認知症となると、記憶の障害、実行機能の障害、見当識の障害や感情コントロールの障害等がご本人を苦しめます。
私が知っているアルツハイマー型認知症の人で、非常に大らかな認知症の方がみえます。
ご自身でも「アルツハイマー」と公言できる高齢の女性です。
世の中には仙台の丹野智文さんと仰る若年性認知症と診断を受け
今なお、活発に講演活動をされている当事者の方もみえます。
私が知る高齢女性の場合は、認知症であることを受け入れています。
そして、それは、彼女にとって生きていく上で大きな悩みごとではないようです。
アルツハイマ―の診断を受けていても、「だから・・・??」とヒョウヒョウとしてみえます。
丹野さんも、最初に若年性認知症と診断を受けた当初は、その診断結果は重く心に圧し掛かった!と言われていますが
それからは、自分のできる事を一生懸命探し、色々なツールを使って(例えば携帯電話の位置情報やスケジュール機能)
ご自身でできる事を継続してみえます。
世の中に認知症の人が団塊世代の高年齢化に伴い増える今、
私たちは、どの様に認知症をとらえていけばいいのでしょう?
私自身も認知症となる年齢となってきました。
専門病院の医師に『認知症です」と言われるかもしれない時を想定して
自分なりに心の準備を・・・?又は、それよりも腕の良いケアマネを捕まえておくべきか・・・・?!
昨年の8月以降、認知症道中膝栗毛をお休みしておりました。
継続は力なり…….って言えた義理ではないのですが。年が明けて本日、改めて再開させていただきます。
さて、本日の話題は、認知症の人の特有の記憶障害について書いてみたいと思います。
認知症には、必ず記憶がままならない状況が全ての認知症の人に現れてきます。
これは、アルツハイマーだけでなくほぼすべての認知症の人に出現します。
私たち介護のスタッフは、資格取得に際し認知症を学ぶのですが
そのテキストでは、認知症の記憶障害と経年的着もの忘れは違うと言われています。
しかし、年齢を重ねるにつれ確かに物忘れは増え始めます。
現に私自身も色々な言葉を忘れています。
先日も、レスパイトの言葉が出てこない。
内野居宅のケアマネジャーに、介護にかかる負担軽減を目的とした言葉ってなんだ?と聞いたほどです。
流石に、若いケアマネジャーは、「レスパイトとちがう?」と即答できていました。
認知症の人のもの忘れはヒントを与えられても、思い出すことができない。
年齢による物忘れは、ヒントを与えられれば思い出すことができる。
と教えられます。
はたして、年齢を重ねることで発生する物忘れなのか?認知症の始まりなのか?
もうしばらく様子をみなければ分かりません。
そんなことを考える2024年元旦でした。
このブログの欄も、「認知症道中膝栗毛」が中心的な書き込みとなってきて
私の個人的なつぶやきってのが公開しにくくなりました。
毎日、色々な事を感じ、考えています。
そんなつぶやきを今回から表題のタイトルとして公開していきますね。
さて、今回は、皆さんのご自宅でパソコンのインターネットに接続できる環境があるなら
ぜひともお試しいただきたことがあります。
日本に居ながら、アメリかのサンフランシスコ界隈で放送されているFM ラジオ局を
パソコンで聞き流しできることを・・・・
ネットの検索窓口で【 FM Radio SAN FRANCISCO 】で検索してみてください。
現在放送されている放送局のリストが出てきます。
その中から好きなジャンルを選んで、Listen Live を選択すると
DJも英語、コマーシャルも英語(コマーシャルは非常に少ない)で色々なジャンルの音楽が聴けます。
曲を聴きながら、少ないけど曲紹介のDJを聞いていると、気分はSANFRANCISCO!(笑)
http://kcsm.org/jazz91/blog/
KCSMと言う名前のFM局のURLを入れておきます。ジャンルはアダルト コンテンポラリーとJAZZです。
認知症の人は別の世界に住む人・・・て言い切ってしまうと差別用語のように聞こえるが
