暑い!と、毎年、今頃のブログを読み返してみると、必ずこの言葉でスタートする書き込みが存在する。
玄関先の植え込みに水を撒きながら、アプローチにも十分な水を散水する。太陽の光で水が反射して、きらきらと輝いている。まるで、クリスマスツリーにまとわりつく小さな氷の粒のように輝いている。
オリーブの木にも花のつぼみが小さく開花準備をしている。毎年、この小さな花から、オリーブの実に成長していく。一度、塩漬けにしてはみたものの、食べれるようには加工できなかった。オリーブオイルを絞ろうにも、絞るだけの収穫がない。だから、いつもオリーブの実は、そのまま木につけたまま朽ちていくのを待つしかない。もったいないけど、ほかに調理の使用がない。
西の山から吹き降ろしてくる鈴鹿おろしの時期は、水が冷たくて洗車するにも苦痛が伴っていた。
しかし、この時期は子供でなくとも、水で遊んでみたくなる、そんな陽気についつい余分な水を庭にもまいてしまう。
僕は、このハーブを使った料理が好きだ。魚料料理にも肉料理にも添えたり、一緒にローストしたりして使っている。特に白身の川魚などにはお腹の部分に詰め込んで、オリーブオイルでソテーして食べたりしているが、このハーブの香りが魚などの臭みを消してくれて、とてもおいしく食することができる。じゃがいもをブロックに切って、このハーブとバター、オリーブオイルでソテーする。塩・コショウでいただくのだが、とてもおいしく肉料理の添えにうってつけである。
これから気温の上昇とともに、夏野菜がおいしい季節になる。夏野菜は特別にドレッシングなどをつけずに。単純に少し冷やした物を上質の岩塩で食するのがうまい。暑ければ暑いように、その季節を楽しむようにしたい。
御在所岳が呼んでいる。ここのところ日曜日ごとに雨の日が続いており、なかなか山登りに出かけることができない。ちょい昔なら、雨が降ろうと槍が降ろうとお構いなしに、御在所登山を行っていたが、この業界に籍を置くようになって、とんと山登りから遠ざかっていた。登山ブーツも使わなくなると、靴箱の中でも劣化していくのです。ゴムの部分が朽ちていき、とうとう一足は捨ててしまった。残る一足も、まだ確認はしていないものの、同じように朽ち果てているような気配。
御在所岳は、三重県と滋賀県の間にそびえる1000メートルを少し超える標高の山で、いろいろなパターンの登山道を有する面白い山である。僕の好きなコースは、中道と呼ばれる登山道で、初心者も少し注意を払えば登頂できるルートである。
山頂までの中間地点に、展望の開ける格好の場所があり、断崖絶壁だから少し恐ろしいのは恐ろしい場所ではあるが、それなりに天気さえよければ景色を堪能できる。
それと、今の時期はつつじが有名。どうだんつつじや皐月の木の間を縫って、登山すると、何処からともなく鶯の声が聞こえてくる。いろいろな鳥が飛び交い、その鳴き声が、息切れした登山者の清涼剤のように、疲れを一掃してくれる。
登山はシンドイ。途中で上ることを止めたくなる程疲れる。しかし、登山途中に中腹で食べるおにぎりの味と澄んだ空気が、気持ちを上へ上へと導いてくれるような気がする。天気の良い一日、汗びっしょりとかきながら、山頂を目指してすすむことは、とてもリフレッシュの意味でも良い機会である。
天候さえよくなれば、今一度、御在所をのぼってみるつもりだ。
やはり暑くなってきました。いよいよ日本の夏が近づいてきた様子。汗がジンワリと滲み始めます。汗かいて夏痩せするのなら、それはそれで大歓迎なのですが、僕は夏も秋も冬も、季節に関係なく痩せない人間なので大変です。汗臭くなるだけ・・・う~んン、痩せない!といつも体重計に乗るのが恐ろしくなってしまいます。
体重計に乗らないまでも、パンツを買いに行って試着すると太ったことが分かります。行きつけのブティックでは、僕の過去のデータ管理を必ず行っています。黙っていても僕のサイズとおぼしきものを選んで試着室まで持ってきてくれます。
試着してみるものの前のボタンがはまらない。ジッパーも上がらない。・・・もう最悪!でございます。
そう呟きながら、毎回、運動するぞ!と固く(?)決心するものの、始める前からギブアップ。
そのような暑い今日は、グループホームの婆さんを伴って、えんどう豆をとりに行った。なじみの畑にお邪魔して、グリーンピースをとらせてもらった。できるだけ太っちょのものをとってくださいね!とお願いする。最初は太っちょばかりを狙って、採取してくれるものの、次第に何でもかんでも、目につくものを全て採取してしまう。おまけに葉っぱも蔓も・・・
でも、皆さんとても満足げで、行って良かったって感じています。
最近、自分の書いたブログを読み直している。2009年から始まったブログ。ブログの更新回数も1000回に近くなってきた。遠い昔のような気がするけど、実際の年月の過ぎ去る速度は、本当に早いものである。最初の一ページから読み直してみると、微妙ながら年を経るごとに、文章が少しづつ変化してきている。
最近は、読み手を意識して書いていることが想像できるような点で、以前のような荒削りなイメージは薄らいできている。良いのか悪いのか?は、読み手の好みによるけど・・・しかし、相変わらず書き下ろしの文章には誤字や脱字、つながりの悪い文章は継承されている。
良いところが継承されるならまだしも、悪いところが改善されずに維持されるって、どうなの・・・?
