされました。
「車でジムに行き、チャリをこぐ」ってのが、
そのまま当てはまる僕のジム通い。笑
僕自身も、まさしくそのような年齢。もうすぐ後期高齢者となる身の上です。
そして、来月の1日には、73歳を迎えようとしています。
そういえば、誕生日まで、あと、残り3週間や! これ、歳を重ねていくことは、
カウントアップなのか?カウントダウンなのか?
こんな質問を若い人にぶつけると、おそらく「人生のカウントダウンに決まってるやろ!」と返ってくるだろう。
若いうちは、先に起こることすべてが真新しい経験となる、すべてにおいて興味津々、楽しくって仕方ない!
そんな 人たちにとっては、人生の経験をたくさん積んできたジジイの余生に際しては「当然カウントダウン」でしょう・・・
でもね、若者諸君!人生のカウントダウンと言って笑うかもしれないけど、
ジジイの私にも若いころはあった。
長髪で腰に近くまで伸びた髪の毛もあった時代もあるんだぞ!笑
そんな若いころって、誕生日を心待ちにしていた。
でも、ジジイには若者にない部分を持っているんです。
だって、酒もたばこも大手を振って楽しむことができる!
勉強をする必要がなくなる!
いろいろな制約がなくなり、自分で好きなことをやることが可能となる。
若者にはうらやましいと感じるものも、同時に持ち合わせているのですよ・・・・
今年の酷暑から、涼しくなる秋の訪れを待つカウントダウンもあれば、
この冬のスキー旅行を楽しみにするカウントダウンもある。
ひょっとすると、あと数か月で結婚するって人もいるかもしれない・・・・
カウントダウンって、人によって持つ意味が大きく違ってくるんですね。
そして、人生のカウントダウンこそ誰にも止められない。
それなら、カウントダウンしながら、今日を楽しんで、面白がって生きてく!
そんなカウントダウンって、素敵じゃない?
「Wの悲劇」を聴いていると、もう一つ、思い出すことがある。
冬の夕陽の中で、ジグソーパズルのピースを一つ一つ集めていた、若い頃の自分だ。
あの頃、僕はお金を持っていなかった。
食べるものにも、それなりに苦労した。
マクドナルドのビッグマックを、一日一個で過ごしていたこともある。
今なら、「それは食事とは言わんぞ」と自分に言いたくなるけれど(笑)、当時はそれでも何とかなった。
コーヒーは、ファミリーレストランのおかわり自由で、一杯25セント。
何杯飲んだことだろう。
それでも、恥ずかしくなかった。
「若い」ということは、不思議なもので、いろいろなことに使える口実だった。
お金がない。
食べるものが十分にない。
でも、若い。
だから、それでいい。
そんな時代だった。
そして、今になって思う。
あの頃の自分は、お金はなかったけれど、案外、充実していたのではないか。
今のように、いろいろなことを考え、先のことを思い巡らせ、常に何かを追い求めていたわけではなかった。
もっと、おっとりしていた。
もっと、落ち着いていた。
冬の夕方になれば、部屋にオレンジ色の光が入ってくる。
その光の中で、ジグソーパズルのピースを探す。
ただ、それだけ。
今日、何かを成し遂げなければならないわけでもない。
明日のために何かを準備しなければならないわけでもない。
一つのピースを手に取って、違えば戻す。
また一つ拾う。
それだけの時間だった。
今思えば、ずいぶん贅沢な時間だったのかもしれない。
僕は、あの頃の貧しさを懐かしんでいるわけではない。
25セントのコーヒーを懐かしんでいるわけでもない。
懐かしいのは、
何かを持っていなくても、それほど焦らずに生きていた自分。
そして、
何かを追いかけなくても、その時間そのものを楽しんでいた自分。
なのだと思う。
だから「Wの悲劇」を聴くと、女性が浮かんでくるわけではない。
恋愛の記憶でもない。
浮かんでくるのは、冬の夕陽と、オレンジ色の部屋。
そして、その中で黙々とジグソーパズルをしている若い自分だ。
不思議なことに、今の僕は、その若い自分を見ていて、少し羨ましくなる。
「お前、ずいぶんゆっくり生きてたんだな」
そう言ってやりたくなる。
でも、たぶん若い頃の僕は、そんなことを考えていなかった。
ただ、その日を過ごしていた。
それで十分だった。
そして今、歳を重ねた僕は、あの頃の自分に少し似た時間を、もう一度探しているのかもしれない。
朝、コーヒーを淹れる。
好きなイタリアの曲を聴く。
洗濯機に呼ばれれば、仕方なく(笑)洗濯物を干す。
仕事をする。
ジムへ行く。
そして、いつかアマルフィを自分の足で歩く。
昔と同じではない。
でも、
「その時間を、自分のものとして楽しむ」
