


この話は一度紹介したことがあるのか?すでに過去の記憶は忘れてしまった話である。それは、僕が今の自宅を建てる時に住んでいた仮住まいの話である。
新しく家を建てるにつき一年ほど隣町にある住宅街の一軒家を借りて住んだことがある。小さな川沿いに建つその家は、二階建て住宅でダイニングキッチンを含め5部屋を持つ和風建築であった。
玄関前には車二台が余裕で駐車できるスペースがあり、自転車を入れても余裕のスペースを誇る倉庫付住宅で、周りは一軒家が立ち並ぶ住宅街の中。縦長の敷地の真横の隣地には敷地いっぱいまでスレートぶきの作業小屋.
その借家の裏窓を開けると、鼻先に隣の作業小屋の壁と言った具合で隣近所がとても近く建物で密集している状態である。本当に土地を有効に活用している(?)ような建蔽率の高い住宅の中であった。
川沿いの家は湿気を多く入れこんでしまうので敬遠されがちだが、その借家も同様の問題を抱えており、締め切った部屋はかび臭い特有の匂いが常に漂っており、天気の良い日に窓を全開にしておいても甲斐なく、やはり夜になるとカビ臭くって息が詰まる思いだった。それでも住んでみれば都で、日が経つにつれ生活に慣れ始めていた。
そんなある夜、夕食時の晩酌でほろ酔い加減で床についた僕は、知らない間に眠りの淵をふわふわと幽体離脱したように意識がもうろうとしていく中突如、大きなクシャミとブッ~!と強烈なオナラの音に目覚めてしまった。そして男の人が「さっぶ!もう寝よ!」と呟く声が聞こえてきた。それ程深夜ではなかったが、夜遅くまで夜なべをしている隣の住人が、あまりの肌寒さにクシャミをし、おまけに大型台風並みの元気の良いオナラをこいた。そんな瞬間の音だった。 布団の中でもうろうとする意識の中で、僕は必死で笑いをこらえたことを外の空気が寒くなる今頃になると、あの夜の出来事を鮮明に思い出す。
日本の住宅事情と言うより、日本の社会は隣近所が色々な意味で絡み合って、社会を構成している。そこには、いろいろと複雑な事情もあれば、環境の違う者同士が薄く、真近な壁に囲まれて生活している。音も匂いも、それぞれの生活の一部が漏れてくる社会は、それなりに個人情報の扱いに神経質にならずとも生活できた。醤油を借りに隣の台所を訪ねたり、急な雨に隣の洗濯物も取り入れてあげたり、と特に問題もなくお互いが共存する社会があった。
日本の国土は100年前も今も、それほど大きな違いもないまま狭い領土に多くの国民が住んでいる。ひしめき合うがごとく生活している住人の意識が個別化し、自分自身のパーソナリティを主張するにつれ人間関係が薄れていく。
その反面、年の人口は増え続け、ますます高密度の生活空間に多くの人間が住む社会。ちょっと昔を思い出して、隣のオナラも何となく笑って許せる心にゆとりをもって生活できないものか?と思ってしまう。
http://www.youtube.com/watch?v=WfN8vm9HFIs&feature=player_embedded
ニュージーランド航空の機内セイフティービデオ。最近、続々と個々の航空会社が新しいスタイルの機内セイフティービデオをアップしている中、このニュージーランド航空のものは、出演者全員が高齢者といったバージョンを作成したようだ。海外の高齢者住宅に生活する爺さん婆さんを中心に、オーソドックスな機内説明をビデオ化している。シートベルト着用と脱着方法、酸素マスクのつけ方や救命胴衣の扱いなど、内容はいたってオーソドックスではあるが、そのビデオに登場するのは、全てが高齢者。
高齢者を使ったビデオ制作の企画も面白いが、ビデオ撮影の場所が高齢者集合住宅または日本で言う高齢者専用住宅で撮影されている。もちろん撮影に使うぐらいだから高級な高専賃だろうけど、さすがにアメリカ、スケールがでかい。興味ある方は、上にアドレスを張り付けたので一度閲覧してみてください。
再放送のトンイを待ち望んでテレビをつけ、見るような見ないような気持の入らない状態でニュース番組を観ていた。その重い番組とは「いのちの花」と言う殺処分された犬や猫の骨を粉にし土に混ぜ、そこに花を植えて別の命を育てる女子学生の話であった。
一年間に殺処分される犬や猫の数の多さに驚き、その悲惨な末路に悲しく、人間のエゴの醜さに腹立たしくやりきれない気持ちで番組をみた。年間に殺処分される犬や猫の数は14万とか17万匹らしい。うかつにも僕はその数が全国で処分される数なのか、その地域の数なのかを聞き逃してしまった。いずれにせよ、とてつもなく多い。
先日のネットニュースでは、高校生の男子生徒が里親として譲り受けた子猫4匹を自分のボウガンで射殺していたそうだ。
10年前にミニチュアダックスフントが流行り、市内のショッピングセンターのペット売り場では、連日多くのお客さんが着飾ったダックスを連れて、お買い物に来ていた時があった。今、その頃のペットは何処に行ったんだろう?
