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ブログ-施設長の部屋

2020/9/18
高齢者福祉従事者に対する一部の偏見について

今なお、福祉従事者に対する偏見を持つ人が一部に存在する。

介護従事者やケアマネジャーを卑しい職業又は下等な業務を行う者と言った偏見である。

私は、これらの偏見に対して、断固反対する。また、そのような認識を持つ人を徹底的に糾弾する。

自分がその職業についているからではなく、我々の職業を下にみる人は、同じように要介護者を下にみている。

何もできない、無用の人物、生産性のない人と言う認識で要介護者又は社会的弱者を見ている。

社会福祉を切り捨てる事は、そのまま元気で健康でないものは切り捨てられ廃棄処分の対象となる。

そんな社会に生きていて、将来の夢に向かって努力する意欲はわかない。

必然的に将来を卑下して、若者はこの国を離れ、別天地を求めて脱出する。

社会保障とは、そういったものだ。働けるものは働き、働けなくなった時に備える。

それを国を挙げて支援する。それが整っているから、不安なく毎日を暮らせる。

こんな理屈も分からない者は、日曜日や夜間に時間外でも緊急支援にはいる介護者、ケアマネジャーに対し

その汚い口でもって余計なことを発言することを控えなさい!

2020/9/15
恒例の栗拾いに行かせていただきました。

鈴鹿市と四日市市の境にある高岡町という地域にあるお寺さんのご厚意で

毎年、栗拾いをさせて頂いております。

今年は、太陽の家グループホームが先月末に一回目の栗拾いを、

昨日は、姉妹施設の虹の丘グループホームがご招待いただき

総勢12名の入居者と職員が栗拾いをさせて頂きました。

お寺さんが言われるには、二種類の栗の木があるそうで、

早生と晩生があり、今回の栗拾いは晩生の分と言うことでした。

此れから栗ご飯や栗きんとんとして、利用者の方々に召し上がっていただきます。

旬のものを採集し、調理し、食べる。

贅沢な時を有難うございました。12676383064142-002.jpg12676383168665-002.jpg12676383217928-002.jpg12676383339130-002.jpg12676383375367-002.jpg12676383558154-002.jpg12676383287813-002.jpg12676383287813-002.jpg

2020/8/19
新型コロナウイルス

今日の三重県での新型コロナウイルス感染者は14名だった。

感染者数の規模ではなく、重症者の数が重要だと今の時点で政府は考えている。

毎日、夕方になると全国の新規感染者数が発表される。

3月4月の感染者数の波より、今の波の方が3倍ほど大きい。

三重県にしても同様で、緊急事態宣言の時からみてみると

やはり3倍の人々が罹患している。

また、以前に比べると入院期間も、以前に比べると極端に短くなっている。

ある説によると、退院の条件であるPCR検査陰生を二回もって退院という基準は削除されたようだ。

無症状患者が増えたせいか、

新型コロナウイルスの実態も研究され、以前よりその特徴や治療のめどがたってきたからか

とにかく新規患者数は増えるが、退院する人の数もかなり急ピッチで進んでいる。

ただ、市中感染状態と言えるほど、ありとあらゆる場所で簡単に感染してしまうように感じる。

人の集まる大規模商業施設や、飲食店、訪問などでも感染してしまう。

僕は、高齢者の一人とカウントされる年齢になり

ある程度危険な病歴を持ち、感染すれば重度化する可能性は大きい。

この8月の感染拡大が、日本におけるコロナウイルスの第二波とするなら

この冬におきそうな第三波が襲い、さらに多くの人が感染して

医療崩壊が起きたとき。私たちがケアする認知症の人は充分な治療をうけることが出来るだろうか??

限られた医療設備、治療薬なども不足する時、社会的弱者がトリアージされてしまわないだろうか・・・?

僕は、今の政府の考え方には賛成できない。

感染者の多くが若年層であり、無症状の人が多く

感染者数こそ多いが、適切な対策をとりながら経済を動かすことに主力を投じる現状を

基礎疾患を持ち、認知症を持つ高齢者が、姥捨て山に捨てられる無用の人たちとして

私を含む高齢者が選択されてしまうことが恐ろしい!

