


認知症の人ですが、記憶障害などの認知症特有の障害は少ないのですが
何かをきっかに病気を訴え始めるケースがあります。
バイタル(脈、血圧、体温等)を確認しても異常は見受けられない。
顔色も、排便状況なども異常はないのです。
しかし、ご本人は重篤な病気にかかった!入院して治療せにゃ!と言い始めることがあります。
今の症状で、どこの病院を受診しても、入院はできないですよ!と説明しても
医者でもないお前に何がわかる・・・!
専門の病院へ連れていけ!と半狂乱の状態を挺し対応する介護者を困らせる。
そんなケースがまれに認知症の初期症状の方に見受けられます。
認知症とは、通常の健全な脳細胞が何らかの疾患により萎縮又は阻害されてしまう病気ですが
その脳の活動の変異にプラスして、その人の性格も大きく左右される点で
介護者にかかる負担は増加することがあります。
今回のケースは、周囲に風邪をひかれた方がみえたこと。
それに合わせて、急激な気温の低下による喉や鼻の違和感から
過剰な自己診断に陥ってしまったケースです。
このような場合には、認知症専門医には、事前に状態を簡単に記した記録を届け
専門医に、ある程度の経緯と変化を説明しておくことが重要です。
主治医との連携と言われる作業ですが、普段とは違った症状や気分の落ち込み等を
変換に気づいた日から、細かく記録したものを先生に診ていただいておくこと。
もちろん、受診歴のない専門医に急に受診しても難しいですが、
たとえ認知症専門医でなくとも、普段から通いなれているホームドクターにも
同じように相談することで、適切な診断と投薬が行われることと思います。
2024年も年の瀬となり、いよいよ信念を迎えるための準備に入ろうとする今、
太陽の家は、全体的に大改修工事を行っています。
今回の改修工事は、外回りだけでなく内装の改修も行っています。
通常の高齢者介護事業も運営しながらの改修工事ですから
作業をしてもらう業者さんには、いろいろと無理をお願いし
夜間の工事や日曜日の工事などのご協力をお願いしております。
今日は一階のデイルームの天井のクロス張替え、一階フロアーの張替え、一階浴室の脱衣場の床の張替えと
大勢のスタッフさんにお越しいただいての複数個所の同時進行です。
さすがにプロだけあって、作業が早いし、確実。
私たちも介護のプロとして、これくらいのプロ意識をもって仕事をせにゃあかんね!と改めて思ったところです。
うちのグループホームのお話。
この女性は、典型的な認知症の高齢者で、記憶と見当識に障害を抱えている。
円背による前屈姿勢ではあるが、さっさと歩く。
自分で物を伝うように、さっさと歩く。
入居して6年。さすがに近年では歩行も不安定となり
時折、転んだりを繰り返している。
転倒は介護職員の悩みの種であり、介護するうえで一番の課題として恐れている事故の一つである。
さて、この女性だが、施設内の他者の居室に敷いてある畳の部屋に入り込むことがある。
他室訪問と言って、これも介護側からすると避けたいリスクの一つ。
居室の入居者からすれば、断りもなく他人が部屋に入ってくるのだから、当事者としては困ってしまうのも当然。
さて、他室訪問は今回の話題にはわきに置くとして。
ここで問題となって職員の中でも話し合いが行われたのことがある。
それは、他室訪問する女性利用者の部屋に畳を敷いて、畳の生活に変える是非についてである。
この女性、畳の部屋で座り込むと、自力では立ち上がれなくなってしまうのである。
下肢筋力の問題と円背による前屈姿勢を原因としてか
畳の部屋でゴロゴロするばかりで、起き上がれない。
この起き上がれない状態は『身体拘束』にあたらないのか???といった疑問が出てきた。
当然ご本人の意思に反して、介護者が立ち上がりの支援もせずに放置することは
身体拘束の中のネグレクトにあたる。
しかし、床でゴロゴロしていると店頭の危険性はない。
まさしく両刃の剣である。
そんな職員の疑問点が、昨日、僕の耳に入ったわけで
私なりの意見を伝えなければならない。
そこで、私なりの意見として、どちらを優先するにせよ
畳の上で起き上がることもできなく、ゴロゴロを繰り返さすって、
その人の自由を奪うことだけでなく身体機能の低下に結び付かない?という点。
いつも職員にお話しすることに、自分が年老いて認知症を患ったとき
歩きたいときに歩いて、どこかに行きたくなったら歩き始め、
何かを食べたくなったら冷蔵庫をあさり。と、自由に、気のまま、
こけることを苦にして動かさないより、自由気ままに動けることを望む!と思うのです。
畳でゴロゴロも最初は気持ちいいかもしれない。しかし、
時として尿意をもよおした時どうするのか?
