太陽の家

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ブログ-施設長の部屋

2010/6/30
とうとう6月も終わりです。

光陰矢のごとし! もう6月も終わりますね! 今月は途中で職員の発破もあってブログの更新に精力を費やした。お陰でこのブログで35本目。今までの中の最多記録を更新しました。ブログってのは本数では無いのです。量より質なのですが、どうも量を意識してしまうと、どうしても過去に負けたくないという意識が働き、もうこうなると中毒症状バリバリの意地みたいなところがある。 何でも継続が重要と!そうなんです、このブログも本数だけではなく継続年数の方が価値をもつはずなのです。これからは定期的な更新だけではなく、休むことなく継続的に書き続けるように努力したいと思っています。

 でも、自分なりには小さな声で「35回更新達成!おめでとう!」と自画自賛したい気持ちです。

 これからも暇さえあればブログの更新を目指し、また、同時にブログ更新のためにもアンテナを大きく張り出し、全てのものを注意深く観察するよう努めます。皆さんに読んで頂けるように頑張ります。

 

2010/6/30
曇りのち時々雨,サウナ風呂のような湿度!

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 いや~っ、暑かった。29日から30日にかけて東京に行ってきた。少し堅ッ苦しい会議への出席のためにジャケットを着て、流石にネクタイこそは締めなかったが、それでも一応の井出達で出かけた。折からの雨の影響と季節がら、湿度も高く、半袖シャツだけでも汗ばむ天候に、ジャケットをきて都内を歩く事は無謀である。夏対策として、最近では汗対策として通気性抜群のTシャツを着て、半袖シャツをまとう。やはり、汗がシャツを濡らす事は無かった。

 着衣の事はどうでもよいとして、この暑さ。並ではない。うだるような!という表現がこれほど相応しく聞こえる日は無い程。東京23区がすっぽりとサウナ風呂の中に入り込んでしまったような、呼吸するにも苦しくなるような蒸し暑さだった。そして、時折激しく降る雨。都内ではワールドカップサッカーのテレビ放映を店で流しながら、顧客の獲得に必死である。打ち合わせを兼ねて入った店でも、店員さんが日本ティームのユニフォームを着てサービスを行っていた。

 僕は、それ程のサッカーファンでもなく、テレビの映像より話し合の方が面白かったが、やはり、店の中の客の大半はテレビにくぎ付け。店員もオーダーを聞くと言うより、客と一緒にテレビを観ている。遠くの空に雷光激しく、ひと雨きそうな雰囲気。サッカーは兎も角、僕は天候の方が心配であった。

 今回の映像は、同じ場所から撮影した品川近辺の夜景と朝方の景色である。夜撮影した時には霧雨程度。その後、滝のような大雨。日が明けて、がらりと様子が変わり部分的に空に雲の切れ間も見られるような天候と変わっていた。

 何はともあれ、目的の会議を終了し、その後、ワインを飲みながら意見交換を行っただけの東京出張。遊びも何もなく。本当に会議のためだけに新幹線に揺られ、また新幹線に乗って帰ってくる。この間24時間。中で6時間ばかりの睡眠時間を差し引くと、都内で動いていた時間は、数時間。勿体ないような、そうでないような・・・・複雑である。

 次の東京は8月の初旬に再度おのぼりさんしてくる予定です。

2010/6/28
暑いです!

 今日は今年初の暑さと感じた程、熱に圧倒された一日だった。日も落ちて辺り一面まっ暗となっても空気に熱がこもって感じられた。このような暑い時期に、高齢者の施設で一番気を使うことに冷房の設定温度である。

 施設職員にとってみれば、高齢者の介護に際し、肉体労働的介護を行う段階で、十分な汗をかくことになる。ジッと動かなくとも汗が流れおちるのに、色々な面で気を使い、体を動かす介護の現場では冷房は、ホントに有難いものである。私自身、現場の職員さん達が暑さにめげず介護を行っている現場をしり目に、自分の事務所だけエアコンをかけて涼しい環境で仕事するにも気が引けて、事務所の中でも汗を流して耐えている。

