太陽の家

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ブログ-施設長の部屋

2010/12/16
総合病院での検診

今日は朝から内科検診を受けている。昨晩の9以降絶飲食ののち予約された時間から腹部エコーを施行してもらった。事前予約されていたので、それ程の待ち時間を経験することなく、比較的スムーズに終了。健診結果を提出して次の診察に・・・というところで、文頭に書いたように『内科検診を受けている』と言う表現方法を詳しく説明しなければならない。

 実を言うと、この後に予定されているCT検査には、予約の時間がとれずにエコー検査から次の検査までに4時間ほどの余白が出来てしまったのである。僕を見てくれている総合病院院長も、エコー検査が終了したら一旦帰ってもいいよ!と言ってくださったこともあって、今は事務所のパソコンからの入力を行う事が出来ている。それも、うちの事業所から総合病院までの距離も近く、行き帰りの時間的なロスも少ないと言う事も大きなメリットであるかもしれない。

 この後、昼食をとって再度病院に出かけて昼からの診察に臨むわけだが、初のCT検査。と言うより、この検診自体、初の総合病院受診。あまりに大きすぎてスタッフの数も多く、患者数も多い中で、よくも患者の取り違え(もちろんあってはならない問題だが)が起こらないものだ!と感心してしまう。それと、多くの患者さん達(検診組も含めて)が待合で待っているわけだが、いろいろな思いで待っている事を考えると、多少気分は重くなる。中には重大な疾患を抱えて前途暗く不安な気持ちの方も多いかもしれない。。と言う点である。

 兎に角、病院は介護の現場と違って、病を治療するための施設ですから、それ以外の余分な物は排除されがちですが、そこには少なからず、待つ側の気持ちを和らげるような工夫がされている。病院に集まるボランティアの方々による、病院の案内やスタッフによるきめ細かな説明など、多くの人がふじゅうを感じなくて済むような配慮が施されている。この細かな心配りが、大勢の疾患に苦しむ人を少なからず救っているような気がした。

2010/12/15
Vs認知症高齢者

認知症って世間では非常に恐ろしい病気と考えられているようであるが、実際に「認知症」という病気はない。認知症とは原因疾患が別にあって、その影響を受けて起こりうる状態の事を言う。例えば、アルツハイマー型認知症の場合は、脳細胞の委縮によって起こりうる様々な症状として記憶に障害を受けたり、人格の変化などがそれである。認知症症状の一番に前述の記憶障害があげられるが、その記憶障害に関して今日、うちの居宅介護支援事業所のケアマネが面白い事を話してくれた。

 彼女は利用者のお宅に出向いては色々と相談援助を行う訳だが、その訪問の際に、やはり認知症特有の記憶障害から彼女が担当ケアマネジャーである事を忘れてしまって、毎回、訪問するたびに「はじめまして!」という会話からスタートするそうである。毎回毎回、訪問してもゼロからのスタートで全てがリセットされる状態と言うのは、我々第三者には笑える事象かもしれないが、当の本人(ケアマネ)にしてみれば大変な苦労なのだろう・・・・記憶が障害を受けると言う事は、逆に言えば世の中の嫌な出来事や嫌な思いをイレースする意味において、とても合理的ではある。だって、思い出したくもない事柄を覚えている我々は、その事だけでも胃が痛くなるような思いの時もあります。そんな不快な思いをしなくても済む。若いころから、そんな苦労をいっぱいしてきて、ようやく人生最後になって記憶が飛んでしまうことは、本来は幸せなことかもしれないと考えるのです。

 しかし、喜んでばかりはいられないのが、その当事者を抱える家族でしょう。なんせ家族の一員が直近の出来事や約束事を記憶できない状態は、家族としては非常にやりずらい。回数を重ねての説明と報告の繰り返しは、それだけでも多大なる労力である。何度も繰り返し説明する労力に家族全体が疲弊するのも当然である。

