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ブログ-施設長の部屋

2010/4/19
人生を後悔しないこと。

 僕が若い頃に流行った映画に”Love Story”という映画がある。 ライアン・オニール扮するハーバード大学法学部の弁護士の卵とユダヤ系アメリカ人の娘の恋の物語である。家系の違いから二人の結婚は阻まれ男は家筋を捨てて彼女と結婚。素晴らしい新婚生活を過ごすものの、その幸せもつかの間。妻は白血病に犯され死の床につく。という映画である。そして、彼女は臨終のベッドで残されていく最愛の夫につぶやくのです。『Love means never having to say your sorry!』 つまり「愛とは決して後悔しないもの・・・」 妻を亡くして呆然と病院を後にする男の父親が、その時に駆けつけて、息子夫婦の不幸を初めて知ったことを詫びるのです。そして、彼は妻が最後に残した言葉『 Love means never having to say your sorry!」と呟き、その場を去るのです。

 このエンディングの描写と共に、あの有名な音楽が流れるのですが、この最終エンディングに観客の全ては涙を流し、目を真っ赤にして映画館からでるのでした。

 まあ、この映画ではないですが、今、爆音を撒き散らしながら家の前を行ったりきたりしている若者に、僕が若い頃に勉強をしなかったお陰で、どれ程の不都合が出たのか書こうと思うのです。この文章は、中央道路を走り回る暴走族のアンちゃん達だけではなく、若くして勉強の嫌いな人たち全てに贈りたいと思っているのです。

 僕の子供の頃、特に小学生の頃はよく勉強をした。学校の成績も良かった方です。が、しかし、中学から勉強をしなくなってしまいました。そして、勉強をしなくなったお陰で色々な不都合を経験しました。まず、数学をしっかりと学ばなかったことから理論だてて物事を考えることが苦手となてしまいます。理論的に考えることよりも感性を頼りに不足している部分を補うように一部で自然と修正がかかるようになりました。修正といっても、それまでの分の学びを反省し勉学に励んだわけでもないのです。よって、感性といっても、国語もしっかりと勉強をしていないことから漢字や熟語、文法が理解できていない分、正しい日本語は使えないままでした。その当時(若いうちは)そのまま正しい日本語は必要は無かったのです。特に僕の場合は海外に逃避したお陰で日本語より英語を主とした日常があったからです。しかし、英語社会の中に暮らし、顔も姿も日本人でえある私たちには現地の人間達の一部の親日派と言われる人々からは温かな(僕にとっては非常に迷惑な、または恥ずかしい気分となるのですが・・・)質問を沢山浴びせられることがありました。彼ら親日派のアメリカ人の日本に対する知識は、日本人である僕よりも豊富であり奥深く勉強しているのです。僕のような、日本人でありながらそれ程日本に関して知識も教養も持ち合わせていないばか者には、その人たちとの会話すら継続できるはずがありませんでした。 これが、まず一番最初の後悔です。数学や国語や歴史なんて生きていくうえで、まったく用がないと信じていた自分ですが、英語も満足に話せない日本人の留学生の私に唯一振られた母国に関する話題。それは気持ちの優しい親日派の米国人が気遣ってくれた優しさなのでしょうが、僕にはそのチャンスさえ生かしきれなかったのです。

 そして、留学先からもどり社会人となって、色々な場面で学校で習った教科に対する後悔ではなく、自分自身に津お手いるはずの教養という目に見えない「服」が、粗末なことに気付きました。人と会話する時、人に自分の考えを表現するとき、取引先の方々を接待し商談に結び付けようとするとき、社会人として全ての行動に際して歴史、国語、科学や道徳という分野の知識がものをいうことに気付きました。その時には、後悔すでに遅し!です。自分自身の不甲斐なさ、勉強に真剣に取り組んでこなかった自分自身の過去に腹が立ちました。

 今でも正確な日本語は話せていませんし、起承転結とした文章もかけていません。僕が自分の人生で戻すことが出来ると言われれば、間違いなくもう一度学生時代に戻してもらって勉強のしなおしを要望するでしょう。同級生を蹴落として自分の成績を優先とする勉強ではなく、人間の幅を大きくするために教養を身につけるために勉強したいと願うことでしょう。

 若い頃だからこそ出来ること。そんな言葉を言い訳に好きなことに励み、辛い嫌いなことに背を向けていた自分に後悔してしまいます。

 

2010/4/16
桜の花に積雪ってどう~よ!

