


最近の僕のブログは、非常に能天気な自転車紀行文ばかりで、社会福祉をやってる施設長のブログから、ずいぶんとかけ離れている。これは、一つに自分自身が今一番はまっている余暇について書きながら、人間生きるためには精神的な糧がないと心の余裕が生まれてこない。と言うことを分かってもらいたいという願いがあること。そして、もう一つは、昼も夜も、プライベートと仕事しているときの区別をつけなければ(夜も昼も仕事のことばかりではダメだってこと)いけないこと。この理由で、堅い話だけでなく、高齢者介護から離れた全く無関係な話から、撲自身を理解してもらいたいと、ある種の期待をもって書いている。
さて、人間が生きていくことの辛さについて今日は書いてみたい。
先日読んだ本に稲盛和夫氏の「生き方」と同じく稲盛氏と瀬戸内寂聴氏の対談集「利他」の二冊がある。著者の説明は別にして、お二人については、知らない人はいないくらい有名な方であり、いずれの本もとても興味深く読ませていただけたし、もしも良ければ、このブログを読まれる方々にお勧めしたい一冊である。
特に僕が大きく影響を受けたのは「生き方」の一説、「考え方のベクトルが、人生すべての方向を決める」である。それは、人の人生の方程式は、その人の持つ能力ではなく、その人のかける熱意と努力の積で決まるという説に納得するものがあった。つまり、いくら能力が高くても、その持てる能力に胡坐をかいて努力を怠れば、そこに生まれる成果は期待できない程度で終わるのである。
逆に持てる能力が人並であっても、そのことをシッカリと受け止め、その不足する分以上の努力を行うことで、生まれてくる成果は能力を持ちながら発揮しない者よりも大きな成果を得ることができるという理論である。
まさしく誰しもわかっている通りの理論であるが、これは「言うは難し」なのである。その理由は、熱意だけではなく、そこに「考え方」が必要だと説いているのです。
私たちの住む社会は複雑に入り組んでいる。情に掉させば流される!と言うように、人間関係に良かれと思った支援を行ったとすると、そこに軋轢が生じる。自分は良かれと思っても、そこにいろいろな考え方が絡んでくることから、ことが余計に複雑になってしまう。
この複雑さは、そのまま我々の受けることとなるストレスに変わり、自分自身も同じだけのストレスに置かされてしまうこととなる。時に過敏すぎることでストレスに負けてしまいパニックを起こしてしまう。また、時にストレスに対する鈍感さから、別のストレスを他者に負わせてしまう。
とにかく、人間ってのは厄介な生き物で、良かれと思って行っているにもかかわらず、それをそのように素直に理解してもらえないことが多い。当然、そこに生きることの辛さを感じ、それらの分厚い壁を越えなければ生きることを継続できなくなるわけで、今の社会から逃れようとする自殺者が増加している原因がここにあるような気がする。
そのような現状を考えると、我々が生き続ける意味は?これはある意味、永遠の課題なのかもしれないが、撲自身の人生には限りがある。それ程の悠長なことも言っていられない。だから、とても横着なやり方かもしれないが、自分なりの結論を見出さなければいけないと考えている。そして、その答えが、先にも書いた「人生の方程式」を如何に描き、それにしたがって自己実現を求めていくかであると考えている。
人生、死ぬ間際まで自己を求めて悪戦苦闘していくようだが、この僕も御多分にもれずに同じことで悩み続けている。いくら考えてもスッキリと納得できる方程式が見つからない。それは当然のことで、僕の頭脳は超一般的な頭脳の持ち主で、特に秀でているところは何も持ち合わせていない。只、単にブログを使って、自分自身の気持ちをや考え方を表すことができるだけである。
まだまだ発展途上。いつまでたっても(何歳になっても)成長途中ではあるが、何はともあれ前に向かっていく努力とそれに対する熱意と正しいと考えられる方向へ向かっている点が、この僕の一番の力ではないかと考えている。
今日はちょっと理屈っぽい話となってしまったが、僕は、今、自分自身を見失っている人たちに大きな声でお伝えしたい。みんなも同じように迷い、不安を抱きながら手探りで毎日を生きているんだよ!って伝えたい。
サンフランシスコのワーフの景観。漁船の形も違う、周りの景色も違う、もちろん渓流の仕方も違う。どちらがいい?とは言えないが、景観として観光客を呼べる状態は、日本のそれよりも随分と違うのは確かである。
これはイタリアの漁港の写真。ターゲットとする魚が近海もので小魚中心の漁だからか、大型の船の姿は見当たらない。食文化の違いが大きな要因だとは想像するが、この風景も日本のそれとは違って見えてしまう。
この写真はノルウエイの漁港風景である。かなり大きな重量級のクレーンを装備した船から底引き網のような感じも受ける。ノルウエイと言えばサーモン・・・イワシ漁が想像されるが、世界の漁港を見るだけでも、そこの文化の違いを感じることができる。ちなみに日本の漁港と中国、韓国の漁港は似通った風景を持っているのが面白い。
今、一番気持ち良い季節。自転車で風を切って走る爽快感は格別だ!