というところだけは、案外変わっていないのかもしれない。
「Wの悲劇」は恋の歌なのだろう。
でも、僕にとっては違う。
この歌を聴くと、若い頃の自分が帰ってくる。
女性ではなく。
恋でもなく。
冬の夕陽の中にいた、あの頃の僕が。
そして、今の僕は、その若い僕に向かって、心の中でこう言う。
「お前、あの頃、結構幸せだったんだぞ。」
――「認知症道中膝栗毛」
今夜はもう一度、記憶の道を寄り道してみた。
最近、なぜか薬師丸ひろ子の「Wの悲劇」をよく聴く。
と言っても、僕は若い頃から薬師丸ひろ子という女優さんに、とりたてて興味があったわけではない。むしろ、彼女の映画、特に松田優作との映画などは、当時の僕には少しガキっぽく感じられて、あまり見る気になれなかった。
世の若者が「松田優作、かっこいい!」と言っていた時代にも、僕には、あのシニカルな俳優スタイルがどうも好きになれなかった。
だから、「Wの悲劇」が青春時代の思い出の曲だったわけではない。
ところが、数年前のこと。
テレビで、デビューから何十年という節目を迎えた薬師丸ひろ子のコンサート映像を観た。
そこで歌っている彼女を見て、
「あっ、これ、いいな」
と思った。
若い頃の彼女とは違う。
歳月を重ねてきた人の声だった。
声そのものに、彼女が積み重ねてきた人生の重みがある。柔らかさがあり、少しの翳りもある。そして、声だけではなく、その声が醸し出す空気がある。
僕はそのとき、「Wの悲劇」を改めて好きになった。
そしてタワーレコードでCDを買い、携帯に入れた。
その頃は、今通っているジムではなく、チョコザップでトレッドミルを歩いていた。歩きながら「Wの悲劇」を聴くことがあった。
今では、イタリアのラブソングを聴きながら歩いているのだけれど、以前は薬師丸ひろ子だったわけだ。
ところが、不思議なのはここからである。
「Wの悲劇」は、もちろん恋の歌だ。
でも、僕がこの曲を聴いても、女性の姿は浮かんでこない。
昔の恋愛を思い出すわけでもない。
僕の中では、この曲から「女っ気」がすっと抜けてしまっている。
では、何を感じているのか。
あるとき、それに気がついた。
僕はこの曲を聴くと、若い頃の冬のある時間を思い出すのだ。
寒い冬の日。
夕方になると、部屋の中にオレンジ色の夕陽が差し込んでくる。
その光の中で、僕は一人でジグソーパズルをしていた。
ただ、それだけの時間。
何か大きな出来事があったわけでもない。
誰かとの特別な思い出でもない。
でも、「Wの悲劇」を聴くと、その部屋の光景が浮かんでくる。
不思議なものだ。
僕は若い頃、この曲を聴いていたわけではない。
薬師丸ひろ子の歌を聴いていたわけでもない。
それなのに、今の彼女の声を聴くと、なぜか昔の自分が戻ってくる。
考えてみれば、記憶というものは、出来事を順番にしまってある引き出しではないのかもしれない。
音楽を聴いて、曲名を思い出す。
歌手の名前を思い出す。
そういう「知識としての記憶」だけではない。
音や声をきっかけにして、
その頃の空気、
部屋の明るさ、
季節、
匂い、
温度、
そして、そのときの自分の感情まで、
一緒になって蘇ってくることがある。
僕の場合、「Wの悲劇」が呼び戻したのは、恋愛の記憶ではなかった。
冬の夕陽の中で、ジグソーパズルをしていた若い自分だった。
だから、僕がこの曲に感じる「懐かしさ」は、恋の懐かしさではない。
もしかすると、
「自分にも、こんな時間があったんだな」
という懐かしさなのだと思う。
そして、もう一つ大切なことがある。
歌っている薬師丸ひろ子も、僕も、あの頃とは違う。
彼女は歳月を重ねた。
僕も歳月を重ねた。
だから今、彼女の声を聴くと、彼女が歩いてきた時間と、僕自身が歩いてきた時間が、ほんの一瞬だけ重なるような気がする。
若い頃の彼女の声ではなく、人生を積み重ねた今の彼女の声だからこそ、僕の中にある「過ぎてきた時間」に触れるのかもしれない。
そう考えると、「Wの悲劇」は、僕にとって恋の歌でありながら、恋の歌ではない。
むしろ、
「人生を重ねた人の声を通して、自分自身の人生の時間を感じる歌」
なのかもしれない。
そして、このことを考えていたら、認知症の方の記憶についても、少し違った見方ができるのではないかと思った。
認知症の方に、昔の歌を聴いてもらう。
「この歌、知っていますか?」
そう尋ねても、歌手の名前が出てこないかもしれない。
曲名も出てこないかもしれない。
歌詞を最後まで歌えないかもしれない。
でも、それだけで「記憶がない」と考えていいのだろうか。
その歌を聴いたことで、その人の中に何かが動いているかもしれない。