2020/8/19
異国で仕事をする難しさについて

介護業界に海外からの技能実習生が多く入植し始めている。

うちの太陽の家デイサービスにおいても、技能実習生ではないが

外国で生まれ、長年、日本で暮らしてきた者が働いている。

介護は初めての経験。

言葉は結構流ちょうに話せるものの,漢字は苦手なようだ。

人間はお国柄は違っても、同じ感情の持ち主であり

喜びも、悲しみも、苦しみも感じる。

嬉しいこと楽しいことも、同じようなメカニズムで感じる。

苦しみも悲しみも同じ。

でも、言葉が自由に、自分が思うように操れないことは非常につらいのです。

人は人との関わりの中で摩擦が起き、いろいろな感情に結び付いていきます。

これが対人関係といえるものなのですが

言葉が十分でないと、この関係性の構築が難しい。

相手がいて、その人を理解する上で、言葉抜きで相互理解はできにくくなります。

そして、 人間は時として非常に手間のかかる案件には前向きでなくなることもあります。

言葉での説明が難しくなり、手間取る場合は

理解する前に諦めてしまうことが増えます。

要するに放置される。結果となり、本人としては捨てられた気がするものです。

もちろん、じっくりと説明し、教えることの手間をとれないほど

業務が煩雑になっているからかもしれません。

それだけ、介護の世界ってのは瞬時に、

あうんの呼吸で支援の手を出さなければならないことも影響していそうです。

しかし、ここで、みんなに知ってもらいたいのは、

外国人で育った文化、歴史、環境の違うところで積み上げた経験を発揮するには

言葉が大きな壁になります。

どこまで私たちが、手間暇惜しまず接することが出来るか・・・?

僕は、この気持ちが外国人と相互理解に向けて一番重要だと思っています。

相手を分かろうとする思い、相手に伝えたい気持ち。それぞれが

同じ感情で前に進もうと努力しています。

相手を思う気持ち。これから少しでも日本人スタッフが

外国人スタッフに対してやさしく、根気強く付き合ってくれることを望みます。

2020/8/10
終戦から七五年・・・

太平洋戦争を僕は知らない世代である。

終戦から八年後に生まれているからだが

それでも、今のように贅沢な時代ではなかった。

戦後の復興最中であり、まだまだ日本国民は裕福な生活とは言えない時代でもあった。

繁華街では白装束で軍帽をかぶり、松葉杖で支えた身体で募金を募る人もいた。

母が、そんな人たちを『傷痍軍人』と呼び、戦争で怪我をして生活苦のために

街頭で 金銭の施しを求めていた。

戦時中ほどではなかったものの、田舎の百姓の子供のおやつといえば

サツマイモや米菓子やトウモロコシ等の畑でとれるものだけ。

生クリームたっぷりのクリームパフなんて食べたことはなかった。

チョコレートだって、上等な砂糖菓子なんて口には入らなかった。

子供たちは、多かれ少なかれ皆、継ぎはぎのあたった服を着ていた。

毎日、同じ服を着て、袖のところで鼻をぬぐうから、袖口が光っていた。

ゲーム機もないから、遊び道具は自分たち手作り。

木を削ってピストルに似たおもちゃを作り、戦争ごっこをやった。

そのころ流行っていた漫画の主人公の絵が入ったメンコは

田舎では高級な遊び道具で、僕たちは牛乳の厚紙の蓋をつかって

メンコ遊びをしていた。

戦後八年も、まだまだ日本の社会は発展途上国の様相であり

急激に社会が発展し始めるには、終戦から二〇年の年月がかかった。

本当に貧乏で、何もない不便な時代だったが

それでも、子供時代は楽しかった。

皆が共に貧乏だから、貧乏でも何もなくても恥ずかしくなかった。

テレビも、冷蔵庫も、車なんてめっそうもない。

そんな時代を過ごして、六〇数年がたって

自分の生活も随分と近代的になり、裕福になった。

でも、まだ何かを今でも求め、探して生きている。

人間てのは、どこまで行っても欲深いものだ。

この欲深さと併せて、生きることへの執着も果てしなく続く。

 


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