今日の昼間の鈴鹿市は雲もあったけど、太陽の日差しが結構強く降り注ぐよい天気となりました。色々な作業をしている中で、やはり汗を多量にかきます。最近少し体重を増量中のため汗も多く、今日の昼間だけで3回もTシャツを交換しました。その都度(と言うより、大量の洗濯物を三回に分けて洗濯する中に濡れたTシャツを脱いで放り込んだのですが)Tシャツを洗濯し、夕方にはカリッと乾燥して、とても良い香り!(僕は一般人よりも匂いに過敏で、汗のにおいに対し過敏に反応してしまいます。これも精神疾患の一つですかねエ・・・?)
昼間は、暑かったのですが風も強く、日差しの割には過ごしやすい天候であったように思います。また陽が暮れてからは湿度も少なく、そよ風を受けて涼しいくらいの天候です。こんな天候の毎日だと過ごしやすいのに・・・・と考えながら一人ベランダでタバコを吸っているのです。タバコをくゆらせながら、そよかな風を顔に受けの~んびりとした至福の時を楽しんでいたのですが、やはり夏です。組んでいる足に蚊が何匹も。至福の時がいっぺんに台無しになってしまいました。
屋外で風の流れを楽しんでいる場合ではなく、そそくさと室内に逃げ込んでかゆみどめ軟膏を探し求めて引き出しを開けては閉めて、あまりの痒みにイライラも高まり、だんだんと腹が立ってくる始末。日本の夏、風流な情緒を楽しむどころか、部屋の窓を閉め切って、何時のようにエアコンのお世話になってしまいました。
これっぽっちの蚊の群れに早々と降参してしまうなんて、現代人はあまりにも軟弱になりすぎではないのかしら?でも、本当に蚊に刺されると痒いし・・・・と嘆かわしい自分自身に笑えてくるのでした。
もう随分になるので、自分の中に7月4日の意味が薄らいできていました。何気なく暦を見ながら明日の日曜日は7月4日だと気付いた。僕の誕生日でもなく、太陽の家の設立記念日でもなく、あのアメリカ合衆国の独立記念日なのです。アメリカではクリスマスやサンクスギブンに次、大切な記念日です。トムクルーズが主演の映画にもありましたが、アメリカ各地でパレードや記念大会が行われるのです。そして、カリフォルニアでは、唯一この日だけ花火が許され、盛大な打ち上げ花火があげられます。(この情報はひょっとすると、すでに古いかもしれません。一度確認をしておきます)
さて、アメリカって国はメルティング・ポットの言われるほど多民族国家で、色々な人種がいます。みなアメリカ開拓時代に海を越えて、夢と大志を抱いて(一部の黒人は奴隷として強制的に)移住してきた人々の子孫なのです。そして、それぞれが自身の血筋を大切に考えています。移住してきた者だけに、アメリカ国民である誇りと同様、自分の元ととなる国家に対する尊敬の念も非常に強いものをもっています。私の知っている日系人は、日本には観光旅行程度しか行ったことも無く、日本語も理解できないにもかかわらず自分が日本人であることに誇りを持っています。 アメリカの学校を卒業し、企業に入り、白人社会の中で生活している彼の家では、食事も和食からは程遠く、完全な洋食中心の欧米文化の中で暮らしているにも拘らず、やはり彼の中には脈絡と日本人としての意識とプライドが流れています。
このように、日系人に限らず、韓国人も、中国人も、それぞれが世代を変えていく中で、次第に母国の文化が薄れていきながらも母国を誇りに思い、そのプライドを守って生きているのです。また、同時に、アメリカ合衆国のシチズンである事に誇りを持っているのも確かであり、私達、日本で暮らす日本人の意識に有る国家と言うよりも、更に強い国家に対する思い入れをもっているナショナリストでもある点に驚きを隠せません。
ナショナリストという響きはカタカナ表記にすれば違和感は希釈しますが、日本語で書くと「愛国者」となり、この言葉には右翼団体を想像させるイメージが伴います。でも、先ほどまで騒いでいたワールドカップサッカーでは、日本国民の大半が熱狂的な愛国心を前面にして日本チームを応援していたではありませんか!オリンピックにしてもそうです。普段、日本国なんて意識の隅にも無い人も、世界戦ともなると一気に相手国をののしり、自国民を応援するにわか仕込みの国粋主義者が社会に溢れてくるのです。証拠に、先日のワールドカップ日本が一次リーグ勝利した時に渋谷のスクランブル交差点で気勢を上げて騒いでいた若者の今を考えれば理解できるはずです。
