雨降りの日は、デイサービス送迎担当者には最悪のコンディションと言える。
バケツをひっくり返したような大雨の中での送迎の出来事をお話ししよう。
あまりの豪雨のため、車から降車して、玄関口まで向かうことを躊躇うほどの雨降り・・・
傘を取り出し、車から降りて玄関に向かい始めた。
送迎車の到着を見たからか、傘もささず利用者が自宅玄関から足早に近寄ろうとする。
傘を持っていくので、玄関で待つように静止するも、本人は聞き入れず
本人も私もずぶぬれの状態に・・・
こんな同じようなケースが、送迎中に3回発生したことがあった。
3回ということは、3人の利用者がこちらの指示に従ってくれずに移動し始めるということ。
欧米人は、特に若い者たちは、雨に濡れることに抵抗なく、雨降りにも傘もささず歩く者が多い。
うちのペルー人の介護職員も、傘などさしたことない!と言い切るほど。
マア、兎に角、今回のテーマは雨降りの傘の可否についてではなく
なぜ年寄りは先を急ぐのか・・・??!!である。
私自身も年寄りとなり、結構な頻度で「待った!」が利かないようになってきた
特に私自身は、物事の決断は早く、あまりじっくりと思考して結論を出すタイプではない。(笑)
何かの本でも読んだことがあるが、年寄れば気ぜわしくなるのは、残す時間が少なくなってきているからだ・・・と。
もういつでもお迎えが来れば・・・と言っている人ほど生への執着は強い。
強い執着心は同時に残された時間を過剰に意識するようになります。
残された時間がどれだけかは神のみぞ知るのですが、残すところ20年・・・と思う高齢者はいないだろう。
おおむね5年から10年程度と考えるはず。
この結果、欲張り気質がなんでも間でも早くやりたがる。ということにつながっているのではないか??と
僕は考えているのです。
(これはあくまでも僕の個人的な主観でもありますが・・・笑)
認知症の人ですが、記憶障害などの認知症特有の障害は少ないのですが
何かをきっかに病気を訴え始めるケースがあります。
バイタル(脈、血圧、体温等)を確認しても異常は見受けられない。
顔色も、排便状況なども異常はないのです。
しかし、ご本人は重篤な病気にかかった!入院して治療せにゃ!と言い始めることがあります。
今の症状で、どこの病院を受診しても、入院はできないですよ!と説明しても
医者でもないお前に何がわかる・・・!
専門の病院へ連れていけ!と半狂乱の状態を挺し対応する介護者を困らせる。
そんなケースがまれに認知症の初期症状の方に見受けられます。
認知症とは、通常の健全な脳細胞が何らかの疾患により萎縮又は阻害されてしまう病気ですが
その脳の活動の変異にプラスして、その人の性格も大きく左右される点で
介護者にかかる負担は増加することがあります。
今回のケースは、周囲に風邪をひかれた方がみえたこと。
それに合わせて、急激な気温の低下による喉や鼻の違和感から
過剰な自己診断に陥ってしまったケースです。
このような場合には、認知症専門医には、事前に状態を簡単に記した記録を届け
専門医に、ある程度の経緯と変化を説明しておくことが重要です。
主治医との連携と言われる作業ですが、普段とは違った症状や気分の落ち込み等を
変換に気づいた日から、細かく記録したものを先生に診ていただいておくこと。
もちろん、受診歴のない専門医に急に受診しても難しいですが、
たとえ認知症専門医でなくとも、普段から通いなれているホームドクターにも
同じように相談することで、適切な診断と投薬が行われることと思います。
2024年も年の瀬となり、いよいよ信念を迎えるための準備に入ろうとする今、
太陽の家は、全体的に大改修工事を行っています。
今回の改修工事は、外回りだけでなく内装の改修も行っています。
通常の高齢者介護事業も運営しながらの改修工事ですから
作業をしてもらう業者さんには、いろいろと無理をお願いし
夜間の工事や日曜日の工事などのご協力をお願いしております。
今日は一階のデイルームの天井のクロス張替え、一階フロアーの張替え、一階浴室の脱衣場の床の張替えと
大勢のスタッフさんにお越しいただいての複数個所の同時進行です。
さすがにプロだけあって、作業が早いし、確実。
