健康診断の結果報告が、次々に事業所に送られてくる。
個人情報だから、この結果の扱いについては配慮が必要ではあるが
敢えてお話すれば、僕を含めて生活習慣病の者が多い。
コレストロールや、中性脂肪、肝機能が危険信号を発している。
一番の原因が食事なんだろうね・・・
フライ物をご飯と共に腹いっぱい食べる。って図が見えてくる。
僕自身、チーズや肉が好き。白米のごはんも大好き。
最近は脂肪を抑えるために、ご飯におかかをかけて、猫マンマで
茶碗に何杯も、美味すぎて食べ過ぎてしまう。
脂肪を抑えているつもりだけど、タンパク質を摂りすぎて
体内で脂肪に変化してしまう 。
若い時には、まだまだ血管も強く弾力があるが
今の歳になると動脈硬化が恐ろしい。
若いから放置しておいても構わないわけではないので
値が悪ければ、早急の内に治療しなければ
歳とってからが大変だ!
美味しい!美味しい!と際限なく食べてしまうことを考え直さないと・・・
と、思っている。(思っているだけではダメだ!と叱られそうだ)
それでね!ここで悪魔のささやきを一つ。
チキンのレモン焼き。って料理がご飯に合うのです。
作り方は、簡単。まず、鶏もも肉を100グラム(僕は200グラム以上食べる)
サラダ油、無塩バター10グラム程、カエンペッパー適量、レモン汁(レモン半分量)
塩、こしょう。(適量)
鶏もも肉に塩・こしょうをふりかけて、フライパンで両面に焦げ目がつく程度ソテーする。
肉に火が通るようにフライパンに蓋をしてジックリと焼いてください。
充分に肉に火が通ったら、レモン汁とバターを入れて、カエンペッパーを振り入れ
全体のソースが赤く色づいたら塩コショウで味を調えてお皿に盛りつける。
残ったソースを肉の上にかけて召し上がれ!
これは、鶏肉のうま味もともかく、残ったソースにご飯を絡めて食べると
強烈に美味い!
でも、これ、体に脂肪をいっぱい取り込んでいるのと同じで
結構ヤバイ献立のように思う。
美味いから、一度作って召し上がってみてください。
次の日に採血の検査がある場合は、食べるのは控えた方がよいでしょう・・・
僕は、最近とみに夏が苦手になってきた。
なぜ?と言えば、汗臭くなること!
自分自身から加齢臭が漂うことが嫌。
夏になると、スタッフの皆に「俺、臭くない?」と
癖のように聞く。
聞かれる方もたまった物じゃないよね。
上司に向かって「むちゃ臭いです!」って言えないものね!
そこまで分かっていれば聞くなよ!って言われるかもしれないけど
やっぱり聞いてしまう。
もうこりゃパワーハラスメントの一種だよね。
そして、加齢臭はスメルハラスメント。
夏の僕はハラスメントのオンパレードだ!!
そんな訳で、僕は夏が苦手。
しかし、最近は冬も苦手になってきた。
その理由が、着ぶくれによる身のこなしが困難になってきたからだ。
車の乗り降りの時、体が重い。
車を運転中に後方確認するために後ろを振り返りにくい。
首が回らないからだ!
狭い通路を歩くときに服が引っかかりやすく
トイレに行って用を足すとき、ズボンの上げ下げに苦労する。
僕はズボン下は真冬でもはかないけど、それでも
上着は何枚も重ね着する。
ズボンの中にシャツや下着にセーターって入ってくれない。
腰回りが窮屈だからだ!
今年はエルニーニョ現象が起こりそうだって。
つまりは、昨年以上に暑い夏が来る!
ようやく着ぶくれの冬を終えるのに
又すぐに糞暑い夏がやってくる!
これは、僕たちの世代を歌ったフォークソングなんだ。
戦後に生まれた子供たちが、60年、70年安保闘争という
学生運動を盛んに行っていた時代。
そんな世代が今、高齢者となり始めている。
第一号保険者となり、この中でも戦後すぐに生まれた人たちが
団塊の世代と呼ばれ、2025年問題と称し
一気に要介護高齢者が増加する危惧を抱えているとしている。
こんな世代も、数十年前には、訳も分からずに流行の一つとして
平和を題材にディベートを繰り返していた。
角材とヘルメットにタオルがユニフォームの学生運動家は
どんな田舎にもいた。
皆が若かった。膝も痛くない、髪の毛もフサフサ!
肌も艶々して、かいた汗が玉のように滴るほど張もあった。
ところが、この歳になると、階段上るのもひざの痛みをこらえながら
夏の暑い日にかく汗は、じっとりと肌を湿らせるだけ。
髪の毛はヒヨコの産毛のように、頭皮が透けて見えるごとく
腰に巻いたベルトは、胴回りを二周できる程細かったのに
今では、ベルトに余りが残らないほど成長し、
おまけに腹がベルトの上にのってしまう。
あの頃の若者は、一体全体何処へ行ったのか??
