そんなわけで、当初は津まで走ってヨットハーバーで休憩を!と優雅なシチュエーションを描いていたのですが、その希望もはかなく消えてしまい、磯山近辺であえなくリタイヤ。当初の予定の半分走り切らない段階でギブアップ。そのまま、Uターンして自宅まで戻る事としました。片道約5~6キロ。自転車にしては短い距離ですが、一応軽い運動をした感触は味わうことが出来ました。
しかし、日本の道って、自転車や歩行者には優しくない構造ですね! 歩道のつなぎ目の段差がキツイ! 自転車のサドルから受ける衝撃が、長時間の自転車走ではお尻に良くない!日本の道路が如何に車専用に整備されているか!よく理解出来ると思う点である。弱者を守る交通法規は整備されているけど、実際、道路を自転車で走ってみると、車道を走る車が、如何に自転車にスレスレの状態で走りぬけていくかが分かるはずです。接触するまで紙一重の距離をキープしながら、大半の車はスピードを減速もせずすりぬけていくのです。少しでも間違えば、接触事故が起きても不思議ではない状況が、到る場所に潜んでいるようで非常に恐ろしい状況が見え隠れします。そんな道路事情が日本の現状です。
僕の一番反省すべき点でしょうか?!ブログの更新に波がある。何度も言うように、ブログの様な、言ってみれば「独り言」みたいな文章って、思いっきりがなければ公開する事は出来ないのですよ。こんな僕のブログでさえ、色々な立場の人にも読んでいただいてるようで、非常に恥ずかしい思いで一杯になってしまうのです。恥ずかしいけど、今更と言う気もしないでもない。もう一年以上前から書き始めた、愚かなオッさんの独り言。今更、其れを恥ずかしいなんて言えないよねと自分勝手な口実をつくっては、ブログを何とか更新している時期もあるのです。実際、公開こそしてないものの、書いてはボツにして、書いてみて公開しながらも、公開直後に削除したりしてる文章も多いのですよ。
そのような状況の時ってのは、自分自身の気持ちの上で『弱気な時期』なのかもしれません。自分の気持ちが強いとき。そんな時に書くブログには勢いもあります。文章に力も感じることが出来ます。そして、その分、誤字脱字も多く、あとで読み直してみると逆に恥ずかしさを感じるべきときもあります。そんなこんなで、この広い社会に向かって、ブログを書くという行為は、かなり厚かましい行為なんであります。
まあ、そんな訳で、これからもドシドシとくだらない発想の小話やら気付きを書いて行きたいと思います。
今日、買い物に地元の大型ショッピングセンターまで出かけた。お盆過ぎて一段落したのか、昼間のセンター内にはお客さんの数もそれ程多くは無い。もちろん館内は節電モードでエアコンの設定温度は、かなり厳しく高い設定にされているようである。駐車場から館内に足を踏み入れても、涼しさは感じ取ることが出来ない。ただ、汗が止まる程度。乾燥はしているようである。
少し歩いて、目的のお店に入り、購入しなければいけない物の物色を開始。ある通路に来た時、僕の前に偶然、若い女性が先を進む事となった。左右の陳列棚の商品を見ながらだけど、その女性の体で前がみえない。彼女は明らかに僕の身長より高い。僕が170センチだとすれば、彼女は180センチはゆうに超えている。おまけに慎重に比例して横にも大きい。後ろを歩くぼくなんて、すっぽりと彼女の体に隠れてしまっているだろう・・・
以前、ある高速道路のサービスエリア内のレストランで、女子バレーボールの選手達と一緒になった事があるが、あの時も食券を購入しようと並んだ場所が、彼女たちの軍団の中に混じってしまった事がある。あれは、悲惨だった。大人の中に子供が入り混じったような状況である。今回のショッピングでも同じように、前を歩く女性の体で、前がみえない。そんな恐ろしい状況の中でお買い物をしていたと言う事でした。
最近、メダカをもらった。子供の頃の夏祭りの屋台で金魚すくいの景品として貰った金魚以来、初めての観賞魚(・・・・?)の飼育をする事となった。 ペットなんて言っても、うちにはミニチュアのダックスが居るだけ。当然、魚を飼育するだけの水槽も無い。魚を育てるためには、酸素やろ過機やら水草やら・・・兎に角、サイズはさておいても、そこに居住できる空間を造る事から、始めないといけないんでないの?・・・右も左もわからない、初めての魚。結局、大きめの金魚鉢で育てるkとに結論づけて、その金魚鉢なるものを探しにお店を回る。 昔懐かしい金魚蜂って、逆に今では古物扱い。なかなか市販で売っていない。
ようやく希望するサイズの金魚鉢を探し当て、早速購入。施設に持ち帰り、住める環境づくりに没頭する。まず水道水のカルキを抜く作業。バケツに水をためて、日光浴を半日程・・・(今の時期、直射日光の元に半日置いとけば、熱湯となるので気をつけなければ、それこそ新鮮メダカの釜ゆでになりそう・・・・)その間に、中に石を敷いたり、水草を浮かべたりするために、必要な物品の購入。
なんだかんだ言いながらも、何とか住める環境を整えることが出来て、メダカを放流。前の住まいから太陽に移って来るまでの間、2Lのペットボトルが住まいだったことから考えると、今の住居は水草あり、敷石あり、隠れ家になる岩の塊ありで、広さこそ少し狭い感はあるが、それでも一応の居住空間を確保できた! メダカ達も、とても元気に水中で飛び回って泳いでいます。
こんな小さな生き物ですが、ジッと見てると、いつまでも没頭して見ている事が出来る。飽きがこないのが不思議です。そして、結構、この小魚のお陰で自分自身も癒されているのです。
久しぶりのブログ更新だ。ここの所色々と忙しい毎日だった。僕の場合の忙しさとは、他の職員さんの様に実際のケアに係る自分の関わり度が増えた。訳ではなく、介護以外の雑用が多いのである。実際、忙しいと言う状況は、忙しい分だけ発生してくる売上額の増加を連想してしまいがちであるが、私の場合、大半がタダ働きであるケースが多い。
タダ働きである、イコール、無料奉仕ってこと?と問われれば、少し違う。僕は、色々な社会関係をもって生活を営んでいる。これは僕に限らず、社会人なら誰しも何らかの関係や役割をもって生活している。自治会活動や子供のPTAなどがそれに当たる。それらの活動から金銭的な収益は期待できないが、其処からはお金に変えられない人間関係や色々な学びやいい意味でのストレスを得て、自分自身の成長に大きく貢献していると考えられる。
金銭的な利潤ばかりではなく、人間として生きる上で、これらの社会との関わりは年齢が増して、要介護状態となっても必要不可欠なファクターであり、年寄りだから、車椅子の生活だから、記憶障害を抱えた認知症だから、そんな社会生活は不要と考える事は僕達には出来ない。面倒だけど逆に何かの役目をもってもらうことを勧め、役割作りを推進する。
そんな関わりを創りたい。