円背があって天井を見て寝っ転がることができず、横向いて寝て何の楽しみがあるの?と考えてしまうのです。
出来れば定期的に立ち上がり訓練や、歩行訓練をやってくれるなら良いけど
そのまま放置され、食事時となってようやく車いすで迎えが来る。って生活はご免こうむりたい。
僕はそのように思うのです。
いつも働きっぱなしで健康な人たちにとって、一日の終わりに横になって体を休めるための畳ってのは最高だ。
しかし、毎日、何の目的もなく横になっているのは、完全に職員の都合によるものだと思う。
一昨日の水曜日より、丹野智文さんと共に尾鷲市の熊野古道センターにて
認知症当事者の映画「オレンジランプ上映会」、丹野さんの講演会「認知症とともに生きる」
そして、認知症カフェに参加した。
丹野さんは、この日のためにお一人で仙台から列車を乗り継いで白子駅まできていただいた。
白子駅でお迎えし、夕食を共に摂らせていただいて一泊。
翌日に、車で尾鷲市の熊野古道センターにて映画上映会、講演会と認知症カフェに参加いただき
ハードスケジュールの中、非常にエネルギッシュに活躍していただいた。
今回のイベントは、一般社団法人三重県地域密着型サービス協議会主催で開催され
尾鷲市の包括、社協、尾鷲市の行政担当者の皆さんのお力添えで100名近い方々に参加いただき
盛大に開催された。認知症当事者の丹野さんを囲んで、市内の認知症当事者の方々の
悩み事や相談を受けていただき、いろいろなアドバイスやヒントをいただいた。
丹野さんの関わる仙台の認知症当事者の会では、要介護4であり年齢も90歳の方々でも
しっかりと自分の想いを伝えることができることを映像で紹介している。
認知症ケアを実践する私たち介護のスタッフとしても、いかに普段から認知症ケアの名の元
その人の想いをくみ取っていないかが、よくわかる。
自立支援と言いながら、まったく自立支援となっていない現状に警鐘をならす
久しぶりの「おしっこ」の話題です。
その後の認知症の人はどうなったのでしょうか?
その後、主治医の先生から何の手立ても支持もないまま今に至っています。
かろうじて泌尿器科を受診することはできたのですが、泌尿器に問題はないと診断され
今なお、同じようにトイレへ行きつ戻りつを一日中、繰り返しています。
ご自宅においても同じようで、ご家族も特に静止することなく本人さんの意思に任せているようです。
もちろん、当事業所においても同じくで、ご本人が行きたいなら行ってもらう。
毎回、トイレへの案内は必要ですが、今のところ場所さえ教えて差し上げればご自身で処理されています。
さて、この方の過去の生活歴を考えてみると
ご夫婦で生活されている中で、すべての決定権はご主人にあり
ご本人はすべての指示に従って日々の生活が成り立っていたようです。
要するに控えめで、それでいて頑固な一面も持ち合わせている方。
ご主人を亡くされ、独り身となった今、毎日の生活に迷いや葛藤がありそうです。
この迷いや葛藤は、ご本人の心の中で不安感となってくすぶり続け
その不安感が唯一癒される場所として『トイレ」が存在するのではないかと私は考えています。
一人になれる場所ではなく、おそらくですよ・・・(素になれる場所として)トイレがあるのかもしれません。
それでは、自宅や施設の中で巣になれる場所を、どのように提供するのか・・・
その一つの方法として、昔なじみの家具と部屋ってのはどうでしょう?!
認知症グループホームでは、入居の際に、過去に使ってみえたなじみの家具を持ち込んでいただくことを勧めています。
まったく同じ環境は無理としても、なじみの物に囲まれて暮らす日々は
少なくても味気ない白い壁紙の貼られた個室より、心安らぐこととなりませんか?
ナンスタディという研究発表からも理解できるように
なじみの行動や同じルーティンの生活環境においては
脳に器質的変化があったとしても、それまでと変わらない生活が送れた。
そのような報告もあります。
認知症とならないために、常に刺激ある生活を!ではなく、
それまでの「普段の生活」をどうやって維持させてあげるか・・・が一番大きな課題と思います。
ナンスタディに興味ある方は、ネット検索で「デヴィッド・スノードン又はナンスタディ」で検索してみてください。
アルツハイマー型認知症とその原因究明に協力した修道女たちの研究結果を知ることができます。