


一時的ではあるが理系女子としてもてはやされた科学者も、今では科学分野における疑惑の渦中の人。STAP細胞があるのか?ないのか?は別問題として、科学や医療の分野での未知の分野が解明されてくることは、とても良いことのように評価されている時代であり、正規の新発見は即、ノーベル賞につながる偉大な研究の成果と評価される時代。科学者であれば、誰しもが憧れる対象となる栄誉なんだろうなァ~。凡人の僕にはわからない感覚だけどね。
話は変わるけど、太陽の家設立初期のころの話。利用者の一人が熱っぽい。額に手を当てると、いつもより発熱を感じさせる兆候があった。その状態に当時の看護師が、大騒ぎをしている時に、利用者家族の一人である大手総合病院の看護師長が訪れた。そして、太陽の家の中で一利用者の熱感に右往左往する姿を見て、利用者本人も不安な気持ちとなって大騒ぎとなる状況下で、その看護師長が言った言葉が鮮明によみがえってくる。「熱を測るから・・・!」
この言葉は、熱を測る必要性を言っているのではなく、本人にも分かるような体温計測を行った愚行、その結果を大声で騒ぐ愚行、この二つの愚行に対する叱責だったんです。本人が高熱である事実を事実として受け入れることができる者ならともかく、高熱=重篤な病気と直結してしまう程度の医学的知識しかない者にとって、体温の測定結果を教える必要性はないのですよね。
それでは、難病の告知をどう考えるか?なんですが、これもまた、受け取る側の精神的状況や性格などを考えたうえで行うべきか?それとも、告知後の精神的フォローに重点を置いた告知をすべきか・・・?はたまた、完全に隠し通すのか??この問題は、非常に難しいテーマなんですが、キューブラ・ロスは「告知」する側の「覚悟」って視点を著書に書き加えていた。告知する以上、そこに生じる様々な心理症状に対しても、それ以降の病魔との戦い方に関しても患者と共に生きる覚悟ってものが告知する主治医にとって重要であると書いているのです。
人間、誰しも平等に歳を加えていきますし、それの伴い身体心理の両面の衰えも出てきます。古くなっていく体からは「不具合」が発生し、時には命を奪われる大病にも鉢合わせてしまうこともあります。問題は、その渦中の人にどこまで知らせるのか?どこまでの情報を与えるのか?人間の心理てのは、本当にガラスのごとく弱く、モロイものと考えると「分りすぎる」状況について考え込んでしまうのです。
貴方が難病だとしたら・・・そのすべてを知りたいですか?知ってから、どうしますか?って疑問です。
今日は、職員との昼食懇談会の第二回目を実施。昨日はサンドイッチを昼食に用意したのですが、今日は行きつけの中華料理店にて開催。残念ながら写真を撮ることを忘れてしまい画像はなし。話に夢中になりすぎました。ただ、私なりには職員の気持ちの一部を理解し、職員側にも私という人物の理解は少しは進んだのかな?!と感じることができる良い昼食会でした。
今回の昼食懇談会の中で一つ反省したことは、以前、うちの太陽の家デイサービスセンターのフロアーにて、グループホームの夜勤担当者以外の全職員と家族を交えた食事感を開催したのですが、会の終了を夜勤担当者に一言も告げずに解散したことだった。もう少し二階の夜勤担当者への配慮があってしかり!なのかな!と反省したのでした。
職員とともに食事をすると、なかなか本音までは話をしてくれないのですが、それでも、食事を囲んで藩士をする中にいろいろと気になる点が垣間見えます。この小さな点を拾い出し、また、雰囲気を感じ取り今後に生かすことができれば良いと考えています。次は少し時間が空きますが、第三回目を開催します。また結果をこのブログを使って報告いたします。
なかなか夜、業務が終了してから職員と一緒に飲んで食べて意見交換する機会なんて少ないです。グループホームは特に少数の人員で24時間の介護を実施している以上、職場から完全に離れることができないのが玉に傷ってところです。全職員を一堂に介する。なんてのは夢の夢。少数のグループに分けて集まることしかできません。
さて、そのような限られた時間枠の中で、唯一、昼食時間の一時間はグループホームもデイサービスの職員もともに集まれる時間帯。今日から3回に分けて、全職員を対象に昼食会を兼ねた懇談会を開催しています。手作りというにはおこがましいのですが、野菜を中心にチーズやパン、ハムなどをつまみながら色々な意見交換をする会です。この場では、グループホームもデイサービスも分け隔てなく、ともに持っている課題や意気込みなどについて意見交換を行いました。
今回の献立は生野菜でサラダ仕立ての昼食でしたが、やはりワインがほしくなります。仕事途中のお昼のランチでなければワインでも飲みながら、となるのですが仕事中ですから今回はワイン抜き。非常に寂しいランチとなりました。(笑)
明日も、別のスタッフとともに同じような昼食会懇談会を開催します。さて、明日の献立は何にしようかな・・・???
だんだん蒸し暑くなってきた所為か、昨夜の私は朝方の四時まで眠れずに、かと言って本を読む気分でもなく音楽を聴きながら横になっていた。ナイトスタンドは点灯していたが、部屋の明かりは暗く、そのまま寝付いてもよさそうなものの妙に興奮気味で眠れない。
いつも利用者の皆さんや、うちのスタッフにも無理して寝る必要はない。体が疲れてくれば自然と寝てしまうものだ!と強がりを言っている立場上泣き言は言えない。おかげで、今朝はいつもより一時間遅く出勤。出勤したときにはスタッフ全員が集合していた。まあ、施設長でありながらなんとも情けない・・・。
体が睡眠を欲していない状態。つまりは疲れがない!という事なのか・・・と考えながら繰り返しの音楽を聴いていた。
昔子供のころ、眠れない夜には羊の群れの数を数えていた。「羊が一匹!羊が二匹!・・・」のあれである。普通は100匹までにはカウントを忘れ、いつの間にやら眠りの底にいたのが、時として1000匹を数えても凛凛としている夜もあった。数を数えているうちに、数自体がわからなくなり、何頭の羊がいたのかも見失ってしまい、また、最初から数えなおし!って時もあった。ガキの頃から疳の虫がひどく、ひやきおうがん(?だったか??)なる薬を飲まされていたそうである。昨夜の自分は、まさしくガキの頃の疳の虫が騒いでいたんだろうね・・・・。
子供を部屋に閉じ込め、一週間に一度や二度程度しか食事を与えない心境。
だんだんと衰弱する子供の姿をみながら恐ろしくなり、さらなる放置を招く心境。
さらに死んでしまった子供の姿を見て、もっと恐ろしくなり隠ぺいして自分は他の場所に移り住む心境。
今日の報道では、去っていく父親に懇願する息子をしり目にドアを閉めて出ていく心境。
このどれをとっても理解できないこの男の心理。
仕事が忙しいかった。女房に逃げられた。といろいろと言い訳はしているようだが、そんな言い訳は
死んでしまった子供を思えば、まったく意味のない言い訳でしかない。親の勝手で子供を産み、親の勝手で
子供を放置する。
これから先、この男は、どんな思いで残りの自分の人生を過ごすのだろうか? ここに至るまでには、何度もすべてを改善できる
チャンスは存在したはずである。それらのすべてのチャンスを自らの弱い心が台無しにしてしまった結果、悔やみきれない禍根をのこし
それにより関係する人間のすべてが不幸になってしまった。
問題を直視しない、問題に背を向ける気持ちは、さらなる大きな問題に結びつく。それをわからない大人が多すぎる。
こんな幼稚な大人の下で無残に放置され亡くなっていった子供さんが可哀そうで仕方ない。