私たちも介護のプロとして、これくらいのプロ意識をもって仕事をせにゃあかんね!と改めて思ったところです。
うちのグループホームのお話。
この女性は、典型的な認知症の高齢者で、記憶と見当識に障害を抱えている。
円背による前屈姿勢ではあるが、さっさと歩く。
自分で物を伝うように、さっさと歩く。
入居して6年。さすがに近年では歩行も不安定となり
時折、転んだりを繰り返している。
転倒は介護職員の悩みの種であり、介護するうえで一番の課題として恐れている事故の一つである。
さて、この女性だが、施設内の他者の居室に敷いてある畳の部屋に入り込むことがある。
他室訪問と言って、これも介護側からすると避けたいリスクの一つ。
居室の入居者からすれば、断りもなく他人が部屋に入ってくるのだから、当事者としては困ってしまうのも当然。
さて、他室訪問は今回の話題にはわきに置くとして。
ここで問題となって職員の中でも話し合いが行われたのことがある。
それは、他室訪問する女性利用者の部屋に畳を敷いて、畳の生活に変える是非についてである。
この女性、畳の部屋で座り込むと、自力では立ち上がれなくなってしまうのである。
下肢筋力の問題と円背による前屈姿勢を原因としてか
畳の部屋でゴロゴロするばかりで、起き上がれない。
この起き上がれない状態は『身体拘束』にあたらないのか???といった疑問が出てきた。
当然ご本人の意思に反して、介護者が立ち上がりの支援もせずに放置することは
身体拘束の中のネグレクトにあたる。
しかし、床でゴロゴロしていると店頭の危険性はない。
まさしく両刃の剣である。
そんな職員の疑問点が、昨日、僕の耳に入ったわけで
私なりの意見を伝えなければならない。
そこで、私なりの意見として、どちらを優先するにせよ
畳の上で起き上がることもできなく、ゴロゴロを繰り返さすって、
その人の自由を奪うことだけでなく身体機能の低下に結び付かない?という点。
いつも職員にお話しすることに、自分が年老いて認知症を患ったとき
歩きたいときに歩いて、どこかに行きたくなったら歩き始め、
何かを食べたくなったら冷蔵庫をあさり。と、自由に、気のまま、
こけることを苦にして動かさないより、自由気ままに動けることを望む!と思うのです。
畳でゴロゴロも最初は気持ちいいかもしれない。しかし、
時として尿意をもよおした時どうするのか?
円背があって天井を見て寝っ転がることができず、横向いて寝て何の楽しみがあるの?と考えてしまうのです。
出来れば定期的に立ち上がり訓練や、歩行訓練をやってくれるなら良いけど
そのまま放置され、食事時となってようやく車いすで迎えが来る。って生活はご免こうむりたい。
僕はそのように思うのです。
いつも働きっぱなしで健康な人たちにとって、一日の終わりに横になって体を休めるための畳ってのは最高だ。
しかし、毎日、何の目的もなく横になっているのは、完全に職員の都合によるものだと思う。
一昨日の水曜日より、丹野智文さんと共に尾鷲市の熊野古道センターにて
認知症当事者の映画「オレンジランプ上映会」、丹野さんの講演会「認知症とともに生きる」
そして、認知症カフェに参加した。
丹野さんは、この日のためにお一人で仙台から列車を乗り継いで白子駅まできていただいた。
白子駅でお迎えし、夕食を共に摂らせていただいて一泊。
翌日に、車で尾鷲市の熊野古道センターにて映画上映会、講演会と認知症カフェに参加いただき
ハードスケジュールの中、非常にエネルギッシュに活躍していただいた。
今回のイベントは、一般社団法人三重県地域密着型サービス協議会主催で開催され
尾鷲市の包括、社協、尾鷲市の行政担当者の皆さんのお力添えで100名近い方々に参加いただき
盛大に開催された。認知症当事者の丹野さんを囲んで、市内の認知症当事者の方々の
悩み事や相談を受けていただき、いろいろなアドバイスやヒントをいただいた。
丹野さんの関わる仙台の認知症当事者の会では、要介護4であり年齢も90歳の方々でも
しっかりと自分の想いを伝えることができることを映像で紹介している。
認知症ケアを実践する私たち介護のスタッフとしても、いかに普段から認知症ケアの名の元
その人の想いをくみ取っていないかが、よくわかる。
自立支援と言いながら、まったく自立支援となっていない現状に警鐘をならす