 我々を生み、育ててくれた両親が年と共に老いてゆき、物忘れが激しくなる。本人にとっても表現はせずとも秘かに不安や焦りを心に抱きながらの毎日は辛かろう!そう考えると、認知症高齢者を抱える家族また本人ともに辛い毎日を送らねばならない。しかし、もう一度よく考えてみれば、認知症となり記憶に障害を受けていたとしても、その状況を受け入れ納得する事で、家族や本人の受ける負担感も減少するはずである。つまりは、歳をとれば身体機能は低下するもの!記憶も定かではなくなるもの!という理解。それが普通であると言う理解。そう考えてみれば特に問題は感じなくて済むのではないか?!実際に我が身に降りかからねば分からない辛さではあるが、自分自身も認知症症状を見せる父を抱えての対応は、兎に角肯定的な日々を目指している。全てに対して否定はしない。まずは相手の言い分を聞き、そのあとに自分の意見を話せば理解する。もちろん、繰り返しの説明をする事は必要ではあるが、その繰り返しさえ小さな努力で苦にはならなくなる。

 認知症介護の中で一番重要な介護は、相手を理解する事。そのまま受容すること。決して昔の元気なころと比較しないこと。今の姿が年老いた両親の姿である事。自分も年老いた時には同じようになる事を考える事です。

 

2010/12/14
プルーンの効果

以前、うちの太陽の家を利用してもらっているじいちゃん、ばあちゃんたちに便秘の解消法をお教えした。そのときにはバナナの効果を強調したのであるが、ここで新たにプルーンの効果も訴えたい。ドライプルーンって知っていると思うが、知らない人の為に少し紹介をしておこう。テレビでプルーンエキスのCMやら見たことあると思うが、僕の言っているプルーンは、そのエキスを採取する前のフルーツを乾燥させた物で、スーパーのお菓子売り場などで種ぬきドライプルーンとして袋入りで販売されているものである。

このブログを食事しながら読んでいる方には申し訳ないが、このドライプルーンをここ数日ためしに食べているが、毎朝かならず便通がある。それも二回。必ず。僕の起床時間は結構まばらで、早いときは5時ころ、遅くても6時半には起床する。その後に何をするか?起きてすぐにコップ一杯の冷たいお茶を飲む。テレビのニュースを見る。プルーンを夕食後に食べ始めて以降、ニュースを見始めて5分程度後にはトイレに行きたくなる。まず、一回目の快便。そして、朝食を食べてしばらくすると又トイレに行きたくなる。

其の要求のままトイレに直行。即効で二回目の排便。この二回の排便のお陰でここ数日、腹の張ったような違和感が出没しなくなった。本当に順調に大量の排便が促される。最近、バナナでは排便管理が困難なほど効きが悪くなっていた矢先で、自分としてはとても快調である。

最近、バナナを食べていても排便コントロールが静ライトおもう方には、夕食後、就寝少し前にドライプルーンを数個食べてみれば効果は見えるはず。便秘薬に頼らない自然排便の強い味方! プルーンをお試しあれ!!

2010/12/12
関西のおばちゃんに閉口!

先日、東京に行くこととなって西銀座のチャンスセンターで宝くじを買った。その長蛇の列の中で、僕の真後ろに陣取った関西弁の女性、大よそ40代ほどの女性が街列の中で、携帯電話の連続。待っている間中、携帯電話でなにやら世間話。それも大きな声で。僕は、一向に前に進まない列の中で静かに自分の番が回ってくるのを待っていたが、其のおばちゃんの大声の会話を聞いているうちに腹が立ってきた。とても耳障りである。声が耳に刺さる。聞きたくも無い会話を聞かされる回りの迷惑関係なく、話しっぱなし。こんな女性って、どんな顔をしてるのだ?!と思い後ろを振り返る。まあ、そこそこ見れる顔立ちの若い女性である。しかし、周りの迷惑に鈍感なだけかもしれないが、関西弁で公衆のルールを破られることに、同じ関西人として恥ずかしい。何とかならんのかい???と考えながら耐えていた。