桜の上に雪ってど~よ!桜の上に雪ってど~よ!

 何だか妙に普通ではない天気が続く毎日ですが、今日の毎日新聞ニュースに掲載された写真を拝借してブログに貼り付けてみました。老カップルが携帯で写真を撮影してますが、この場に僕がいたら、やはり写真を撮っていたでしょうね。本当に前代未聞と言うか、異常というか・・・・

 この寒さで、今年は桜の花が長く楽しめるね!と、うちの婆さん達と話していたのですが、桜の花だけでなく野菜にまで影響を及ぼし始めています。野菜の値段が高騰して家計に大きな影響を及ぼしてるようです。街のスーパーでは、キャベツを塊で買わず、一番外側の開ききっている葉を剥きとって持ち帰るオバチャンも多いらしく、本当に家計を預かる主婦には大変な年のようです。

 僕も、時期的に毛布は不要だろうと掛け布団だけにしてしまってからの冷え込みの厳しさに、また毛布を取り出して真冬に逆戻りと言う状態です。うちの職員さんの子供達も風邪を引きなおして熱出したり、その風邪のウイルスをもらって次に職員さん自身が風邪ひいたり。まあ、4月の中旬とは思えないです。昨年なら、ゴールデンウイーク前の今頃、太陽の家の裏になる田んぼには水が張られて、田植えの準備が整っているはずですが、今年はまだそこまで到達していないのが現状です。聞くところによると、今年は柿が不作らしいですね。寒すぎて柿の実が育たず腐って落ちる事態が起きているらしいのです。

 春先の異常気象、長引けば長引くほど農作物だけではなく、観光地や衣料品の販売にも影響を与えかねないのですから、なんとか早いうちに何時もの日本の初夏(そろっと蒸し暑く、紫外線が多く、汗ばむ陽気)に戻ってもらわないと・・・・

 明日もまだ寒い一日のようです。完全に冬装束で仕事にいかないかん!

2010/4/16
自分の趣味

dsc02344.JPGdsc02346.JPG 国家試験も終了して今は、言わば「鳥の巣症候群」にとらわれているような状態が続いています。要するに目標がなくなり手持ち無沙汰。手持ち無沙汰を通り越して何かやらなければいけない焦りもあったりして、非常に微妙な状況に追い込まれてしまいました。これは、定年退職を迎えた人々が感じる穴の開いた空虚な間隔に似ていることと思えます。こんなときは、今までやりたくて仕方なかった趣味のプラモデルでも作るか!と毎日考えてはいるものの、そのためにワザワザ、模型屋さんへ足を運ぶ手間が面倒くさい。

 実は、僕はプラモデルを組み立てる趣味以外に骨董まではいかないけど、ちょっこっと古い物を集めることが好きなんです。例えば、使い古した携帯電話(そんなに古くはないでしょ!?)、昔のバービー人形(新しいバービーも好きです)、ブリキのおもちゃ(この辺になると、少しだけ希少価値が出てくるのですが・・・・もちろん箱つきで集めています)まあ兎に角、ジャンクグッズと言われる、人によってはまったく価値の無いものんを沢山集めています。その中に、古いプラモデルも沢山含まれています。古い発売当初の物で1970年ごろに発売されたフェラーリ ディーノの模型などです。もちろん、組み立てていない物です。

 模型屋さんへ行くのが面倒なら、そのコレクションで持っているプラモを組み立てたら・・・・?と思われるかもしれませんが。そんな訳には行かないのがコレクターの辛いところ。ほこり被って薄汚れた箱に入ったフェラーリの模型は。恐らくこのまま僕が死んでも素材のまま残っていくのでしょう! (^ ^) そして、誰か関係者が、僕の死後、家の整理をしている最中に見つけて言うのです。

『こんな古い模型、誰も欲しがる者はおらんわ!』と・・・・そして、ゴミとして放り出されるのでしょうね!