そんな日本人の愛国心ではなく、アメリカ合衆国国民の愛国心は非常に強いものがある。多民族国家だからでしょうか?ベトナム、湾岸、イラク等の戦争を経験しているからでしょうか? スポーツ観戦をする時、スタジアムに集まる群衆の全てが合衆国国歌斉唱のときに右手を自分の胸に当て直立姿勢を保ちます。(別に、そのような真似をしなければいけないわけではない)。長い人種差別の苦い経験から公民権運動による自由と平等を得てきた過去があるからでしょうか?この国の住民の国を思う力は日本人の我々から見ると、すでに力負けしていると思えて仕方ない。
雨降りです。梅雨の時期ですから仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが、毎年、この時期になると地滑りやがけ崩れの事故によって多数の死者がでます。今日も鹿児島と宮崎で数名の方がお亡くなりになっています。四季に彩られ美しい日本も、時と場合によって悲劇も生んでしまいます。お亡くなりになった方々にお悔やみを申し上げます。 梅雨の季節は、この日本の農業、林業や商業などの各産業分野だけに限らず、私達の生活する中でおろそかにはできない季節でもあるのです。年中ドライな気候の国と違った文化をもち、その文化を基本に私達の生活が成り立っているのです。世の中にある不条理と言えるかもしれませんが、別の視点からは必要不可欠なものとして崇められる部分でもあるのです。
さて、私達の介護の現場において時として非常に厄介な問題が起きることがあります。それは、個々の職員の想いに格差が生じる事です。一人の利用者への支援方法に対する考え方の違いが、その想いの格差として表出されるのですが、これは、全てにおいて格差と言うよりお互いの主張の調整がつかない不協和音として管理者や経営者を悩ませる問題となりえるのです。今の太陽の家も同様な問題を抱えています。そしてその課題を話し合う中で一番の抵抗力となる『高齢者介護における支援方法に正解は一つだけに限らない!』という言葉です。確かに介護の現場で実践される支援方法に関して答えは必ずしも一つではないのです。いろいろなアプローチが可能であり、その通り多面的な支援が求められているのです。そして、介護職員は現場に於いて利用者を中心においた自立支援を多面的に行えるよう管理者やホーム長は職員の自主性に任せるべきです。ただ、この点で忘れてはいけない事は、その支援の中にケアプランという縛りがある事を忘れては困ります。介護支援専門員を中心に、医療と家族l、地域との連携の中に利用者にとって必要な支援方法をガイドするのがケアプランです。
私達介護を実践する者達は、それぞれの考え方や主義の違う者達が集まって、お互いの協働を行いながら支援しています。これはグループによる支援力の集合体をもって障害を持つ高齢者を支えている気構えが必要です。決して単独プレーでは無い事を理解する必要があります。おそらく単独で一人の障害を持つ高齢者を支えることは不可能です。それが家族でも一人で一人の高齢者を支えることの難しさを私達は専門職として知っているはずです。だから、皆で協力し合って適切な支援を分担しあっているのです。
この協働という言葉に理解できるように、協力しあいながら働く事を示すように、一人ひとりの力を結集して支援する。その方向と目的がベクトルと言う表現をもってするならば、職員相互の歩調を合わせ、同様の支援を継続的に実施することがベクトルが同じと言う意味で解釈されるべきです。職員のモチベーションを維持しベクトルを同調させる中で、一人の職員の思い込みが足並みの乱れを招く時があると言う事実を職員は理会してほしいのです。一人の職員はその人の個人的な意見だけで対象者に個別のケアを行おうとする行為こそ危険な因子はありません。良かれと思って実践するケアも、バランスの照れていない支援を注ぎこんでも相手は混乱を増すばかりです。施設にはピラミッド型の職責があります。それぞれを専門性をもって運営がなされています。職員間で話し合ってその人のケア方針を決定したとするならば、何が何でもケアプランに従ったケアをある一定の時期(モニタリングをそれとしよう)までは継続しなければいけない。それも超特急でも鈍行でも急行でもなく、普通列車のごとく一定のスピードを保ちながら、同じ活動を継続する事が一番重要であると思います。
私は、介護の現場に、それぞれの職員が熱い想いを抱きながら参画してくる事は賛成ですし、その気持ちを大切にしてあげたいと考えます。しかし、単発でなく、継続する事、同じ支援である事を最重要課題として職員全体が足並みをそろえてもらえるよう願いたい。そのためのカンファレンスです。 上手に思い込みをコントロールして、職員の気持ちのアンバランスの独走に皆で警鐘をならしながら前に進みたいと願っている。