戦争を知らない若者が、今では節操を知らない初老に成り下がりつつある。
血液検査をして肝機能を調べてもらうと、γーGTPの数値で判明する。
肝臓がフォアグラとなりつつあるのか、健康な肝臓をしてるのか?
僕の場合は、安全にフォアグラを通り越して
超肥大化した肝臓となっているらしい・・・
酒も飲まないのに・・・と言うと、先生は「食べ過ぎ!」と一言。
肝機能障害は、大量の酒でも値悪く現われるが
食べ過ぎによっても肝臓は肥大化する。
結果、どうなるか?? 決して良いわけではない。
笑って済ませるわけにはいかないけど、
食べることを少し節制して、運動量を増やしていけば健康な肝臓に戻すことができる。
酒を呑む者には、休肝日を設けるのと、酒の量を減らすことで
数か月で健康な肝臓に戻すことができる。
しかし、これも年齢を重ねるにつれ戻りにくい。
40歳代なら、今のうちに改善していけば、それほど怖がる結果ではない。
この僕の年齢となると、そうやすやすと許してもらえない年齢で
本気でダイエットしていかないと、そのうちに肝臓だけでなく
他の機能もパンクしてしまう。
少しは食べるモノに注意しなきゃ!!
でも、今日、ネットでイタリアとフランスのチーズを注文した。
来週初めには、手元に届くはず。
ダイエットは、これから届くチーズとサラミを食べてからにしよう・・・
このつぶやきを、太陽の家のグループホーム職員の一人に贈ります!
今日からタイトルを変えよう・・・・『つぶやき』どうだ~っ!!
さて、さて、今日は久しぶりにBSで「ふれあい街歩き」を観たよ。
今回の旅はアメリカ、西海岸のサンフランシスコのダウンタウンだった。
この番組は、8年前に大病を患って入院してた頃
入院前に、この番組のDVDを多量に持ち込み
病室に持ち込んだパソコンで再生して所在なさを紛らわせていた番組なんだ。
8年以上の長きにわたり続いている番組って
結構、沢山の人がフォローしているんだね。
サンフランシスコは、僕が青春時代を過ごした街 。
夜も昼も関係なく、ダウンタウンの街で徘徊していた。
番組でカメラが歩く通りの全てが懐かしかった。
アングルの片隅に映るコイットタワーやベイブリッジが
特にサンフランシスコへの郷愁をさそったね。
通りは昔のままだけど、そこに居る人々は
あの当時とはずいぶんと違って見えた。
その理由に当時のファッションと、車の形やデザインが違う。
1970年代のサンフランシスコの街並みはそのままに
人々の出で立ちが変わり、それだけで随分と雰囲気が変化してしまう。
バック トゥ ザ フューチャーの映画のワンシーンのように
タイムスリップしたような気分だった。
トニーベネットと言う歌手が「思いでのサンフランシスコ」を歌い
僕も自分の心をサンフランシスコに残してきた。
いつか帰ってくるまで・・・と願いながらも
第二の故郷、サンフランシスコ。
国際路線でサンフランシスコ空港に近くなると
俄然、飛行機は高度を下げて海沿いの街や道路を走る車まで
識別できる低さまで降下して飛行する。
この頃になると、飛行機の窓に顔を押し当て
眼下に広がるベイエリアに、興奮はピークに達する。
胸がドキドキして、心が逸る。
皆、それぞれに20代の頃の思い出に胸焦がすこともあろうかと思う。
あれから40数年がたっていても
今でもハッキリと、サンフランシスコの街を覚えている。
第一号保険者となっても、認知症となっても
おそらく、僕の中では、あの頃の自分を心の中で蘇らせて
先のブログで書いたように、僕の人生、精神論が大きなウエイトを占めている。
今の時代にはそぐわない。昔風の考え方と言われるやもしれない。
時代によって物事の考え方は変化する。
しかし、まずは健康であることが大事なのは
今も、昔も変わらない。
人間、50年、60年も生きていれば
何処かしこに故障が出始める。
僕も50代半ばで病を経験した。
それまでの暴飲暴食、不規則な生活が因果となって
自分の意識とは別に体が悲鳴を上げ始めたのだ。
そんな経験から、いつまでも体は若くない。
どこかで無理をしている結果として歪みが出てくる。
その予兆を早く見つけて処理しよう!
何事も早期発見、早期治療の方が楽に事が進む。
健康でいるためには、常に冷静な視点で自分の健康を見つめ続ける事。
健康でいることで、仕事ができる。
面倒だし、重篤な診断を恐れて検診を避けるべきではない。
僕が学んだ教訓が、定期的なチェック。
二年毎の車の車検と同じ。
自分の体をしっかりと医師に診てもらおう!!
