


このタイトルでブログを書くのは二回目かな・・・?
今日、虹の丘グループホームを覗いてみた。
太陽の家でもおなじだけど、入居者の声が聞こえてこない・・・
自立支援とは?重度化防止とは?
入居者が人生をストップモーションのような静止画像の中で暮らしている。
太陽の家は、入居者が重度化している現状では、なかなか活発な活動は難しい
でも、虹の丘の入居者はまだまだお元気さんが多い。
いつかは誰しもが動けなくなってしまう。
動けなくなるまでは、その活動を止めない!そんな支援が欲しい。
ただ、太陽の家と虹の丘が他の事業所より優れている点は
施錠していないい。全てに制限を加えていない。つまり拘束していない。
利用者の自由意思に任せている点は、僕は自慢できると思っている。
自由意思に任せると、活動は低下してしまう。
この点をどのように促していくのか?が問われているのだっと考えている。
僕の父は、母が亡くなってから急激に認知症がすすんでしまった。
認知症の進行と共に活動も減っていった。つまり日中の傾眠状態が増加した。
今や日中に目を開けている姿を見ることの方が少なくなってきている。
親父の息子として、こんな姿を見るのは忍びない。
転倒してもよいから、いつまでも「浩一!」と声をかけてくれる凛々しい姿でいてほしい。
そんなことを密かに思いながら父の疲れきった姿を眺めて寂しく思っている。
虹の丘のスタッフには、声を大にして言いたい。
断られても、断られても、何度でも散歩や活動を薦めてほしい!
死ぬまで歩き続けてもらえるよう、必死で説き伏せてほしい。
これが僕たちの専門職としての役割だと考えている。
こうやってブログを書いている時、僕は常にお気に入りの音楽を聴きながらキーボードを打っている。
僕の音楽のチョイスは、今までにもブログにユーチューブのアドレスを張り付けてきているので
大体、どの様なジャンルの音楽を好むかは想像してもらえると思っている。
ずいぶん以前にも書いたことがあるけど、
人はそれぞれ、自分の人生の場面場面に、思い出の曲や思い出の音楽をもっている。
それが歌謡曲であったり、民謡であったり、演歌であるのかは
その人の生きてきた世界の違いで、人によって千差万別の固有の世界観が存在する。
そんな一つの音楽を聴くとき、人はその時代の出来事やトピックを思い出す。
悲しみも、楽しみも、音楽に合わせて自分の過去がよみがえる。
僕は、認知症の人も、高齢者も同じだと考えている。
だから、僕はデイサービスやグループホームなどの施設行事の時に
童謡や小学校唱歌を中心に聞いてもらうことに非常に強い違和感を感じている。
認知症だから・・・年寄りだから・・・と言う理由で
全員が同じジャンルの曲を聴かされるって?
小学校唱歌を懐かしいと感じるから??
もちろん、小学校唱歌を聴いて自分の幼い頃を 思い出すってこと大事かもしれない。
でも、いつも小学生に戻って、その頃の記憶を楽しむ気分に皆さんは違和感はないのでしょうか?
青春時代や、猛烈社員だった働き盛りの時代は?
結婚して初めて子供ができた時代は・・・?
色々な音楽に 触れる機会があって、色々な時代を振り返る時も大切ではないのだろうか・・・
一度、お年寄りの方々に尋ねてみたい。
皆さんは、皆さんのお葬式でどんな音楽を流してほしいでしょうか?
自分が亡くなる時、そんな自分の最後のページを演出する音楽って、どんな音楽でしょうか??
最近、また、このブログを読んで頂く方が増えている。
決していい加減な内容で書いているつもりはないが
書いたブログを読み返して、いつも思うことは
誤字、脱字、変換ミスが多く、
僕の意図する内容には程遠い時があって
その都度、修正をくわえたり、書き直したりしている。
そんな僕の稚拙な書き連ねる文章を定期的に読んで頂けることには
本当にありがたいし、正直な気持ち、うれしい!
このブログを書いている中で一番気にしていることは
出来る限り本心でブログを書くと言う点。
その時の自分の素直な気持ちを文字で表現することにしている。
だから時としてセンチな文章であったり、逆に妙に強気で、強欲な部分がでたり
その方が人間的で良いと思いながら、あえて自分に嘘をつくことはしていない。
とても我儘で鼻持ちならない人間のように思われているかもしれないが
自分はとても繊細でロマンティストな男なんだと思っている(笑い)
それを証拠に、感動する事が多く、その度に涙することが多い。
(別の意味で言いかえれば、加齢による涙もろさ・・・?!)笑
まあ、とにかく、このブログ、かなり気まぐれだけど
これからも僕が健康でいる限り、このページの更新を続けていくつもり。
(もう一つ、このホームページを管理してくれているマイドソフトさんに
管理料を支払えなくならない限りは続けていくつもりです)笑
それでは、また、次のブログで・・・
数日前にネットニュースの「老害」に関するニュースを張り付けたのだが、
僕は、この老害って言葉が非常に気に入ってしまった。
認知症グループホームの三重県の協議会で副会長兼事務局を担当する者として
県内の事業所の提供サービスの向上を目指して、どんどん老害を及ぼして行こうと決意新たに突き進もう!
ひと頃、僕も好々爺を目指さないと、
至る所敵ばかりの環境に寂しさを感じ
損な役割にヘトヘト飽きが来ていた頃もあった。
特に二世経営者には嫌われ、反感を持つものも多い。
しかし、今、もう一度、介護保険サービスの事業の継続性を考えると
死にかけのオッサンが、口うるさく老害を拡散していかないと
この事業は社会から飽きられる。または、行政から潰れても良い業種として
介護保険給付額が減額され続け、先細りの経営に終始してしまうのが落ちだ。
お蔭様で9月1日より実働開始した虹の丘グループホームも
残り3部屋で満床となります。
今回の新しいグループホームを立ち上げて入居者募集に際し
今の介護サービスについて、非常に寂しい思いを感じました。
虹の丘グループホームは、まだまだ駆け出しのヒヨッコ施設です。
しかし、そんなグループホームを見学に来てもらって、皆さんが驚かれることとして
「建物を施錠していない」そんな言葉があります。
太陽の家でも、自動ドアのセンサーこそ少し高い地に取り付けてはいるものの
施錠は一切していません。
ましてやグループホームの居室に施錠もしません。
入居者や利用者は、全く自由に歩き回ることができます。
そして、次に驚いたこととして、利用者の行動心理症状の理由に納得したことです。
ドアを杖で殴る。壁を叩く。大声で叫ぶ。テレビを大音量で聴く。
なぜ、このような行動心理症状が起こったのか・・・?
最初に書いたとおり、僕が驚いたことが、それらの行動心理症状の理由だったのでしょう。
虹の丘では、そのような行動心理症状は一切見られません。
認知症は精神が壊れた人を意味しません。
繰り返しの言葉、不安症状の継続的な訴え、無秩序な欲求の繰り返しが
認知症の代名詞のように誤解され、厄介者扱いされる介護保険サービスに
介護給付されるのは公平ではないと思うのだけど・・・!