 この暑さ。私の子供のころと比較しても、より暑くなっているのだろうか?それとも、夏はこの程度の暑さは普通だったのか?今では、記憶に薄く、その当時の気温との比較も出来ない。ただ、私の子供時代には、家庭にエアコンすら存在しない時代でもあり、窓を開け放ち、玄関先や庭先に打ち水をしたりして暑さをしのいでいたと想像する。うちの母親が畑から汗だくになって帰ってきて、その濡れた作業着のまま夕食の準備をしていた事を思い出す。母に甘えていくと、暑いから寄るな!と叱られたものである。昔はシャワーも無く、エアコンも無く、自然と共存するしか方法がなかった事と思う。

 そんな時代を過ごしてきた今の高齢者の人達にエアコンの冷気は、心地よい環境を提供している事となるのか?が、今日の私のブログの問いたい課題である。 夏は暑い、冬は寒い、おまけに日本には四季があり、それぞれに特有の財産というか、優れた文化をもっている。認知症高齢者に近代的な文化的な生活は有効なのだろうか?この問題に関しては意見が大きく分かれることとなろう。一つは、馴染みの生活を目指す観点から近代的な文明の利器に頼らない。頼るとしても最小限度の依存に抑える考え方。その対極として、汗疹などのような皮膚疾患や熱中症などの夏特有の状態に陥らないよう安定的な室温で生活できるように配慮する考え方の二つである。

 私はどちらかと言えば前者の方の考え方に近い。その理由と意義は、やはり生活環境の急激な変化を避けたい事。そして、エアコンの十分に効いた一部の閉鎖空間だけに生活することの弊害として不活発な生活を懸念したい。もちろん、エアコンに頼らない分、冷気を感じれるような空間整備を行う必要性もある。また、水分量、食事摂取量や睡眠にも配慮が必要である。暑い夏を体で感じ、それによって四季を味わい、旬の味わいを楽しみ、人生を感じれるよう支援出来れば最高かと思う。

 夏は自然の風は一番と言いながら、暑い熱風吹き荒れる中、エアコンを一切使わないと言う事ではない。適温、適切な時間に限って、限られたエリア外に移動しても急激な気温の変化を感じることのない程度のエアコン操作が必要であると考えている。

 エコロジカルな視点からばかりではなく、私は太陽の家を利用して頂く皆さんには、多少暑くても無理のない程度に熱気を感じてもらえるように繊細な環境調整していきたいと思っている。職員さんには申し訳ないのですが、エアコンは職員さんのために使うのではなく、利用者の皆さんの環境調整のために使いたいのです。この点に十分な理解をお願いします。

2010/6/27
僕の好きな音楽

 僕の好きな音楽。

 誰でもお気に入りの一曲をもっている事と思う。それはJpopであったり、レゲーであったり、ロックであったり、様々なジャンルの音楽から自分自身に合った音楽を好んで聴く。音楽も人との出会いと同じで、偶然を切っ掛けとして耳にして、その旋律または詩が心に残るとき。街ですれ違った名も知らない女性に恋心を抱く時のようなときめきをもたらすものである。

 僕も何の気も無く、テレビやラジオの挿入曲としてメインの番組の裏にうっすらと流れる、要するにBGMとして流された曲に恋する事が多い。随分と昔の話であるが、僕が中学の頃のラジオの深夜放送にお気に入りの番組があった。前田武彦と榊原ルミコって言っても知らない人が多い時代となってしまったが、兎に角、その番組のある放送の中でBGMとして流れた『The Look Of Love』という曲を耳にして以来、今でもこの曲が大好きである。作曲はバート・バカラックだと思うが確かではない。探せば結構沢山のアーティストが歌ったり演奏している。