正月から毎日、更新を続けている。
最近、富みに呟き口調となってきたようだ・・・
自分一人で呟いている。
何の反響も、何の効果もない。
独り言のような呟き。
昔、日記を書いていた。
真っ新なノートに、最初の一言を書くのに
長い時間をかけて、字も特に慎重に一筆づつ大事に、大事に
書いたことを思い出す。
日記を継続して書き続けるには、
毎日、必ず書く習慣と言うより
どの様な状況となっても、途中で穴が開いても
飛び飛びでもいいから書き続ける事が大切だ。
毎日、必ず日記帳に向かって筆を持つことのできないときもある。
今はパソコンを起動させ、書き込みをするだけだが、
お付き合いで飲み会に出席し、酔っぱらって帰宅でも
しようものなら、それこそ文章を考える気力さえ失せ
日記を継続させることも難しくなる。
何でも同じで、継続させるのは
山あり谷ありの状況の中でも
諦めずに続けようとする気持ちが
とても大切である。
時には、自暴自棄となり捨て台詞と共に
投げ出してしまう。
または、自分に都合よく言い訳、口実を作る。
しかし、そんな言い訳や口実なんて、
単に自分自身の甘えをごまかそうとしているだけのこと。
決して、自分のためにはならない。
何にしても途中で投げ出して、それをごまかすために
あの手この手の口実で覆い隠そうとしているだけ。
こうやって自分自身を追いこんでいくことが
物事を投げ出さず、前に進んでいける。
若い頃は、そのような反省も無く、自分をよく甘やかしていた。
僕は、人間、一生のうちで体験する苦労は、皆同じではないかと思う。
蟻とキリギリスの物語が、よく譬えとして言われるように
僕は若い頃に逃げ回っていたから、今、苦労しているのかもしれないと。
その反対に、若くして今、苦労している人は
その人が年老いてからは「楽」な人生が待っている。
山あり、谷ありだから、この谷はいつまでの永遠に続かない。
人は「思い」一つで大きく変わる。
私たちの先人たちが、残してくれた教訓を学び、考え、実践して
上手く人生を生きてもらいたいものだ・・・
小学校講師が児童に不適切発言 「病院に行った方がいい」
共同通信社
2019/02/25 10:47
北九州市立小の女性常勤講師が授業中、騒がしい児童を注意する中で
「病院に行った方がいい」などと発言をしていたことが25日、市教育委員会への取材で分かった。
学校側は保護者説明会を開いて「不適切な発言だった」と謝罪、講師を授業の担当から外した。
市教委によると、今月13日、保護者の一人から「教師の暴言があった」と
学校に連絡があった。学校が複数の児童に聞き取りしたところ、
4年生の英語の授業中、「言うことが聞けないなら病院に
行った方がいい」といった発言があり、講師も認めた。
「障害者か」と発言したとの訴えもあったが、講師は「言ってない」と否定している。
興、このネットニュースを読んで非常に腹立たしく思った。
日本の社会はいつの間に、こんなにも子供を甘やかし、他人に厳しい社会となったのか?
これで、子供はしっかりと勉強し、立派な大人に成長していけるのか?
学校の教育現場では、生徒の保護者の発する全てのクレームに
これほどまで低姿勢で臨まないといけないのか?
これは、教育現場だけの話ではなく
社会全体に自分の権利は追及するが、協調や融合ってのは
捨て置かれる社会に落ちぶれたのではないか・・・
地域密着や協働を言いながらも
この腐った社会は、すべてに於いて「My Family Fast!」なんだ。
Familyなら100歩譲って許せるとして、ひょっとすると全てにおいて
「Me Fast!」なのかもしれない。
今日は、どうしても植えたかったレモンを植えた。
津にレモンの木を植えて、それがネーミングとなったグループホーム、
そのグループホームの真似をしたつもりではない。
僕の場合は、イタリアのリモーナってイメージでレモンを
そして、その木から採れたレモンを使ってレモネードを作りたい!
作って飲みたい!!といった思いから、今日、レモンの苗木を買ってきた。
結構、今日はいろいろと農作業に明け暮れ
他にもジャスミンを植え、矢車草、マリーゴールド、かすみそうの3種の
種をまいた。まだ少し早いけど、もうすでに僕のデスクには
ハーブの種が眠っている。
桜の花が咲く頃には、それらのハーブの種まきをしたい。
次第に畑の中にいろいろなものが植えられ、
そこから沢山の芽が出てくれば、今度は除草に明け暮れる。
アッ!それから、写真からも畑の周りに『石』が沢山あつめて
結構目立っていると思うけど、
これらの石は、畑の土の中から出てきた石なんだ。
大きい石が埋まっていると、耕うん機が土を耕す時に
ローターが引っかかって、耕うん機自体が跳ねたり、
ローターが曲がったりと結構危ないんだな。
大きめの石こそ、掘り出したものの、まだまだたくさんの石が埋まっていて
畝を作る時、穴を掘る時などにでてくる。
それと、最初の造成の段階で、客土を予算の関係で
入れなかったことが、今になると悔やまれる!!(泣)