


11月になって、もうすぐ20日が過ぎようとしているこの頃、久しぶりのブログの更新です。・・・・・・いやァ・・・・別にブログに飽きてきた?訳ではないのです。ここ数週間は毎日の他事業所での実習体験中で身も心も精神も疲れ果てて・・・・・ってのはオーバーな表現ですが。
まァ、実習を終えて帰宅すると、まずしなければいけない事項として、実習日誌の記入と考察を書かねばなりません。実習レポートを毎日書いて翌朝にはお世話になっている施設の方に提出しなければなりません。これが結構、時間がかかります。この年にもなると、下手な文章も書くわけにはいかない。それなりに熟慮された文章でなければいけないと思うと、肩に力が入り、妙にぎこちなく、片っ苦しいだけの文章となってしまう。
まあ、そんな訳で、夜は夜で文章を書くことに集中して、書き終わると一日の疲れがどっと出てきてしまうのです。そういう理由ですが、ブログの更新が実施できにくい状況であったという言い訳だけでも書いとくか!
さて、さて、実習当初の実習先施設の利用者に関して言えば、実習生の私の言葉など、まったくの無視!だったのだが、ここにきて随分と様子が変わってきた。利用者の様子の微妙な変化を見極めることができるようになってきたこともあるが、私の問いかけに言葉少ないものの確実に答えてくれるのである。自閉症の男性、今までお話もしたことがない。ただ軽作業を行う場面には、ちょこちょこ声をかけれる距離にいた。そんな彼に、今日の作業終了後に部屋の掃除を行いながら、チリトリを持ってきて貰えるように頼んでみた。彼は、最初「チリトリ」の意味が理解できなかったのか、ひとりでうつむき加減のいつもの様子で考え込んでいた。仕方なく、彼を連れて掃除道具入れのロッカーまで行き、チリトリを取り出して、彼に手渡した。
黙って僕の差し出したチリトリを手にして、僕のあとに従いゴミの前に戻ると、そのちりとりを持ってしゃがんでくれた。ゴミを取ろうとする仕草なのだ。
とても感動した。僕は手にした箒で床のゴミを集め、彼の手元にあるチリトリに集めながら、彼の名前を呼び、感謝の気持ちを伝えた。彼に僕の感謝の気持ちは伝わったことと思う。
彼は、僕が差し出した手を、そうっと自分の手で触り、何かの感触を確認しているような仕種をした。彼の手は意外としっかりと大きく、手入れの行き届いてないゴツゴツした手ではあったが、僕と同じようにぬくもりがあった。暖かく、やさしい手だった。
今日でようやく実習10日目となる。週5日、朝8時30分より午後5時30分までみっちり9時間の拘束、8時間の労働。今まで、同じように高齢者福祉に従事してきたものの、この実習は辛い。まず第一に疲労の度合いが違う。自分の施設ではない場所での作業は、同じ8時間労働でも疲れ方が違うとは思うが、実際、自分としては、この実習先の利用者のパワーに負けているような気がする。
以前のブログでも書いたと思うが、とてもパワフルでエネルギッシュな方々を相手に悪戦苦闘の連続ですから、そりゃ疲れます。一日の実習が終わると、さすがにグッタリとします。精根尽きる感じとでもいいましょうか・・・もう少し年齢が若ければ彼らにも負けることはないのでしょうが、もう少しで還暦を迎えるという年齢に近くなると、このパワーには着いていけません。
第二に、彼らの声の大きさも疲れを増幅させる原因がありそうです。彼らには彼らなりに拘りを持っているようです。ひとつ何かのバランスが崩れると、途端に感情的になり叫びます。一人の叫び声に連動して、そこかしこで同じように感情の爆発が起こり始めます。とたんに近所一帯に聞こえるような怒涛の渦となって襲ってくるのです。認知症高齢者にも奇声や暴力的な言動の方もみえますが、声の大きさからして違います。
まあ、とにかく、今、実習期間の半分程が終了し、残すところ14日の実習です。新型インフルエンザも流行している中で、なんとか無事に実習を終了できるように体調管理だけは注意したいと考えております。
今日で実習も七日目。毎日、毎日、荒波の中で翻弄される難破船の如く、目の回る体験を重ねさせてもらっています。当初、実習をさせていただく前までは、はじめての我が施設以外の、それも未経験分野での相談援助実習い戸惑いもありましたが、ここにきて、ようやく周りが見えるようになってきました。
さて、今日は実習とはまったく無関係な事柄についてお話をしましょう。