久しぶりにカラオケに行った。前回にカラオケに行ったのは、一年ほど前に職員と一緒に長年一緒に働いた看護師の壮行会の二次会だったように記憶する。僕が音楽が好きな事は、このブログでも繰り返し書いてきて、恐らく耳にタコが出来るような状態だと思う。しかし、音楽が好きな事と上手に歌を歌えると言う事は必ずしもイコールにはならないのである。
好きな曲、歌ってみたい曲は多数ある。また話は脱線するが、最近のカラオケって、本当に沢山の曲がチョイスできるんだ!と驚いてしまう。・・・・・・・そう、その歌い曲を選ぶにしても、そんなマイナーな曲でもリストにのっている。
しかし、いざ曲を選んで流れてくる伴奏に、自分自身がついていけない。まったく調子が合わない。そこで思うのが「こんなはずじゃアなかった!」という決まり文句である。頭の中では、何時も聞いてる旋律と人の心を魅了するあの歌手の歌う唄が響いている。しかし、現実は思い通りにはいかない物である。カラオケは最初は意気込んでマイクを握るものの、曲のスタートとともに驚愕の事態に醜態をさらす結果となるのである。
そんなカラオケも、若い職員達の歌を聞いていると楽しい。全ての曲に、詩に、その響きに聞き入り時として納得し、感動し、そして楽しみを共有することとなる。自分自身が上手に歌えない者としては、連続的にカラオケに行く事は難しい。しかし、たまに、忘れたころに気の合った者同士でカラオケに出向く事は楽しい。そんな感想を書いておこう!
今月も最初の一歩を書き出し、今、すでに第三本目のブログを書いている。タイトルを「超ご機嫌!」としたが、なにがそれ程ご機嫌かと言えば、こうやってブログを書きながらも、自分の大好きな音楽を繰り返し聞きながら。それも、CDプレイヤーも使わず、ラップトップコンピュータ一台で二役。そして、何よりもリピートボタン一つで繰り返し聴ける便利さ。これは、本当に楽ちんで快適な時間である。時代はここまで来たか!と驚きの数々である。
僕が子供の頃に我が家に初めてテレビがついた。ブラウン管テレビ、白黒画像、テレビボックスの左右下に丸いつまみの電源、音量スイッチとテレビのチャンネルスイッチ。今ほど画像は鮮明では無かったように思うが、それでも子供心に夢のような世界がそこにはあった。そのテレビを通じてアメリカから持ち込まれた洋物テレビ番組は、その当時の日本には見たことも無い大型の電気冷蔵庫、車、芝生のはられた大きな家、いつもきれいなフリルスカートをはいた美人のお母さん。そして、あの大きく厚い牛肉ステーキとたっぷりのマッシュポテトの夕食に驚きと羨望の中で、食い入るようにテレビ画面を見つめていたものである。(その当時の僕の家では、そんな大きなステーキなんて見たことも食べた事も無かった。…今でもないぞ!ははは・・・・)
そして、日本にも経済成長の時代を経験し、洋風文化が身近になり、色々な電化製品が増えはじめ物質文化に浸っていく。僕の中では、アメリカ文化への憧れが広がり、行った事のない国に対する興味は大きく膨らんでいく。少しでもあこがれの国に近づきたいと願う気持ちから英語を学び、英語の文章を読み、暗記し、恥ずかしい話ではあるが暗記した英文を呟く事で、英語を話しているつもりとなり、ひと時の夢の世界に浸る時代であった。
まだまだ音楽はレコードとラジオから流れるものが主流であり、カセットレコーダー、CD、MD等の普及には時間がかかったし、アナログレコードに慣れ切った時分には、CD等のデジタル音楽には抵抗があったほどである。音が堅いとか、平坦とか言いながら、その当時はやっていたジャズ喫茶の真空管のアンプから奏でる音に聞き入っていた時代である。
そんな自分が、今やコンピュータの内蔵メモリーに記憶された信号を再生して、その音に酔っている。時代が代われば人も変わるものである。街を歩くにも小さなI-podをポケットに忍ばせ、両耳にイヤホンを付ければ、雑踏の中でも自分ひとりの世界が存在する。もちろん、イヤホンを使って社会から簡単に自分自身を孤立化させる事には、その他の弊害を同時に抱える事とにはなるが・・・・。
まぁ、今はそのデメリットの部分は切り捨てて、夜遅くの自室のデスクでパソコンに向かってブログを書く時。そんな時は、この文明の利器に感謝するのである。