


昨日のブログで、最近雪が積もらないね!と言っていた矢先、
明日の三重県北部は雪だと。
特に三重県の内陸部では、積雪10~15センチ?!
明日、明後日と雪の予報ってことは、日曜の朝は路面凍結。
日曜日の朝から出勤の人には、車の運転、気を付けてもらわないと・・・
僕は会社員の頃、アメリカのネブラスカって州で働いていたことがあって
ネブラスカの冬は、非常に寒くって雪も多いけど、日中に溶けた雪が凍って
道路はすべてアイスバーン。そのアイスバーンの上にまた雪が積もって、溶けてを
繰り返しているような地域で。冬になると、車を運転するのも、皆がとても慎重で
ゆっくりと運転していた。アメリカの田舎の話だから、車の量も少ないし、国土は広く
道路幅も日本の三倍も四倍もある広い道を走ってるわけで
冬でもオールウエザーと言うか、ノーマルタイヤで走っているんです。
僕はその当時、白色のサンダーバードを運転してて
信号で止まる時には、ポンピングブレーキをかけながら、横滑りして
ようやく信号で止まり、青信号となっても直ぐに進めない。ぶるぶるお尻を振り振りしながら
前に進むって毎日を過ごしてたんですね。
それはそれで、とても楽しい冬の運転でした。
そんなわけで、明日の雪の予報、結構楽しみなところでもあるのです・・・
しかし、今日のニュースで山形県の介護施設の送迎車両が雪でスリップして
7メートルの高さの崖から落ちたそうで、残念なことにお一人の利用者が亡くなってる。
雪道のドライブを楽しむってのは、不謹慎なのかもしれないですね。
この地域は、冬ともなると「鈴鹿おろし」って呼ばれる冷たい西風があって
冬場には雪よりも、鈴鹿山脈の雪で冷やされた風が吹いてくるのです。
日本全国、太平洋側では、なんとかおろし って呼ばれる
山から吹き降ろす冷たい風が吹く地形が多いのですが、
そんな鈴鹿市でも、昔は、もっと沢山、雪が降り、積雪も多かったのですね。
私の家は、純和風の二階建ての家でした。
四はちと呼ばれる田舎の家の特徴のように、八畳の和室があって
その周囲を廊下が回っている家でした。
廊下と和室の間にもガラス戸があるので、昔の和風建築でも
冬場は炭火のこたつでも、それなりに温かいものでした。
夜に、冷たい鈴鹿おろしが吹きすさび、窓ガラスが音を立てはじめると
雪がふるぞ!と言われたものでした。
朝起きると、案の定、家の外は一面真っ白。
それも10や20センチくらいの厚みの雪が積もっていたものです。
私は、雪を茶碗にいれて、練乳をかけて食べるのが好きでした。
夏のかき氷のようなものですが、かき氷より柔らかく繊細な雪は
どちらかと言うとソフトクリームを舐めているような感触でした。
そして、雪の日は車も動かず(もとから車なんて、ほとんどの家庭にはなかった時代ですから)
町全体が死んだように静まり返っていました。
家の前の道を歩く人が雪を踏む音が聞こえてくるほどの静けさでした。
そんな時代から50数年。
この冬はまだ一度も積雪を経験していないのです。
年末に薄らと雪が乗った屋根を見た程度ですか・・・
雪が降ると交通事故は増えるし、結構煩わしいことも多いので
降らないにこしたことはないのですが
それでも、時々、子供の頃に体験した雪の日の我が家のぬくもりと
町全体が静まり返った白銀の世界を懐かしく思う時があります。
今週から来週にかけてインフルエンザのピークらしいのですが
空っ風ばかりで、空気が乾燥しているから余計に風邪が流行るのでしょうね。
皆さん、インフルエンザには注意しましょう。
手洗いとうがい。出来れば鼻うがいも徹底しましょう!
インフルエンザが強烈に拡散しているようです。
デイサービスの利用者の中にも、インフルエンザに襲われ利用をキャンセルする方がみえます。
なぜこれほどまでに毎年、インフルエンザの流行に世間が騒いでいるのか?!