 まあ、そんな僕の大切なゴミの話ではなくって、僕らの世代が要介護者となる時はそれ程遠い先のことではないのですが、認知症ケアの中で今叫ばれているパーソンセンタードケアとか、センター方式のケアプランにもあるようにその人の生活暦を大切にした介護。団塊の世代の人々は日本の高度成長の時代の人々ですよね!僕の一つ先の世代に生まれた方々くらいから、世の中は物質文明の初期に思春期を向かえ多趣味な人が多いのです。趣味もそうですが、音楽も多様化しています。邦楽派もいれば、ビートルズ派、ロックンロール派、クラッシック派と本当に多彩です。こんな生活様式のまったく違う中で老いていった人々をケアすることを想像するのですが、今のケアの仕方で大丈夫?と訝しく思うときがあります。

 高齢者介護の事業所を訪ねると必ず唱歌や童謡を歌っている場面に遭遇します。まず、このあたりから変化しそうです。歌う唄が唱歌ではなくルイジアナママかもしれません。又は、知る人ぞ知るザ・カーナビーツの一曲かもしれません。そして、何か好きなことを見つけましょうね!という促しには「プラモデルを買ってきてくれ!」と言っているかも知れません。東京が好きで秋葉原に事の他愛着のある者にとっては、家を勝手に脱出して東京の秋葉原まで徘徊するかもしれません。こんな人たちの面倒を見るのですから、これから先に福祉の世界に働く人達は、いろいろと勉強しなくてはいけないことが増えて大変そうです。

 まあ、その頃の僕は、ボケボケの老人になってる頃ですから、世間の事など、どうでも良くなってて関係ないですけどね・・・・!と一人ほくそ笑んでいるのでした!!

2010/4/15
アクセス アナリティックスとは?

 ” Access Analytics ”アクセス アナリティックスとは、簡単に言えば、このホームページに外部からアクセスして頂いた回数データのことである。簡単に言えば、テレビの視聴率みたいなものであって、時間別、曜日別、ページ別、アクセス経路別に回数が記録されるシステムである。太陽の家のHPにも、このシステムは採用されており、これらのデータは色々な形でHPの質の向上を目指して利用されている。とは言うものの、テレビ局にとって視聴率は営業成績の判断材料として重視されているように、私自身にとってもこのHPを訪問してくれる人の数は大きな意味を持っている。例えば、ブログやHPの更新が滞った時などは端的にアクセス数が減少する。また、逆に更新回数が増えるほどアクセス数は増加する。もちろん、単なるアクセス数からは、閲覧者の評価は見えてこない。しかし、ブログを書き込めば書き込むほど伸びるアクセス数は、麻薬と同じで気にし始めると中毒のように気がかりとなり、その分ブログ等の書き込み回数も自然と増えてしまう。

 問題はアクセス数を気にするあまり、自分の書きたい、伝えたい言葉が伝えきれない場面である。今のところ、訪問者を対象としたゴマすり文章は書いてはいないが、これがエスカレートする中で喜ばれる文章を書いてしまうことが一番の気がかりなことである。毒舌とまではいかないが、結構、思いのままの文章を書いている自分が他人から見て面白いのであって、ゴマすり文章は読んでいて飽きが来ると思っている。かと言って、あまりに私的な話は読んでいても楽しくは無い。如何にすれば、読んで面白く、役に立つ新たなる発見を導き出せるかが勝負のポイントだと考えている。