それと、僕のブログを書く行為ってのは、これでいて結構自分のためにも役立っている面もある。つまり、公言してしまうことで達成しなければいけなくなる。(まあ、禁煙はそうはならなかったけどね・・・へへへ)目標設定というより、行動自体がブログに書き込むことにより、矯正されていくこともあるということ。認知症の人への理解に関しても、僕は呼んでくれる介護職員さんに話すように書いてはいるが、結構これでも自分自身の考え方の確認を行っているのです。
また、職員さんへの想いってのも、ここに冷静な気持ちで書き込みながら、スーパービジョンを実践していることもあるのです。
インターネットを使ったコミュニケーションってのは、単にメールだけではなく、このような公の場において意見を述べることにより達成される場合もあるのです。逆に、このような媒体を利用して、悪用することも簡単に可能としてしまう。そういったデメリットも存在はするのですが。
昔、日本福祉大学で学んでいる頃、学生の間でネットを使った交流サイトがあって、その交流サイトでいろいろな体験をしたわけです。時に、言葉は文字になると勝手に独り歩きし、誤解を招くことも多くあった。文字の使い方の難しさは、その時に学んだのだが、しかし、今でも文字の扱い、感情のコントロールでは、学び切れていない、そんな経験を今でもしている。
後悔先に立たずです。
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太陽の家では、今、介護職員さんを募集している。そして、それなりに結構、多くの方々に気にしていただいてるようで、ハローワークで求人を知ったとか、友達から聞いたから、と言いながら面接させてもらう事が多い。
そして、面接の方々に聞くと、皆さんがうちのホームページを閲覧して、イメージをつかんでもらっているようである。多くの方が、ホームページのスタッフ紹介のページや僕のブログを読んでもらって、それなりに働きやすい職場という印象を持ってもらえるようである。
そんな言葉を聞いたので、と言うわけではないが。これから介護の業務に就こうとしている人たちにアドバイスをさせてもらえば。
介護の仕事ってのは、誰でも資格なくスタートはできる。しかし、なぜ、資格を求めるか?と言えば、それだけ専門性が高い業務だからである。この業務はロボットではできないのです。心のこもった人間でないと出来ないから、だから仕事しながらでも、いろいろと専門性を学んでいく必要がある。
次に、臭い、キツイ、汚いってのは嘘!今どきの高齢者介護って、言うほど臭くない、汚くない、きつくない!それは、介護保険制度の始まる前の措置の時代の、日本の高齢者介護の暗黒時代のことである。まあ、確かに排せつのお世話などはしなければいけないが、それとて、毎日日課のようにウンチまみれの業務ではない。これこそ、排せつは人間の一番重要な機能であり、これさえも専門性が要求される。つまりは医学の片割れのような次元の話なんだ!
そして、給料の問題。確かに給料は製造業などに比べて少ないかもしれない。しかし、単に金額だけの比較で多い少ないと評価していいものだろうか???僕は、それはそれなりに、資格を取得し、それなりに経験を積んでいくことでベースアップは可能であると考えている。でも、お金が必要と考える人は介護の仕事は、確かに向いてないかもしれない。お給料と仕事(やりがい)をどのように捉えるかによって変わってくるよね。
さて、次に、このホームページを見てもらって「イージー」なイメージを抱く人へ! 太陽の家は、それ程簡単な職場ではないことは言っておきたい。甘くはない!とても厳しいよ! 先日も職員の一人を泣かせている。私たちは人の命を預かっている。その立場をと責任を忘れて、なんでも良い!と、見過ごすことはできない。認知症の人が幸せそうな顔を表現できるように、そこで必死に努めてもらえない職員さんにはカツを入れる。
間違いは指摘する。学んでいただく。改善していただく。そして、良い介護には褒めて、さらにステップアップできるように支援する。この職場は人生道場のようなものである。