なかなか認知症を患っていない自分たちからみると異質の人と思えることが多々ある。
認知症を学び、生業としてきた自分たちでも、時々、その行動に驚かされることがある。
例えば、ご自宅に迎えに伺ったら、素っ裸で高齢女性がベッドに横たわっていたとか・・・
朝ご飯を食べてダイニングで寝っ転がって、そのまま駄々をこねる…子供のように・・・とか。
こうやって書かれた文章を読めば笑える事も
ご家族やその場面に遭遇した人にとっては驚愕である。
しかし、それぞれに、それなりの個人的(その人なりの)『理由』が存在することを忘れてはいけない。
まず、素っ裸でいることには、気温やその時の感覚が素肌でいるK十の方が気持ち良かった!と言う理由。
朝ご飯を食べて、その場で床に寝っ転がり駄々をこねるには、それから以降に自分に起こるべく事態に対する
ささやかな抵抗かもしれない。
先程も言ったように、客観的に話を聞くだけなら笑い飛ばせる出来事である。
しかし、そこで家族さんからすると客観的に事態を見ることが出来ないから
イライラする。恥ずかしい・そして怒れてくる・・・
結論から言えば、認知症の人を見る場合は、少し距離を置いて客観的に看ることを心掛けて
そして、冷静に対応することが家族さんにも介護する側にも必要不可欠な要素である。
別世界の人。決して差別用語として捉えないで、その人を過去の思い出の中でとらえないで
今の姿をそのまま取り入れてあげてもらいたい。と、私は思うのですが・・・
認知症の人の奇行に対して、冷静に客観的に看て笑顔で受け入れる事!
共に、其のヘンな行動を笑いながら、手助けしてあげる。そんな余裕が欲しいところです。
認知症の人のお世話をする介護職員によくみられるのですが
認知症を「疾患」としてみてしまう失敗について膝栗毛でお話をしようと思います。
今日、うちの姉妹施設の虹の丘グループホームのカンファレンスを行いました。
毎回、カンファレンスには参加し、職員と意見交換を行っているのですが
どうしても認知症の人を「障害」を中心においた視点で介護が行われている点
なんとか医療と多職種の連携でもって、何とかしたい!と言う風に考えがちです。
医療と多職種連携は、とても良いことです。
認知症の人のお世話を自分たちだけでやり通すことは、逆に本人(当事者)の負担が大きく
決しておすすめ出来ない介護ではありますが、
例えば、レビー小体の疾患を抱える認知症当事者の方が最近では首の筋肉の拘縮が激しく
顔があがってしまい、その姿は起きたまま気道確保された状態の方について
介護スタッフはお手上げ状態で、なすすべもないという意見が出ました。
この顔があがった状態で飲み食いすれば、確実に気道に食物や飲料がはいります。
この状態を危惧した職員にとって、レビー小体の患者さんの筋拘縮には
なすすべもないのでしょうか?
ここで、この患者さんの寝姿について質問してみました。
すると、レンタルのソバ枕であおむけに寝ているとのこと。
私は、この寝姿こそ首周りの筋拘縮の最大の原因と思いました。
人は就寝時に、頭だけを乗せ小さなソバ枕を使うと、肩から首筋に非常に大きな緊張が起こります。
この首筋の筋緊張が、その周辺の筋肉を拘縮させているのではないかと考えたわけです。
早速、職員と話し合って、枕を変えることにしました。
羽毛までは不要ですが、少し大きめのビーズクッション等を使い、首だけでなく
肩から頭部全体を支えることが出来る枕に変更するわけです。
これにより、ある程度の筋拘縮は改善されるのではないかと考えています。
首周辺の筋拘縮、レビー小体も鑑み、全てを理学療法士のマッサージやリハビリに頼るだけでなく
生活全体を見つめなおし、その人の抱える問題点を洗い出す支援をしなければ
特に認知症の人は自ら進んで、自分の思いを表現できにくいのが特徴です。
私たちは代弁者であり、その為にも普段からの様子観察を通じて
その人のフレイル現象について考えなくてはならないと思います。
まずは、なぜ?違和感などについて考えることが大事です。