ある知り合いが言った。飽きたら保健所さ!と。僕は、その言葉を聞いて、非常に腹が立った。無責任な人間のおもちゃとして飼われたペットは、ブームが過ぎれば不要なモノになってしまうのか!
どれほどの人が今日、僕が見た番組を観ていたろう?ペットを命ある生き物としてでなくファッションの一部としか考えない者が、「命」をもてあそぶ。この世の中、どこまで無慈悲になれるのだろう・・・?
番組の中で「いのちの花」の活動のきっかけとなった女子学生の言葉「私たちと同じ命」が僕の心に焼きついた。
今日は天気予報通り、朝から快晴、風もなく、絶好の自転車日和。昨日の夕暮れから自転車に乗りたくってムズムズしていたので、今朝は朝食をゆっくりと食べたのちから、服を着替えて(それも、一昨日ロンドンから届いたばかりの自転車用レーシングスーツに身を固め)出発!千代崎海岸から海岸沿いの堤防を河芸マリーナ方向へ。
僕の自転車の後方に、立派なクルーザーが停泊している。いったい何処の誰が、このような立派なクルーザーを所有してるのだろう・・・・と考えながら、記念写真を終えてすぐに津方面へ出発。この時点で、今日の目的地を自分の中では決めていた。
写真を見てもらえれば一目瞭然・・・松阪城跡にやってきた。河芸マリーナからノンストップで松阪まで国道をひた走り、それでもお城跡に到着したのは1時半を回っていた。やはり津市内の国道は車の往来も多く、本当に走りにくい。歩道を走ったり、車道のわきを走ったりしながら、松阪駅前のロータリーをまわって、お城方向へ。松坂牛(まつざかうし)で有名な和田金を横目にお城へ。
正門ではなく城下町の街並みが残る方からお城に入り、記念写真。おっと!まだ、おひるごはんを食べていなかった。ここに来る途中、松阪市内の焼肉店から漂ってくる旨そうな焼肉のにおいをふんだん浴びながら、適当なレストランを物色しながらも、とうとう目的地のお城跡に到着してしまったことを忘れていた。自転車乗りの定番的アウトフィットっていえば、体にピッタリフィットした(僕の場合は、ボンレスハムのパッケージそのもので、決して格好いい代物ではない)上下のジャージーを着ているわけで、この姿でレストランに一人で入る勇気もなく、かといって適当なコンビニが駅前に見当たらなかった。
それで思い出したのが、写真の丸中本店。ここではお肉だけではなく、コロッケも注文したその場で揚げたてを提供してくれるのである。昔、学校帰りに近所の精肉屋さんが揚げたてコロッケを販売していたが、このお店が、まさしくその揚げたてコロッケを販売している。そして、そのコロッケがめっぽう美味い!一個100円+消費税。105円。(これも来年には一個110円になるのだろうな・・・)僕は、揚げたてコロッケを二個注文し、コロッケが揚がる少しの時間に、お店の写真をゲット。ほどなくして二つのコロッケ。ビニール袋に入れてもらい、冷めないうちにこのコロッケを食べる場所に移動しなくてはいけない。
お城跡を通り越してすぐ川に面した遊歩道を発見。桜の木の下のベンチでお昼休憩。先ほど購入してきたコロッケをほおばる。快晴といえど自転車を降りると結構肌寒い。そんな肌寒い中たべる熱々のコロッケは、やはりうまかった。
この公園の名前は残念ながら確認してこなかったが、人通りも少なく、それでいて綺麗に整備されている、この場所が意外と居心地良く、松阪までの長距離で太ももの筋肉の緊張をほぐしながら、風に吹かれて舞い散る木の葉を眺めながら、写真を撮ったりして、しばしこの場所の雰囲気を満喫してみた。
この写真でも感じてもらえると思うが、日の光が西に傾き始めた頃、と言ってもまだ2時半である。木立枝をとおして見える太陽の光も弱弱しく、やはり冬の昼間だな!と冷たい風に吹かれながら、そろそろ松阪を出発することにした。