医学が現代のように発達していない、僕の子供の頃は
インフルエンザと言う病名はあったけど、ここまで大騒ぎすることもなかった。
インフルエンザの検査方法が今のように簡単にできるキットもなかったからだと思うのですが
冬場の高熱や咳は、すべて『風邪』で処理されていた。
薬飲んで二・三日、ジッとしてれば治る。
いや・・・?あの当時は多少の熱があっても親に叱られて学校に行っていたくらい
世間は風邪症状に関しては寛容(?・・・笑)だった。
ずいぶん以前に総合病院の看護師長が、うちのスタッフが利用者の熱をはかり
少しの微熱で大騒ぎしているのを見て
「熱を測るから心配になるのでしょ!」と、半分、呆れたような言い方で
うちのスタッフをいなした。
確かに!と、その時、僕はそのように思った。
病は気から!という言葉もある。微妙なグレーゾーンに白黒を決定させる必要はないんだ!と。
僕らの時代以前の人間は、やたら精神論を唱える輩が多い。
僕もその一人かもしれない。
細かく、詳しく、物事が解明されるにつれ、その、さらに奥にもっと別の解決困難なものが出てくる。
テレビも4Kまたは8Kの時代と言われる。
画像がデジタルよりも、より鮮明にきれいに映し出される時代。
画像が鮮明になるにつれ、そこに映し出される被写体自体も粗隠しが難しくなる。
ニュースキャスターなどは肌のお手入れに今まで以上のケアが不可欠となる。
粗隠しに濃いメイキャップを必要とし、これでは昔のテレビ俳優の「どうらん」を塗って
出演することと同じではないか・・・・
人間って新しいものを追求するあまりに、結果的に古い古代のスタイルに戻っていくのでは
無いんだろか?そして、それが一番心が豊かになる方法ではないのだろうか?!
インフルエンザの話から、妙な方向へ話が飛びましたね!笑
パスタの話のついでに、うちの親父は僕の作るバジリコスパゲティが大好きだ。
お袋も同じように、バジリコを食べたい!といつも言っていたことを思い出した。
僕のバジリコは、麻布のイタリアンレストラン『キャンティ』のバジリコと似た味のバジリコだ。
大葉、パセリ、ニンニクとオリーブオイルそしてバターを使って作る。
ニンニクの香りのなかに、大葉の香りが混ざって、少しくせになる味だと思っている。
うちの両親は、このバジリコにたっぷりのパルミジャーノパウダーをかけ
そこにチョコットだけ醤油を垂らして食べるスタイルが好きだ。
パルミジャーノと醤油ってのが、よく合う。
今日のお昼ご飯はパスタだった。スパゲティ ミートソース。
昔からの日本の定番パスタメニューなんだけど
残す人が多かった。
認知症のあるなしに関係ないとは思うのだけど
認知症高齢者には、どうもスパゲティってのは好まれないようだ。
一つは食べにくいのもあるかもしれない。
パスタを箸で食べるのが難しいなら、フォークを渡してみたが
尚のことフォークを使って食べることもできない。
フォークをスプーンのように使って食べようとするけれど
スパゲティがフォークから逃げていく。
馴染みないものに関しては、やはり認知症の人はチャレンジしてくれない。
麺類がだめなのか?と言うと、そうでもない。
焼きそばやうどんは食べる。
じゃあ、なんでパスタは食べてくれないんだろう・・・?
スープと絡んでないからか?
次回のパスタは、名古屋風あんかけパスタにでもするか??!!と
厨房の調理師さんと話をした。
赤いウインナーや野菜を入れてあんかけをかけて食べるのならどうなるだろう・・・?
パスタが馴染みがないから食べてくれないと、今度からパスタメニューを削除することはしない。
その理由が、僕が大のパスタ好きだから・・・(これは冗談ですよ)
馴染みの物を中心に提供することに徹してしまうと、
サービス自体が偏ってしまう。
つまり、毎日の生活に変化や張りが出ない。
ただ単に生きるためだけに食べ、生きるためだけに寝て、生きるためだけに排泄することを
繰り返すような生活にしたくないからなんだ。
認知症であっても、そんなハイカラな食事したことないから・・・と
そこでストップさせてしまうことは絶対に避けたい。
何とかして、その人たちがビックリ、美味しい、もう一度食べたい!と思ってもらえる
そんな食事を作って提供したい!!と思いながら
今日の昼食の残飯の量を見て、今度は残飯をなくすぞ!!と思っていた。