 次に出会ったの曲は邦名「風のささやき」 原曲をスティーブ・マックイーン主演の映画、華麗なる賭けからThe windmills of your mindである。映画の中で、絶体絶命のピンチと言われる場面の中でマックイーン演じる大富豪であり詐欺師でもある男が一人静かにグライダーを大空に滑らせる場面で使われていた曲である。優雅で、それでいて物悲しい曲調が良く、この時のマックイーンが恰好良く素敵に見えた。この曲はインストロメンタルより歌詞のはいった曲の方が好きだ。

 次に出会った曲はカッチーニのアヴェ・マリアである。アヴェ・マリアという曲は沢山の作曲家が色々な曲を作っている。シューベルト、バッハ、ブラームス、ブルックナー、ジョスカン・デ・プレ、エルガー、ドニゼッティと有名どころを上げてもきりがない程沢山のアヴェ・マリアが存在する。そして、その全てにおいて旋律の美しさは言うまでも無く、聴いていて心洗われる気持ちとなるのであるが、特にカッチーニの作曲したアヴェ・マリアは更に悲しく、美しく、清らかな旋律で何時聴いても涙があふれる曲の一つである。

 そして、これらの好きな曲に共通して言える点として、物悲しい曲である事。人によっては「暗い」と一喝されそうなイメージであり、悲しい気分にさせる曲として嫌われるのかもしれない。しかし、前のブログでも紹介させてもらった動画メッセージの中の文言。 Asire to Inspire…….Before you expire.  Sorrows keep you human. 要するに乾ききる前に感激を求め常に情熱を注ぎ続けること。悲しみは人間性を保ち続けるためにも必要不可欠である。等の文言に表わされるように、僕の好きな曲は、そのまま僕の大切な人間性をキープするためにも重要な要素でもあるようだ・・・・

2010/6/26
まどろみの時間

 今日のように雨がしとしとと降る一日は、部屋の中で一人まどろむ、至福の時かもしれない。寒くも暑くも無い、ただ窓の外は降り続く雨を風の悪戯か、道行く人の傘も天をささず、真横にむかって開いている。アジサイの花のカタツムリも、風に揺られて船酔い気分だ。アメリカの知人から送られてきたメールに添付されていた動画カード。音楽と美しい映像だけでも十分に心おだやかになる。こんなまどろんだ雨の一日、このブログを読まれる方に味わっていただきたい。

 ちなみに、文章を簡単に紹介しておこう。 ある所に住む男に4人の息子がいた。四人の息子は社会経験が少なく、物事の判断が早すぎると言う欠点をもっていた。男は、その問題を解決するために四人の息子を度に出すことを決めた。長男は冬に旅だった。二男は春に旅だった。三男は夏に旅だった。一番の末っ子は秋に旅だった。それぞれが旅を終え家に戻り、男は子供たちを一堂に集め、旅の感想を聞いた。長男は、木は葉っぱも無く、雪と氷に閉ざされた寂しい場所だったと言う。二男は長男の言葉を打ち消すように、木には緑の葉っぱが生い茂りみずみずしく、花が咲き甘い香りが漂っていたと言う。三男は、そんな二男の言葉を同様に否定しながら、花は無かった。でも木には沢山の実がなり、甘くておいしいフルーツがいっぱい育っていた。また、末っ子は、そんな兄の言葉を、また同じように否定しながら、木々の葉っぱは茶色や黄色に染まり、風に吹かれて地面に舞っていた。とても物悲しい光景だった。と。

 四人の子供のそれぞれの感想を聞きながら男は子供達に言った。お前達の見た状況は、一生のうちの一部にしか過ぎない。そのものを理解しようとするなら全てを見てからでないと、本当の姿は見えてこないんだよ!と

 男は、季節の移り変わりを息子達に断片的に見せ、それらの断片的な状況だけで半田することの愚かさを教えたのである。皆さんが、この動画をセンチメンタルと感じるかシニカルと感じるかは判断できませんが、少なからず何かを感じて頂ける事と思います。ぜひ、一度、このメッセージを観てください。下の英語表記をクリックしてください。自動的にページがたちあがります。

     The Seasons In Life


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