


いよいよ6月にカレンダーは替り、一年の半分が過ぎてしまった。週明けってのは休みの疲れも取れ切れておらず、只でさえお疲れ気味なのに、この蒸し暑い天候。いよいよ日本の夏の到来か・・・。おまけに黄砂と言われる浮遊物が何となく視界にベールをかけるような一日。
でも、利用者の皆さんは、いつもどおり元気いっぱい!朝から大声で朝のご挨拶が飛び交い、二日間みっちり自転車三昧で筋肉痛の私には少々きつい一日のスタートでした。
施設長たるもの、プライベートの疲れを仕事に持ち込んではダメよね!!と反省し、誰にも筋肉痛だ!なんて言っていないのですよ。職員のみんなは、どのような週末を過ごしたかは知りませんが、それでも皆、元気いっぱいにいつものように利用者の皆さんと交流して支援してましたから・・・爪の垢を煎じて飲まなければいけないですね。
さて、そろそろ梅雨に季節に突入する頃ですが、食品の保管にはいつもながら気を付けないと危ない季節です。生ものは、新鮮なうちに食べきることや、例え冷蔵庫に保管していたとしても過信しないことが必要です。高齢者の皆さんは食べ合わせに関しては良くご存知ですが、お弁当などの食材に関して「もったいない!」意識がはたらいて多少古いかもしれないけど・・・と食べてしまうことが多いのです。
食材は買い込み過ぎない。食べきりサイズで貯蔵しすぎない。生ものも調理済み食品もできる限り早く食べる。残念ながら食べきれずに冷蔵庫にしまう場合もできる限り早く。そして古いものは食べない。食中毒で下痢と嘔吐ってのは、非常につらいものです。二日酔いの嘔吐も苦しいですが、食中毒はさらにつらい。そんなつらい思いをしなくて済むよう、みんなで気を付けましょう。
今日は何も添付する写真がないので、お見送りの写真を添付します。いつも手を振ってお見送りをしてます。(当たり前か・・・!)
河芸マリーナにてスナップシャット。豪華クルーザーとクラブハウスを後ろに。こうやって、写真でみると、この田舎のマリーナもまんざら捨てたもんでは無いよね。

次第に夏らしい気候になってくると、このマリーナにも活気が出てくる。今日も浜辺では多くの子連れの若者たちとジェットスキーを楽しむ人でにぎわっていた。
自転車は好きだけど日焼けがね・・・。これでも日焼け止めクリームを塗って出てくるんだけどね。それでも日焼けで真っ黒。日焼けはするけど、自転車乗って走り回っているにもかかわらず痩せていかない・・・。何で?

夏になるにつれ、この写真のような寂しい光景が増えてくる。これは、マリーナの敷地内の一部である堤防の上に散乱する花火の跡です。花火の入っていたケースから、燃えカスまで、そのまま現場に残して去っていく。おそらく夜、辺りに人が居なくなる時間帯に一部の若者が、ここで花火を楽しみ、バカ騒ぎしてたんだろうね。
このマリーナも、実際はそれほど綺麗に管理されていなくて、ボートの係留場所以外は、結構ゴミや草が散乱している。ロサンゼルスやサンフランシスコにあるマリーナとは違って、やはり田舎なんだなあ~と残念な部分も多いけど、それにも増して、この場所を訪れるもの達のマナーの悪さには、本当にさみしくなる。

