


毎回、テレビ番組の書き込みが多くなってきた。
このブログを読まれる方には、どうも僕はテレビばかり観ているように捉えられているかもしれない。
言い訳ではないけれど、特にテレビばかり観ているわけではなく
たまたまテレビを観たときに包装されていた番組で
次も観てみたいと感じた番組を取り上げてみた。
共にNHKのBS放送だが、「地球TAXI」と「駅ピアノ・空港ピアノ」が良い。
地球TAXIは、カメラクルーが世界の街を走るタクシー運転手に密着して
その人の人生や町に対する思いを収録している番組。
駅ピアノ・空港ピアノは、空港や駅の片隅に置かれた、誰でも演奏できるピアノを
定点カメラで収録した単純な番組。
この二つとも、有名人がホストを務めるわけでもなく
主役はタクシー運転手であったり、誰に向けて演奏するでなく
自分自身の喜びのために一般の影木や空港利用者が思い付きでピアノ演奏をする。
違った人種や違った文化、社会を背景に、人としての生き様や人間模様を
この二つの番組は掘り起こしている点が、僕は興味を持ってみている。
人それぞれに、それぞれ違った思いや考え方があり、違った人生を歩んでいる姿が
番組をとおして伝わってくる。
ドラマや映画にはない、生身の人の姿が見え、自分に置き換えて人生を思い直すことができる
早い!もうすでに正月が過ぎ、1月も半分すぎて後半に入った。
年齢を重ねるにつれ、日々の生活が単調となり時間の経過が早いという。
若いころは、全てに対し初体験の事柄が多く、常に胸ときめかして過ごす。
胸ときめくことは、あこがれと不安感も合わさった気持ちであり
時間が経つのが遅いらしい・・・
年老いてくると、この胸をときめかすモノが減少する。
そう言えば近年の自分の中でも、胸ときめくことが少なくなってきた。
しんどいことばかりが記憶に残る。
この調子で、淡々と残された少ない貴重な時間を浪費していく姿は想像したくない。
今年は、飽きずに自転車に乗ろう!
今年は飽きずに本を読もう!
今年は飽きずに畑作業を続けよう!
・・・・でも、全部、シンドイ!
皆様、明けましておめでとうございます。
皆様にとっても今年一年、幸多い年でありますよう心よりお祈り申し上げております。
さて、1月4日(土曜日)、今日から太陽の家デイサービスセンターの事業開始となりました。
もっともグループホームは年中無休で突っ走っておりますので
年末年始も関係なく、つつがなく毎日をおくっています。
いずれにしても、グループホーム利用者もデイサービス利用者にも
この正月を無事に乗り越えたようで安心しております。
それぞれが色々なお正月を迎え、初顔合わせの時には
新年のご挨拶をおこない、再会を喜んでいます。
2020年の正月はお天気にも恵まれ
あたたかな陽が続きました。これまた有難いことで
風邪もひかず元気な姿で新年のスタートをきれたことは
非常にありがたいことです。
合せて太陽の家の職員も元気に業務の再開することができて
これにも感謝しています。
スムーズな一年の滑り出しに、明るい2020年を期待し
職員一同、頑張って、気合入れて、健康で邁進できる喜びに燃えています。
「今年も頑張るぞ~!!」と
僕は、今もまだ巨額の借金を支払い続けている。
借金の支払い終りの年齢は75歳である。
残すところ9年。
つまり残す9年間は死ぬに死ねない。
辞めるに辞められない。
働き続けなくてはならない。
恐らく、あと9年で全ての借金を払い終える頃には
建物補修やら設備の買い替えで
また借金の上乗せが必要となるだろう・・・
つまり死ぬまで僕は借金の為に働き続けなければならないのだろう・・・
先日、デイサービスの忘年会に参加した。
デイの運転手さんたちは、僕よりは若干若いが
すでに企業を退職して年金暮らし。
年金プラスうちの薄給がお小遣いとして懐に転がり込む。
趣味のゴルフや飲み会や旅行に老後を謳歌しているようである。
そんな人生もある。
そして僕のような人生もある。
今、人一倍働いて、自分のプライベートな時間もなく、ただひたすら働く。
僕は、この自分の選んだ道が好きだ!
ゴルフもいい・・・旅行もいい・・・
でも、僕は、そのような人生にはすぐに飽きてしまうタイプの人間なようだ・・・
生涯現役と言えば格好いいが、僕の場合は生涯貧乏が性に合っているのかもしれない・・・
社会福祉を実践するうえで、行政に対して制約を交わすことの一つに
反社会的勢力の者ではない事を誓約させられる。
要するに反社会的勢力や暴力団は社会福祉を行なえない。と言うことである。
さて、突然、なぜこのような話題を前振りとしたのか・・・
今日の午後、警察がやってきた。
僕を逮捕しに・・・でなくて、捜査協力の依頼に訪れた。
訪れた刑事と話をしていて
うちの前の中央道路を毎晩、我が物顔で走り回る暴走族の話から
何とか止めさしてくれ!と頼んだところ
何処にも属さない暴走族は、何の遠慮もなく怖いものなしの存在と
手におえない内容の話を聞いた。
一般人はなにがしかの看板を背負いながら生きている。
暴力団も同じ、組の看板を背負っているだけでも
個人の勝手な行動は抑制されるが、族の連中は一匹オオカミ
失うものが無い分、怖いと言う。
それなら、今、警察が必死になって追いかけている暴力団って
社会にとっての必要悪なんじゃないのか??!!と思った。
任侠の世界とは縁遠いが
ハラスメントでギスギスした社会
昔気質のヤクザも、ある意味、それなりの存在理由があるのかもしれない・・・
そんなことを、刑事と話をしながら思っていた。