


富士山がすっきりと頂上まで雲に覆われずにそびえたつ姿を見ると、なぜかシャッターを切ってしまう。
新幹線の車窓から見えた一瞬をとったけど、前に雑景が入ってしまった。
新幹線のスピードが速すぎるから!と言い訳。
単に下手くそなカメラマンってだけ!
それでも富士山は、日本人にとって特別の山なんだろうね。
人にとっての適切な睡眠時間が、夜の報道にのった。
65歳以上の高齢者にとって、適切な睡眠時間とは約6時間としていた。
報道では、街ゆく高齢者の方々のインタビューを付け加えていた。
その高齢者のほとんどが、6時間の睡眠時間について短すぎる!と評価している。
その反面、専門医は、本来ならば適切な量であっても、睡眠時間が短いと不安になる傾向にあると警鐘を唱えていた。
つまり、高齢の者は10代の若者と違い、それ程長く寝る必要がないにも関わらず、量を求め、結果的に睡眠の質が悪化しているという。
以前、僕のブログでも書いたように、睡眠ってのは重要ではあるが、少々くらい眠れなくても不安になる必要はない。と言うことが証明された。
睡眠も人生と同じように、量ではなく「質」を追求すべきなのだ!!
age・・・・(アゲじゃあないぞ! エイジ。)
世の中の誰もが歳をとる。 どんな偉い人も!どんな金持ちも!間違いなくすべての人が。
僕も同じ!毎秒ごとに、毎分ごとに・・・そして毎年、重ねる年輪。
一昨日のブログではないが、若いって素晴らしい!
なんせ将来に夢を持てる。肌にハリがある。疲れを知らない。やり直しがきく。
では、年寄には何が残されているのか?
夢は持てないのか?肌に刻まれたしわは恥ずかしいものなのか?もう、やり直しはきかないのか?
確かに人生のやり直しは残された時間や体力を考えると困難かもしれない。
しかし、年相応の輝きを求めることは可能である。
無理して若ぶる必要はない。しかし、世間相場に無理してあわせる必要もない。年齢に応じた地味な色で年寄風の服装で耐える必要もない。自分でいられること。誰に気兼ねすることなく自分でいることが重要だ!
高齢者支援の視点は、この点に集約されている。若い介護職は、世間一般の常識を全ての高齢者に一律に重ねてしまう。年寄ってものを勝手に、自分自身の思い込みのフィルターで画一的に見てしまう。
そうじゃあ無い!年寄だって『個』だということを知ろう!それからが、高齢者介護のスタートだ!
今日は、鈴鹿サーキットのお仕事でお世話になった方の送別会
まだ若い中国人の彼女は、今後の人生をさらに、海外に向けて羽ばたくそうです。
そして、周りにいる男の子たちも、国立大学の学生さんであり、鈴鹿サーキットのお仕事を手伝ってくれているスタッフでもあります。彼らも直ぐに色々な人生を歩んでいく人たちです。
若いって素晴らしい!そう感じた夜でした。
チョウさん、短い間でしたがありがとうございました。
また、いつか機会があったら会いたいですね!
人には、その人の人生があり、そこには家族の想いも強くつながっている。良くも悪くもお互いの想いが関係し、その人の一生を形成していると言える。
私たち高齢者介護を実践するものとして時として、不条理と首を傾げたくなる場面にも出くわす。また逆に要介護者を支援する家族愛に心打たれる場面もある。
私たちの基本理念の一つにバイスティックの7つの原則が存在する。その一つに「非審判的対応」があり、どのような場面においても利用者を、家族を審判しない態度が求められている。上記のような不条理に対しても審判的な態度では臨まない!
そして、同時にパーソン・センタード・ケア(以下、PCCとする)における4つの要素の一つに、社会心理面でのサポートを説かれている。社会心理面におけるサポートの意味には、我々や医療従事者(医師を含み)も、何らかの目に見えない力で、その要介護者(PCCの場合は要介護者=認知症高齢者である)との関わりが作られた。事実を強く意識しながら支援を行う必要性を説いている。
バイスティックは、要介護者をフラットな立場で受け入れるよう説き、PCCではその関係性の中に「赤い糸」で結ばれている説を唱える。言ってみれば、決してフラットな関係ではなく、いたって人間臭い関係を重視している。この相反する理念を理解しながら、人様の人生を支援する。この重大且つ重い援助活動には、相当量の専門性とそれなりの経験値が必要となってくる。私たち介護者自信のライフワークのような課題が重くのしかかっている。そんな高齢者介護である。