今日の僕のチョイスは、この時点ではまだ大きなミスを犯した意識には到達していなかった。松阪城から国道23号線に戻ったころから、少しずつ、午前中には感じなかった風を感じ始め、おまけに向かい風であることにようやく気付くのである。ただでさえ、足の筋肉が笑い始めているにも拘らず、向かい風を受けながら雲出、久居、垂水と超えていかなくてはならない。まず、雲出の直線で涙が出てきた。そして、今日中に帰り着くのだろうか・・・?と不安な気持ちがよぎった。
こんな時は、自分自身をプッシュしすぎないよう注意を払いながら、目標到達点を近い場所に設定する。例えば、今日のような日は、雲出川を超えたところまで行く!と設定。もしもダメだったら恥ずかしいけど、誰か救援を呼ぼう!と決めて走るのである。もちろん、もうすでに足は攣りはじめている。少しでも負荷をかけると痙攣が始まる。
騙し騙し自転車をこいでいるうちに、無事雲出川を越えた。次の目標は久居へのバイパス(?)の交差点までである。そこまでいけば大型スーパーがある。最悪、そのスーパーの中で休憩すれば良い!と考えながら走る。雲出川から、それほどの時間もかからずに目的地に到着。このように、今日の帰路には、数キロ刻みで目標を変えながら、なんとか家にたどり着いた。
流石に80Kmを超えて走ることは辛い。それも自分ひとりだけの単独ツーリング。自分との闘いである。足が痛くて、筋肉が痙攣し始めている中、毎日の仕事上のストレスも同じだな~と考えながら自転車をこいでいた。まだまだ極限状態でのツーリングではない。一端のサイクリストのような衣装で、フルカーボンの自転車で、とにかく格好から先に入る性格上、何処から見てもそれらしいようには見える。しかし、その実、僕なんか自転車に乗り始めてまだ半年。今までに走った距離も単に2000キロ程度。まだまだ駆け出しである。しかし、今まで走れなかった距離まで到達することができるようになったり、登れなかった坂道も少しは楽に上りきれるようになっていくにつれ、だんだんと自転車に乗る喜びがわいてくるようになった。
最近は、文学と言うものと縁遠く専門書を読む機会が増えている中、面白い本を頂戴した。以前にも紹介したように、僕の生活の中で「本」の占める割合は大きく、結構頻繁い本と触れ合っているのであるが、この連鎖的読書形態ってのは、一つにネット通販大手の策略にはまってしまっているところが多いのが本音である。一冊でもネット通販から書物を購入すると、同じような分類から新たな書物の紹介と案内が継続的に送られてくる。このお誘いメールってのが曲者で、結構、その業者の術中にはまってしまっている傾向にある。
しかし、この手の方法で書物を購入し始めると、そこには大きな落とし穴が存在して、同じ系統の書物だけに偏る傾向が存在する。だから、僕の購入する書物は、全てにおいて対人援助関係の接遇方法、スーパービジョン、カウンセリングや認知症に関係した物ばかりとなってしまう。だから、今回、頂戴した本は、そういう意味で改めて文学の面白さを呼び戻してくれる一冊として興味深いのである。
また、この本の著者は、知る人ぞ知る吉本興業所属のお笑いタレントの又吉さんである。僕には、これまた縁遠いお笑い芸人の中ではあるが、彼がNHKのEテレに「オイコノミヤ」って番組を持っていて、この番組が結構面白い。今の社会の専門的な事柄を、分かりやすく紹介していく番組であり、僕なんか不謹慎にもベッドの横になりながら見ている番組である。
そんな又吉さんも同じように本の虫らしく、結構読書家として有名なようである。実際に彼の書いている文章は、おおよそお笑い芸人のイメージから程遠く、結構知的な文章を書いている。昔から頭が良くなければお笑い芸人はできないと言われている定説どおり、この人も頭いいんだ!と感心してしまった。(又吉さん、ごめんなさい!)
まあ、とにかく、この本の特徴は又吉さんが、自分が読み親しんだ文学を自分の読んだ書物を紹介する立場で書かれている。ここから、自分なりに共感できれば、そこで紹介されている本を借りてくるなり、購入して読む!ってのも有りかな・・・と考えている。
とにかく、又吉さん曰く、生活の傍らには常に本がある。ってコメントに「ほんと!ほんと!僕もおんなじ!」って笑いがこみあげてくる一冊である。