


毎日、毎日、本当に何のために一生懸命動き回っているのか、時として見失ってしまうときがあります。特に何かして結果に結びつくものばかりではなく、全く何の効果も、結果も得ることにならない場面の方が多いくらいです。それでも、私たちは必死になってもがいているのですが、この「面倒くさい・・・」を全て排除したら・・・いったい自分はどんな風になってしまうのだろう??
面倒くさい事をせずに生活する。たとえば朝起きることが面倒くさい。だから寝続ける。しかし、寝続けると背中や腰が痛くなるよねえ。第一、そんないっぱい眠り続ける事も出来ないし・・・
そういえば、朝起きて歯磨きするのも面倒だ!僕の場合は朝ぶろだから、朝からお風呂に入ることも面倒くさい・・・でも、寝起きに歯磨きしないと、口の中が気持ちよくない。大体からやね、歳とってくると加齢臭なるものがあって、朝起きて服を着るにも加齢臭たっぷりに香水たっぷりは好ましくない。匂いが混ざって、それこそ全部洗い流したいくらいの気分となるだろうね。
僕は食べ物に対して貪欲だから、朝食は面倒くさくない。
しかし、仕事に行くのって面倒くさい。仕事なんてくそくらえ!って呟きながらも、デイサービスやグループホームの爺さん婆さんたちの目を気にしながら、仕事に出ずに裏庭の草むしり!なんてできっこないし。
日中は、色々なところからの電話が入るけど、これだって面倒くさいの一言に尽きる。別に話をしたくはないし。相手の都合で電話に呼び出される。これは何とかせにゃ!おまけに、もう一本ある電話も鳴りたい放題で、ジャンジャンかかってくるけど、俺は電話交換手じゃあないし!って大声で叫びたくなる。
しかし、この面倒くさい毎日が無くなってしまうと?きっと寂しいんだろうね!何もすることがない程、わが身をもてあそぶ。ただ、じっと黙って周りを眺めているだけって耐えられないよね!!
すると、やっぱ、面倒くさい≒遣り甲斐、生きがいに結び付くってわけなんだ。まだ、当分は、この僕も毎日、面倒くさい!と叫びながらも、仕事を続けているのだろうね!
幾つになっても若くいたい!
この私にしても、そんなことを思う歳となって、そう考える自分にあきれ返っている始末である。しかし、さりとて、このまま黙って自分を老いに任せる事だけはしたくない。これを悪あがきと言うか、年寄りの冷や水と言うのか・・・ここ数か月、毎夜毎夜、ダンベルを使って密かに筋トレを行っている。一個3Kgのダンベルを上腕筋を鍛えるために、400回の上下運動を行っている。それと、十字の位置に持ち上げ静止を1分間を3セット。背中から頭上に持ち上げを100回。これを毎日繰り返すことで、結構、力こぶはたくましくなった。
一個3Kgを両手にもって計6Kgのダンベルにも慣れが生じてきたので、今日は一気に重量を5Kgにしてみた。何とか150回はこなせたが、腕がだるい。
筋肉を鍛えて何となるわけではなく、それで女子にもてるわけでもない。僕の場合は、綺麗に格好よく洋服を着たい一心である。定期的に読んでいるレオンなる雑誌に登場するモデル男性の胸の厚み、程よい腹のでっぱりが、いたって格好良い!僕もちょい悪イタリアンな親父を気取っている以上、それなりの姿にならないと話にはならない。きっかけは、この単純でいて無謀と言うかバカげた発想がもとで、このダンベル運動を始めたのである。
これから薄着になる季節。イタリアンな親父は、こぞって薄黒く日焼けした肌を惜しげもなく露出し(考えてみれば、いい歳こいたオッサンが気持ち悪い!)、どうだ!格好いいだろう!と言わんばかりな態度。まあ、クレイジーな世代の代名詞かもしれない。
さて、このオッサン気質。この色気が無くなるとボケる?! 僕はその通りだと考えている。ボケてしまうことに恐怖はないと言えばうそになるが、人生長生きになって、他に命を奪う病が無くなりつつある今の医学。長寿になればなるほど、頭の老化は大きな課題となって高齢者に残されていく。いつまでも色気を失わずと願い続けて、結果的に色ボケした認知症の親父になってしまっても困る。だから言い訳にしか聞こえないかもしれないが、僕はあくまでも洋服を格好良く着こなしたい!それだけの望みなんで、その点誤解の無いように!
「新幹線から見る富士山」
悩み多き人生。何かと心配事があるのか、疲れていても眠りが浅い。そして、何度も何度も夜中に目覚めてしまう。
暗闇の中に浮かぶデジタル時計の数字をみて、まだ起きるには早すぎる。そう自分に言い聞かせて目を閉じる。体の向きを替え、枕の膨らみを戻したり、めくれ上がったパジャマの裾を直したり・・・やってはみるものの一度目覚めた頭は、それ以降星空のもとに飛んで行こうとはしない。
暗闇の中で思うことは、今のこの時間に眠れない不安な思いで布団にくるまっているのは自分だけだという思い。
そして明日もしれない不安な感情に震えおののいているのも自分だけだという思い。
この先に夢を描けない、絶望の淵に立たされているのも自分だけだという思い。
深夜に目覚めて、眠らなければ!と言う焦りを感じ、このままでは明日の仕事に差し障りがあるという思い。
こんなにも家の中は静まり返っているのに、眠れない自分がいる。ほかの家族を自分のために巻き沿いにしたくはない思い。
眠れない夜を過ごす人は、皆同じようなことを考え、感じながら、床の中で悶えている。
そんな人たちに告ぐ。
無理して寝なくても良い!と僕は思う。人間の体は上手くできているもので、多少眠らなくても死にはしないように作られている。眠いけど眠れなくても心配はいらない。無理して寝なくていいよ!と自分に教えてあげればいい。そして、窓の外は暗くて町全体が眠っているように思うかもしれないけど、この時間にも働いている人はいるし、同じようにベッドの中でまんじりと朝を迎える人もいる。そして何よりも、自分は一人ではないことを信じる。
僕だって眠れない夜は多い。仕事や将来に対する不安な思いから深夜に目覚めることも多い。そんな時は、自分の好きな音楽を聴く。テレビの音量を絞って画像だけをみる。頭に思い浮かぶ事柄を日記に文字として残す。僕の場合はパソコンをひろげ、パソコンに思いをつづってみる。本を読む。そうやって、眠らなければモードのスイッチを一旦切るようにしている。そして、眠る行為とは真逆の行為をし始めることで、知らず知らずのうちに眠ってしまう。でも、迎える朝に仕事が入っている夜に眠れないときは、そのまま眠りに入らう、起きて過ごす時もある。
無理はしない。なるようにしかならない!そう言い聞かせて自分の心を落ち着かせようとしなければ、時が来れば寝入ってしまうものだ。
眠れないときに僕は睡眠導入剤を使わない。以前、ドクターから安定剤や睡眠導入剤をたんまり処方してもらったが、僕は逆にそのまま朝になっても起きないかもしれない恐怖から、自分から進んで服用しようとは思わない。それが逆に、開き直りと言うか、放っておけばいつしか眠れる!と言う図太さに変わった。
人の精神は緻密ではあるものの、逆に緻密すぎて一旦、どこかで断線してしまうことで回復方向に進み始めるものである。いずれにせよ、苦になるものを見つめすぎず、かといって逃げない。今の現状をしっかりと認識して、そこに多くを求めないこと。今、生きてることが一番重要で幸せなことと思えば、これ以上の何が不安になろう・・・
余りにも極端でしょう!!雪です!
前日の日曜日は晴天で自転車日和と書きましたが、一日過ぎてこの有様。寒いはずです。
犬は喜び、庭駆け回る・・・はずですが、うちのお犬様は外の景色を見て、即、Uターン。そそくさと部屋の奥に逆戻り。なんせ、彼女たちは毛皮こそ身にまとっているものの、素足ですから・・・・。

