今日、デイサービス利用者をご自宅にお送りした帰り道
三日市(太陽の家の近所)町内を走行中、
僕の車両の前を走っていた軽自動車が町内の直線道路(道路幅8m程の道路)途中で
突然ハザードを点滅させた。
何事?!?と思いつつ、僕も車両スピードを減速し停車した。
前の車両が停車したので後続車も停車、反対車線の車両も停車。
そこには信号機のない横断歩道があった。
普段よく僕も通る道だけど、あそこに横断歩道があったのは気付かなかった。
それくらい注意していないと見落としてしまう横断歩道を小学生の低学年らしき子供数名が
自転車を押しながら車道を渡ろうとしていた。
この前の車両の運転手さんは、この子供たちを見つけて車を止めたのである。
今どき、やたらと交通ルールを無視する輩の多い世の中
この運転手さんの行為に拍手を贈りたくなった!
言っておきますが、この行為って、交通ルールで決められている行為なんだよね!
信号無くても、横断歩道を渡ろうとしている人がいる場合、車は停車するか、または
停車できるスピードに減速し注意しながら通行することとルールで決まっている。
これに違反すると罰金と減点になる。
いたって当たり前の運転マナーが、これほどまで気持ち良い思いやりと
人の心を打つことになる。そんな時代となってしまったのですね。
自分の身辺をきれいにしないと悪い「気」が入ってくる!と脅かされ
そう言えば、最近ロクなことしか起こらないなァ~と考えた。
そうだ、掃除だ!事務所を奇麗にしよう!埃をはらい、余計な物品を置かず、
所定の場所を決めて整理しよう!と思いついた。
思いついたが吉日、すぐやる!そして綺麗に片付いた!
うん!なんだかスッキリした!
これで明日から、また気分新たに仕事できるぞ!
しかし、次に自分の部屋の掃除と整理。
これは手ごわいぞ!!
なにせ普段から掃除は丸く、適当に!が心情。
長年のゴミは、なかなかしぶとい。
こころしてかかるつもり。
先週末は台風21号の豪雨で、鈴鹿市は大きな水害もなく比較的被害少なく済んだ。
そして今週末には22号台風が、また豪雨をもたらす予報。
気候変動が激しいと言うか、なんで?と首をかしげる天候の移り変わりの激しさに驚く。
これほど寒暖の差が激しいと、なかなか体温調節が難しい。
こんな時は風邪をひきやすい。のどの痛みや頭痛には早い目の対処を!
そして、この台風に関して、先週末に思ったことが一つ。
携帯電話の避難勧告情報などのアラートが頻繁すぎる程、頻繁になっていたこと。
着信音量の設定に関係なく、夜中にけたたましくアラートがなっていた。
これって、本当に必要なの?
昔、こんなアラートシステムの無い時代。携帯電話もなく
僕の子供の頃なんて、各家庭に固定電話すらない時代。
このような警報システムは皆無。それでも、新聞やラジオのニュース報道を元に
そして、何よりも外の雲行きを読みながら人々は自分自身の財産を守っていた。
もちろん、今ほど予報精度も高くない時代のことだから
台風による死者の数も今よりは多かったことと思う。
しかし、今の社会を考えると、すべてが人任せ、
受動的姿勢を中心に人は生きているように思う。
自分の責任で生きることを忘れたような、
そして何か事が起きれば他人の責任にしがちな社会。
もう少し、自分で責任をもって皆が生きるようにすれば
もう少し生きやすい、やりがいある社会になるのではないかな?
僕は、買い物に出て現金で支払いをしたおつりをパンツのポケットに無造作に入れる癖がある。
すぐに財布の中に戻せば良いものを、レジ横でもたつく姿が嫌いで
そのままポケットへ………..
先日、いつものように仕事終わりで部屋着に着替え
そのまま何も考えずに洗濯籠の中へ放り込んだ。
後日、女房が、洗濯ものの中からお金が出てきた!と
小銭とお札を含めて2600円少々が出てきたらしい。
そして、そのお金は、洗濯代手数料として没収されてしまった。
今の僕にはその金で1週間は暮らさなきゃいけないのに・・・・
なんてこと??!!
あの時以来、パンツやシャツのポケットは必ず確認して洗濯するようにしている。
今日、名古屋での実行委員会から戻ってから
職員の欠員に悩むグループホームの管理者を交えて今後について真剣に話し合った。
口調は柔らかだったが、管理者も僕も真剣勝負の真っ只中!と言ったやり取りをした。
そりゃ悲壮ですよ!同じ仲間なのに、お互いの立場で本音トークをすれば
そうならざるを得ない。つまり、労使相互の話し合い には妥協がない。
お互いに違った意味で「守るもの」がある。
最終的に大きな枠組みの中では同じものであっても、そこに行きつくまでの視点は違う。
さあ、それで、僕が今日のお話で語ることは労使関係の話ではない。
これまでに書き綴ったのは、今のグループホームの抱える真剣であり重大な局面を
想像できるように書き綴った序章のようなもの。
これくらい職員全体の将来に不安な感情をもって、ここ数週間を過ごしてきたか、
それをまず分かってもらいたい。
しかし撲自身もグループホームの抱える切実な問題をデイサービスのスタッフに
泣きつくことは避けたかった。敢えて、過剰なまでデイサービスで泣き言をいうことは避けてきた。
デイサービスはデイサービスで、別の意味で職員は苦労しながら
毎日を戦っているからである。
また時として、グループホームとデイサービスに壁の存在を認識することもあったが、
今回の人員不足の窮地に際し、皆が同じ太陽の家の仲間なんだと実感することがあった。
それはデイサービスの職員から、部分的にグループホームの業務を手伝う!と
言ってくれるスタッフが出てきたことだ。
夜勤の協力をしてもいいよ!と言う者。
日勤なら協力できるよ!と言う者。
協力を申し出てくれた職員は一人ではなく、多くの職員が立場を超えて助けてくれる!と
申し出てくれたこと。
この申し出には感動した!
単に感動したのではなく、それこそ、ジジイになって涙腺が緩んだからでもない、
二つの別々の事業と思い悩んでいた デイサービスとグループホームが
同じ太陽の家の仲間だったと実感することができたからだ。
そして、そればかりではない。
もう新人採用は望めないと諦めかけていた今日のよる
デイサービスの職員が、ついに一人、働いてくれる人を紹介してくれたのだ。
まだ正式に働いてくれると決定したわけではないが
紹介者の話では、結構信頼がおけそうな話である。
この連絡には、グループホームの管理者も僕も歓喜の叫びが上がった。
この太陽の家を運営して14年。
いろいろと難局を体験してきた。でも、今日の一報ほど嬉しく感謝したことはない。
有り難かった!!
もう一人。もう一人が見つかれば!と心底願っている。