昔の部屋の空気。
家族の気配。
若かった頃の自分。
ある季節の匂い。
誰かと過ごした時間。
あるいは、言葉にはできないけれど、「なんだか懐かしい」という感覚。
それは、本人にも説明できない記憶かもしれない。
僕自身がそうなのだから。
「Wの悲劇」を聴いても、僕は薬師丸ひろ子との思い出があるわけではない。
ましてや、この曲を若い頃に聴いていたわけでもない。
それでも、彼女の今の声を聴いた瞬間に、何十年も前の冬の夕陽が、僕の中にふっと現れた。
だったら、認知症の方の心の中にも、僕たちには見えない形で、そんな「記憶の入口」が存在するのかもしれない。
大切なのは、
「思い出したか、思い出さなかったか」
だけではないのかもしれない。
その人の中で、何かが動いたか。
何かを感じたか。
ほんの一瞬でも、過去の自分とつながったか。
僕たちには、それを確かめることができないことも多い。
だからこそ、音楽を聴いてもらうときには、答えを求めすぎないことも大切なのだと思う。
「この歌、知ってる?」
ではなく、
「この歌、なんだか懐かしいね」
それだけでもいいのかもしれない。
記憶というものは、必ずしも言葉になって帰ってくるとは限らない。
音楽や匂いや光のようなものになって、そっと心の中に戻ってくることもある。
そして僕自身、歳を重ねてから、それを少しずつ分かるようになってきた。
若い頃の僕は、冬の夕陽の中で、ただジグソーパズルをしていた。
今の僕は、その光景を思い出して、
「ああ……あの頃の俺にも、あんな時間があったんだな」
と、少し温かい気持ちになる。
それで十分なのだと思う。
人生の記憶というのは、案外そういうものなのかもしれない。
そして今夜もまた、「Wの悲劇」を聴く。
恋の歌なのに、僕の中に浮かぶのは女性ではない。
冬の夕陽。
オレンジ色の部屋。
そして、若い頃の僕。
不思議な歌である。
でも、だからこそ、好きなのだ。
――「認知症道中膝栗毛」、今夜は少し寄り道。
Wの悲劇という歌に連れられて、何十年も前の冬の夕陽の中まで、歩いてきた。
「これから冬季に向けて、施設全体で感染症から利用者さんと職員を守る体制に切り替えます」
テレビの報道を聞いていると、すでに今年のインフルエンザ患者が四日市市でも急増しているということです。
太陽の家の利用者様にも、感染することで重篤な状態と陥るリスクの高い高齢者の方々が多いです。
今まで、マスク着用は、利用者様の自由意思に任せておりましたが、このたびのインフルエンザ流行の
報道を受けて、施設全体で感染症に対する体制を切り替えようと考えております。
本年の10月1日から、完全にマスク着用。
定期的な換気の実施
趣旨の消毒の強化
面会、施設への立ち入りに必要な制限
早期の体調変化の発見など
早急な対応が可能な体制に切り替えます。
マスクを自由化したり、着用義務化したりと、
ご家族様にはご迷惑なことではありますが、この冬を安全に乗り切るため
ご理解とご協力をお願いいたします。
今年の夏は、本当に暑い日が多かった。
過ぎてしまえば、ほんの一か月程度の期間、こうやって思い返してみると、そんな夏の暑さも早く過ぎたように感じる。
暑すぎるからという理由ではないかと思うけど、とにかく8月半ばから朝、起きられなくなった。
常に朝4時に起きて、身支度して、ジムに通う毎日が、8月中旬から、妙に物臭くなり
朝6時まで寝過ごしてしまうことが増えた。
そして、妙に腰に違和感を感じ、そのうちに左足が痛くなり始めた。
こうなると、もう、腰痛と足の痛みを口実にジムに行かなくなる。笑
10日が過ぎ、二週間が過ぎ・・・8月の末まで休止!と勝手に決め込んでジムを休む!
さて、ここで、介護に携わる自分は考えた。
「これって、年齢による好奇心の喪失?気力の減退? 何とかの関連痛?」
ジムに行かないことは、一日の歩数が極端に少なくなるのです。
それまでは、必ず12000歩歩く毎日が、4000歩どまり。
年齢とともに、次第に身体の至るところに老化が始まる。
この老化現象に身を任せてしまうことでフレイルに陥る。
朝、ゆっくりと起きて、運動量も少なく、食べることだけは旺盛な僕は
当然、その分、太る。そして、体系も以前のようにおデブちゃんとなる
これが健康寿命を縮めることにつながる。
歳とって体を鍛えることはむつかしい。その気力と体力を維持することがむつかしい。
だけど、ここで、ひと踏ん張りしないと、結果的に自分の力で移動し余生を楽しむことができにくくなる。
そう考え、9月1日より、朝のジム通いを復活。今のところ、毎日、4時起きで頑張っています。(笑)