空は青く輝き、そよぐ風も心地よい。自転車をこいで汗した体に風があたると、若干の肌寒さも感じる。
台風20号が過ぎ去った土曜日、海が見たくなって四日市港を目指して進路を西に・・・我が家から西の方角は四日市向きではない。と知る人にはわかってしまうが、自転車を転がし始めた時点では、鈴鹿川のサイクリングロードを走るつもりで、平田方向へ走り始めた。鈴鹿のイオンタウンを通り越して鈴鹿川の河川敷に降りたものの、先の台風18号の豪雨のために、河川敷に泥や流木などが大量に残されて、自転車で走行できる状態ではなく、止む無く方向転換を決めた。その時点で、次の目標を四日市港にシフトし、ヨタヨタ、ヨロヨロと鈴鹿市内を縦断し箕田経由で伊勢湾の堤防にたどり着いた。
途中のコンビニでおにぎりを買って、磯津漁港で昼食をとり、堤防沿いに北進。今日の走行は100Kmに近い、今までにない最長距離を走破。流石にカラッと乾いた空気の中の走行は走りやすい。ただ、時折、方向によっては追い風となるところでは、スピードダウン。両足に負荷が増す。
楠に戻る大橋のてっぺんから、伊勢湾を見ると、これまた最高の景色。この高さなら津波も怖くない。そんな不謹慎なことを考えながら写真を一枚。自転車を転がしていると、見える景色が違う。今まで、何気なく通り過ぎていた場所からも絶景に巡り合える場所があることを知った。そして、こうやって自転車に乗っていると、同じように自転車でサイクリングを楽しむ人の多いことに気づく。ただ残念なことに、同じ趣味の者同士が、すれ違う時に何の挨拶もない。以前、オートバイでツーリングとやらに行ったことがあるが、オートバイ乗りは、一応、お互いが挨拶をする。自転車乗りになぜ、そのような習慣がないのかが不思議だ。
今日のEテレを観た。ワークライフバランスって、働き方について様々な企業で働く人たちの仕事とプライベートの時間の割合をもとに、労働上の無駄について話し合っていた。
「あなたの仕事とプライベートの時間比率はどうですか?」と聞かれて、絶対的に仕事に費やす時間の方が多い我々は、本当に自分自身の人生を楽しんでいるのか?と考えてしまう。デイサービスでは、サービス提供時間を7時間から9時間設定にたって高齢者介護を行なっている。家族からすれば、出来るだけ長く、デイサービス施設にいてもらいたいと願っている。それは、年寄が自宅に居ることが煩わしいという感情ではなく、自分たち家族も外で働く者として、年寄を一人で家に放置することが不安だからである。働く若夫婦の子供を保育園で面倒見てもらってる時の感情と似ている。
さて、そんな家族の思いを考えると、必然的に介護職ってのは自由出勤なんて夢のまた夢。どうしても家に帰る時間が遅くなってしまう。
では、どうすれば介護職員にもバランスのとれた生活ができるか?と言えば、今の日本の標準時間設定を二時間前倒しにする(要するにサマータイム・又はデイライトセイビング・タイム)システムの採用ではないかと思う。朝8時半から夕方の5時半まで働き、退勤時間の頃には陽の光も陰り始める時間。家路を急いで夕ご飯の準備を急がなければいけない。
しかし、二時間の前倒しにすれば、今までの5時半の退勤が、三時半の退勤となる。9月中旬の日没は、6時45分くらいであるから、二時間の前倒しによって、家に帰ってから日没まで3時間は存在することとなる。
この三時間、自分の時間として有意義に使うことができれば、僕は自転車に乗って50Kmは走れる。スイミングプールでみっちりと2~3Kmは泳げる。
統計によれば先進7か国の中で、このワークライフバランス比率でいうと7番目の国がわが日本であるそうだ。高度成長時代の猛烈社員の名残が根深く残る日本企業。働くばかりで金儲けしか頭になければ、文化は育たない。福祉意識も拡大しない。こりゃ、なんとかせにゃあかん!!
台風が直撃すると叫ばれる中、それも朝方、新幹線は東京までの一部区間の運転を見合わせていたにもかかわらず、運転再開の報道を見て出張に踏み切った。
結構頻繁に東京に行くことが多いが、今回の上京は協議会の関係の出張である。それも3連休の真ん中、おまけに台風のさなか。そして認知症フォーラムを1週間後に控えた今・・・?なんで・・・?と思うだろうが、それが結構重要な会議が本当にあった。
まあ、そんな会議の内容は兎も角、今回は東京のホテルの窓から見える変化していく都内の写真をお見せしたい。
この台風は京都や滋賀県に大きな被害をもたらしたことはニュースで知られている。しかし、新幹線を使う乗客もとても大きな不便を感じていた。15日(日曜日)は午前中に運行を中止、翌日の月曜日16日は昼過ぎの3時まで東海道新幹線は止まったまま。3時以降に運転は再開されたものの、富士川の規定水域を超えたことから、慎重にスピードを減速して、橋を同時に複数の列車が通行しないよう、交互にわたる。そのような対策をとっていた。3分に一本の新幹線が移動しまくっている東海道、この区間の渋滞が響き、普段の倍の時間をかけて東京から名古屋まで帰ってきた。そんな苦労もあるのです。
実際、品川駅でも、運休が続いたことから新幹線の切符販売窓口は長蛇の列ができてしまい、改札口にも列車の運行を待つ人々であふれかえっていた。地震、台風などの天災に弱いのが新幹線。無茶をしないという点で、安全を保障している日本のシステム。事故に巻き込まれる不安を考えると、神経質すぎて丁度いい!そんなことを考えながら、乗客のだれも文句ひとつ言わないで、ただ待っていた。
これが日本人の良いところでもあるし、逆に自分の感情を押し殺してしまう国民性として、日本人の考えていることが読めない外国人にとって不気味に感じる気質であろう。
まあ、東京に二日間。たっぷりと時間はあった。しかし、何をするでもなく、新幹線の再開に期待して、一日中、まったりとニュース番組に首ったけの時間を過ごしてしまった。