 しかし、そんな忍耐のときもそこまで。長い電話が終了ししばしの静寂の後に、再度、電話をかけている様子。今度は知人の誰かに電話で話しをしている。今の現状について事細かに様子を話している。そこで、僕は切れた!後ろで得意げに話を進めている女性を睨み付けて言った!『もう少し、静かに話をしてくれ!』と・・・・言った後から自分のとった行動に恥ずかしさを感じた。そのまま見てみぬ振りをすべきだったと・・・・彼女の恥ずかしい行為は、周りの他人に充分認知されているにもかかわらず、僕が注意した行為は、そんな彼女と同様の行為なのかもしれない!と考えた。実際、最近の世の中、妙に正義感を大きく訴えることは逆作用の場合が多い。喧嘩の仲裁に入った者が殴られ、逆に袋叩きにあったり・・・(市川家の問題ではないが・・・)

 まあ、こんな後味の悪い中で購入した宝くじ、全部はずれだったらどうしよう・・・・・!と不安になったと言うお話し。

でもね、携帯電話って、良く考えてみると、随分とわずらわしい器具なんですね。とても便利なように見えて、その実、話している会話の内容には緊急性は少なく、今殊更話さなくてはならない内容ではないことも多いと思うのです。また、他の人と話をしている最中であったり、会議の席であったり、運転中であったり、兎に角、時と場所に関わらず勝手にブルブル、りんりんと音を立てるのですから、周りの者にはいい迷惑なときが多いのです。僕は、携帯電話を持つことでじぶんっ自身の行動が縛られ制限されるような気がしてならない。そして、知らず知らずの内に、先ほどの関西のおばちゃん同様、色々な人に迷惑をかけてるかもしれないのです。皆さんもご自身の携帯電話の取り扱いには充分な注意をお願いします。

2010/12/6
年寄りと物の関係

年寄り所帯に限って言うなれば、家の中に色々な不用品を溜め込む状況がある。今日も太陽の家の事務長の体験談で大笑いしていたのだが、先週末に実家の両親を訪ね家の中の大掃除をしたところ、例外なく物に溢れていて、またそれらの物を整理できないご両親と大バトルを繰り返したそうである。うちの両親も今では80歳を超え、そろそろ細かな記憶が乏しくなりつつある今、やはり世間一般の高齢者世帯と同じく不用品の山の中で暮らしている。我々から捨てるように促しても、その時はつくろった返事をしながら、結果的には物の移動だけで何も整理整頓できないで終了してしまう。

大半の家庭では、この時点で親子げんかに発展する。子供は貯めておいても使うことのない皿やトレー、スプーンなど。最悪の場合は空のペットボトルさえ数十本も溜め込んで、ただでさえ狭くなって居住スペースに障害物が溢れる現状にも関係なく、捨てることができずに貯めておく。皆さんのご家族は、このような事は見受けられませんか?

まあ、冷静に分析すれば、命短い年寄りにとって何でもかんでも自分の死ぬ時に備えているという名目で不用品を溜め込んでしまっている。大勢の人が集まるお葬式などは、昔からの慣わしとして大量のコップやお皿などの備品を必要としていた。その時に、残された若い家族が世間で恥ずかしい思いをしないで済むように、生前から備えていると言う理由のようである。それと、色々な物が自分の管理物品から家族管理に変更されていく中で、次第しだいと寂しさや役割の喪失を実感する事が増えてくる。その中で、唯一、色々な物を蓄えること=自分の役割と思いやりと思いこんでしまう。そのような錯覚が出てくるようです。

年寄りが身辺整理する事。これは辛いかもしれませんね。身辺整理は、そのまま何時あの世に旅立ってもOKよ!と自分で言ってるようなものですから・・・・年老いた家族を抱える若い世代の皆さん。年寄りが持ち込んでくる物品については、やたらと捨てることを強要するのではなく、出来る限り受け入れてあげて捨てる為の理由づけを説明してから整理するように促してください。年寄りは意外と寂しいものです。


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