実習もともかく、今月で普通自動車の運転免許証の有効期限が切れるというので、実習先に無理を言ってお昼休みに地元の警察に行ってきました。これでも私は優良運転手でして、受ける講習も最短の30分。おまけに講師の教官は、私たちは安全運転の模範者として評価してくれて、ちょこっとだけお尻がむず痒い感覚でした。かく言う私も、ずいぶん昔ではありますがスピード違反を犯し免許所の停止処分を受けたことがあります。車を運転できないことは、とても不便であり免停を回避すべく必要な講習を受講した経験があります。この時は教官に犯罪者扱いされ、非常に嘆かわしい気分になったものです。あの時以来、二度とこんな免許停止処分猶予するための講習に出なくて済むよう、交通違反は行わないと強く思ったものでした。そのお蔭で今日の優良運転手の更新講習だったのでした。
そして、警察から出て実習先へ向かう途中、この地域の某タクシー会社の車両が私の隣の右折レーンに入ってきました。黒のクラウンです。後部座席の窓に外からステッカーが貼ってありました。「禁煙車両」 そして、次に運転手が目に入りました。・・・・煙草をくわえながら窓を少しだけ開けてハンドルを握っています。「 ・・・・・・へ? 禁煙車両って・・・・・?」 お客さんが乗っていないからか?って考えながら横を見ていましたが、面白い図柄でした。
あれ~っ・・・・五日目が抜けているぞ・・・と言わないでください。五日目はしっかりと受講しましたが、ただ単にブログ化できなかっただけの話です。この実習は本当に肉体的にも精神的にも疲れています。毎日、実習の場で向き合う人々は、前にも書きましたように知的な障害を持つ人々です。言葉も、理性も、常識も何も習得できていません。でも自分自身の気持ちにはとても正直です。それは、ある意味、動物的かもしれませんが、非常にピュアーな存在です。そして、私たち職員に向かう姿勢は全力を出してぶつかってきます。
私たちの生活する世界では、自分自身を100%全力で出し切ろうとすると、夏目漱石じゃあないけど「情に棹差せば流され、智に働けば角が立つ!」と成りかねませんし、出る杭は打たれる式に打ちのめされることでしょう。そんな世界を巧みに泳ぎきるためには悪知恵も裏腹な言動も、必ずしも悪ではないという認識も必要不可欠な要素であるのです。そんな彼らのストレートな行動に伴って見守りをするには、こちらも全力疾走でぶち当たる必要があり、それが肉体的に疲れる原因となっています。
まァ、年齢も年齢ですから、体がついてこん!ってわけでしょう・・・はははは
今日も朝から実習の開始。目覚ましなくとも朝は時間通り起きられる今の年齢を嬉しくも、寂しくも感じる。若いころは目覚ましが3個では足らずに5個くらい使って、それも時間設定を五分くらいずらしながらの設定で起床していたものだ。
さて、そんな事はどうでもいい・・・。今日が4日目。実習も4日が過ぎてしまった。長いようで短い実習期間。毎日、施設の利用者には明日も来るのか?と聞かれる。その都度、明日も来るよ!と返答すると、必ず嬉しそうな顔を見せてくれる。おまけに指きりまでせがまれると、何だかこちらも嬉しい気分となる。
本当に、彼らは純真で、素晴らしい人間である。言葉は無い。理性も働かない。その代わり打算がない。超が着くほどピュアな人間なんである。僕達のように知性を(それ程、あるとは思えないが・・・)前面に社会生活を送っている者ほど、人間の汚い部分だけが残った「カス」のようにも感じてしまう。
彼らが、僕のくる日を期待してくれるから贔屓目に見てるわけではない。彼らと一緒に行動して一緒に飯を食えば理解できると思う。施設の方々が御話ししてくれた事で、胸に突き刺さった言葉がある。
「世間の人は、知的障害と聞くと引いてしまう。」という言葉でした。社会全体の中では知的障害を抱える人々の数は少数です。(知的障害者がマジョりティーであるとすれば、我々のような一般者が逆に施設に収容されている事になるわけですから・・・)子供のころから差別され、いじめられ、虐げられてきた障害者の気持ちを考えると、今、実習を受けさせて頂いている施設にお世話になる彼らの受ける誤解を少しでも晴らしてあげる事が私の役目と考えます。
それと、忘れてはいけない事に、私には太陽の家という高齢者施設とそこに生活する認知症利用者の方々の生活を守っていかなければいけない事です。
とても単純な思いで、この愚くし業界に参入しました。一番のきっかけに「介護保険制度」の施行があります。きっかけは兎も角、一度やり始めて、この腕に利用者の生活を抱えてしまうと、この人たちの一生を上手く締めくくるお手伝いをする義務があります。今回の実習で体験し、経験する事柄を今後の自分自身の仕事に活かせていければ良いかと思います。
明日で実習5日目。4週間のうちの1/4が過ぎようとしています。たった一か月。施設に住む彼らにとっては、通りすがりの人物と言うだけかもしれません。しかし、ただ単に自分に都合よく通りすがりだけの実習生に留まらないよう、何か恩返しを行いたい。と思って毎日を勉強させて頂いているのです。