 毎夜毎夜、皆が寝静まった頃、一人でデスクのパソコンに向かって、黙々とキーボードをたたき、睡魔が全身の筋肉を緩めるまで新ネタに考えを廻らせて今日もまた座り心地の悪い椅子と安物の会議机に向かって文書を模索している。

2010/4/15
僕の七つ道具

旅行用の必需品、薬、香水、ハンドクリーム、葉巻、シガーカッター

旅行用の必需品、薬、香水、ハンドクリーム、葉巻、シガーカッター

僕の愛用の孫の手と耳かき

僕の愛用の孫の手と耳かき

 人は、それぞれ自分が普段、必ず持ち歩く物がいくつかあることと思う。私自身も自分のブリーフケースの中に必ず入れて持ち歩く道具類が存在する。手帳、筆記用具、携帯電話、身分証明書の類やクレジットカード、携帯電話の充電器、目薬、アイポットとイヤホン、デジカメ、本(読みもしないのに福祉学の本)などを常に持ち歩いている。そして、普通の人が持ち歩かない物として、「収縮式孫の手」と「耳かき」がある。これは、本当に優れ物の一つなんだ。加齢と共に皮膚が乾燥しやすくなって、別にシラミもいないのに背中がかゆくなる。老人性乾皮症がその原因である。同じように耳が痒くなることも多い。そんなときに孫の手があると非常に便利である。それも携帯用だから必要なときには適度な長さに伸びる優れものである。まぁ、日常的にはこのような「道具」を持ち歩いて、快適な毎日を過ごす努力をしている。(笑)

 さて、この春までは大学に学んでいた学生さんをしていた関係で、頻繁に泊りがけのスクーリングに東京や大阪へ行くことも多かったが、その時の僕の七つ道具は、薬、ありとあらゆる薬をパッケージに入れて持ち歩いていた。例えばアレルギーのための薬、解熱剤、頭痛薬、下痢止め、咳止め、睡眠薬、胃薬、消化薬、、軟膏、抗生物質、降圧剤等である。それとポケットナイフ、折り畳み傘、ビニール袋、風呂敷、特別な物としてシガーカッター(葉巻が大好きで、旅先で葉巻を嗜むことがひと時の安らぎとなる事から、旅行には必ず葉巻を持参する)、そしてノートパソコン、洗顔セット。これらの物にプラスして普段持ち歩く物を携えて新幹線に乗車する。言ってみれば、女性以上に物に溢れ、沢山の荷物を持って身重な旅行を行っていると思える。確かに、私の荷物はたかが一泊程度でも持ち歩く荷物の量は多いし、重量もかなりのものである。目的地に行く前から荷物は重くかさ張っているので、帰り際に職員さんにお土産なんて買えないし持てない!(すごい勝手なこじ付けを理由に、あまりお土産の類は買わないことにしている)

 また、自分で言うのも何だが、自分の着る服に関してはかなり気を使う方である。同じ日の昼と夜では服を変えないと気がすまない。朝から晩まで一緒の服で勉強し、教授と一緒に食事したりするときも時間を見つけて着替えして出かける。だから、上着から下着まで倍の衣類を準備することとなる。必然的に荷物はかさ張り大きめの旅行かばんを持ち歩くことと成る。全然旅慣れていないと言えるかもしれない。時には靴まで履き替えることもある。

 他人さんが聞いたら、さぞや馬鹿らしいと思われることでも、自分にとってはい非常に重要なアイテム達なのである。

 私の七つ道具にしても、他人から見れば無駄であり意味の無い物ばかりかもしれない。しかし、これが私のライフスタイルなのである。高齢者介護を担う者として、この点を十分に理解できるようにしたい。私たちの価値観で判断するのではなく、その人の価値観を理解し、その人のこだわりを理解してあげることが信頼関係の構築(ラポールの形成)に必要不可欠な要素なのである。(って、小難しいことを並べて・・・・単なるごまかしですか?と言われそうである・・・・はははは)


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