次に、三重大医学部の裏手になる海岸線でスナップを撮影。この場所は堤防道路の工事のために通行できる最終のところにある場所です。工事現場の先には、まだ古い堤防道路が続いており、そこから先はバリケードで閉鎖されていました。遠くに旧日本鋼管の造船施設が薄らと見えます。
以上、この土曜日、日曜日の二日間。本当にみっちり自転車を楽しませてもらいました。熱いしのどは乾くし、足は痛くなるし、おまけにこの熱波で頭も痛くなるし・・・それでも、家にたどり着いてシャワーを浴びた後の気だるさがなんとも言いようのない快感なのです。この二日間で200キロを走破。あ~たのし!
ようやく職員不足も改善され、僕も週二回の休みをとれるような状況になり、今日は職員の許可を得て朝からサイクリング。
今日は天気予報でも今年一番の暑さ!と言っているので、日焼け止めクリームを足、手と首筋などに塗って出発。
千代崎海岸から四日市方面へ堤防沿いに、若松、箕田、楠、磯津と走り、浜街道に戻り四日市港へ。跳ね上げ橋が上がって、船が通過する写真を撮って、四日市の霞埠頭へ。
富田から川越に入り堤防沿いをジャズドリーム長島へ。輪中地帯をぐるーっと回るように国道23号に戻り、長良川大橋を渡り愛知県へ。弥富近辺のコンビニでおにぎり3個。水二本を買って、コンビニの裏側の日蔭でおにぎりをほおばる。
そこから湾岸道の下を走る一般国道を名古屋港方面へはしり、飛島の野鳥園近辺で足がつり。ちょっと休憩。
気の向くまま、足がつるまで走ってみようと思って試してみた今回のサイクリング。途中で何処にいるのか全く分からなくなり、帰り道をどないすんねん!って不安にはなったけど、無事に帰着。
堤防沿いを走ると、直線距離よりも距離も増えてしまう。今日一日で走行した距離は往復で137Km。今までの最長距離を走った。やはり、むちゃしんどい。けど、楽しい!
何の屈託もない自然の笑顔があふれている顔です。私たち職員は、この顔を忘れないだけではなく、この時のすべてを記憶に残すことが重要です。つまり、この日の体調、天候、食事の内容と量、昨夜の睡眠量、気温、湿度から来ている服まで、しっかりと記憶に止めることです。
人は誰だって気分の抑揚は存在します。当然、認知症の人も同じような気分の浮き沈みは存在します。同じように気分変動があるけれど、一つだけ違うことがあります。それは、気分の浮き沈みを自分の力で操作できない点です。我々健常な者は、パーフェクトまではいかなくても、自分自身の感情をコントロールすることで日々の日常を生活できています。それが、ひとたび認知症となると、気分障害の理由も対応の仕方も分からなくなります。
この分からなくなった部分だけに支援を行えば、その人も気分を転換させることができ普通の気分に戻ることが可能です。この笑顔の時の状況を職員は客観的に理解しておくことで、次の不穏な気分の日に、その原因などを言葉なくても理解できることとなるのです。
認知症の人は、人間そのものが変化してしまったわけではなく、その人の大半は残っています。昔の思い出も、培ってきた技術も残ります。ただ、元気なころの気力が乏しくなりこだわりがなくなっていきます。一般市民には、認知症は脳の細胞が破壊され廃人となるような認識を持って誤解されていることが多いです。それは全くの間違いで、認知症はその人の新しい記憶が定着しないだけなんです。だから、薬を飲んだこと、食事をしたことなどの最近の行動を忘れてしまうことで、一般的な家庭生活が送りにくくなってしまうのです。
いずれにせよ、日本は世界に先駆けて長寿社会の国となり、同時に認知症高齢者の割合も多く、このまま現状を維持するだけでは高齢者介護は破たんします。そうならないためにも、地域の皆さんの理解と協力を得て、今後の認知症ケアを考えなければならないと思います。
種をまいたわけでなく、故意に植えたわけでなく、自然に生えてきた松の木が太陽の家の裏庭に存在します。クリスマス時期に拾い集めた松ぼっくりから種が落ちたのか、いつの間にか裏庭のベランダ下から芽を出し、一年たった今では写真のような大きさにまで成長しました。
この松を抜くに抜けず、今となっては黙って成長を見守るしかないような気がしてきました。成長すれば、建物に近すぎる松の位置はいつかは撤去しなければいけなくなるかもしれませんが、時の経過とともに大事な存在になりつつあります。
過酷な条件というわけではないけど、肥料も水も与えていないにもかかわらず、すこぶる元気に成長していく姿は、そのままこの施設を利用する皆さんの心意気につながるような気がします。ですから、将来的に邪魔になるかもしれないですが、それまでは黙って見守ることとします。