三月に入って、少しづつではあるけど暖かな気候になりつつあるという時に、突然の雪が舞っています。寒い!寒い!を繰り返す老人たちですが。このケッタイな気候には、ほとほと手を焼きますね。
さて、そんな気候変動の激しい日が続く中、昨日の日曜だけは、自転車びより。颯爽と例によってミシェリンタイヤのマスコットキャラクターよろしく、肥満体型のボディーラインを臆面もなく露出しながら出発。走り出して直ぐに、思いのほか空気の冷たさに驚きUターン。部屋に戻ってもう一枚追加のウインドブレーカーを羽織りました。
真冬用のグローブをつけ鼻から口全体を覆い、空気に触れているのは目の周りだけと言ったいでたち。こんな真っ黒づくめのオッサンが近くによって来たら、不審者に間違われるでしょう!?ってな感じ。写真でも分かるように、自転車用の衣服ってのは、科学的にも優れもので、薄く軽く作られているが意外と保温効果は抜群なものが多いのです。今回の僕の着衣は、自転車用のハイネックのアンダーシャツと競技用長袖ジャージー、ウインドブレーカーの3枚。それぞれの衣服はペラペラの素材で軽い。逆に体に密着していることから寒さを感じないのかもしれません。
最近のツーリングは、堤防を走ることが多いのですが、一般車道を走行するには危険が伴うからです。自家用車の運転手からすれば、ロードバイクってのは邪魔な存在のようです。間違って接触でもすれば車の運転手に罪がかかる。かと言って自転車を追い抜き損ねれば、後続車にも迷惑をかける。そんなリスクを嫌う心理が働くのでしょうね。逆にロードバイク側からすれば、一生懸命自転車をこいでいるのですが、路側帯には砂利や溝も多く、決して最高のコンディションの中を走行できているわけでもない。以前にも説明したように、ロードバイクのような細いチューブのタイヤってのは、縦の筋に弱い。間違って筋に沿ってタイヤが進むと、その勢いで転倒する可能性があるのです。歩道側に転倒する分には、打ち身程度で済ますことができるのですが、これが車道側に転倒すると恐ろしい。後続車両に踏みつけられて死に至る大事になり兼ねないのです。
そのような環境の中、ロードバイクを走らせる者としては、出来る限り自分のペースで、安心して走行できる環境が一番リラックスし、気持ち良い環境なのですが、この日本では、そのような環境ってのが少ないのが事実です。まあ、何れにせよ、出来る限り他人に迷惑をかけないよう、最大公約数を求めて、遠慮しながらヒッソリと走行を楽しむのです。

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