今日も朝から実習の開始。目覚ましなくとも朝は時間通り起きられる今の年齢を嬉しくも、寂しくも感じる。若いころは目覚ましが3個では足らずに5個くらい使って、それも時間設定を五分くらいずらしながらの設定で起床していたものだ。
さて、そんな事はどうでもいい・・・。今日が4日目。実習も4日が過ぎてしまった。長いようで短い実習期間。毎日、施設の利用者には明日も来るのか?と聞かれる。その都度、明日も来るよ!と返答すると、必ず嬉しそうな顔を見せてくれる。おまけに指きりまでせがまれると、何だかこちらも嬉しい気分となる。
本当に、彼らは純真で、素晴らしい人間である。言葉は無い。理性も働かない。その代わり打算がない。超が着くほどピュアな人間なんである。僕達のように知性を(それ程、あるとは思えないが・・・)前面に社会生活を送っている者ほど、人間の汚い部分だけが残った「カス」のようにも感じてしまう。
彼らが、僕のくる日を期待してくれるから贔屓目に見てるわけではない。彼らと一緒に行動して一緒に飯を食えば理解できると思う。施設の方々が御話ししてくれた事で、胸に突き刺さった言葉がある。
「世間の人は、知的障害と聞くと引いてしまう。」という言葉でした。社会全体の中では知的障害を抱える人々の数は少数です。(知的障害者がマジョりティーであるとすれば、我々のような一般者が逆に施設に収容されている事になるわけですから・・・)子供のころから差別され、いじめられ、虐げられてきた障害者の気持ちを考えると、今、実習を受けさせて頂いている施設にお世話になる彼らの受ける誤解を少しでも晴らしてあげる事が私の役目と考えます。
それと、忘れてはいけない事に、私には太陽の家という高齢者施設とそこに生活する認知症利用者の方々の生活を守っていかなければいけない事です。
とても単純な思いで、この愚くし業界に参入しました。一番のきっかけに「介護保険制度」の施行があります。きっかけは兎も角、一度やり始めて、この腕に利用者の生活を抱えてしまうと、この人たちの一生を上手く締めくくるお手伝いをする義務があります。今回の実習で体験し、経験する事柄を今後の自分自身の仕事に活かせていければ良いかと思います。
明日で実習5日目。4週間のうちの1/4が過ぎようとしています。たった一か月。施設に住む彼らにとっては、通りすがりの人物と言うだけかもしれません。しかし、ただ単に自分に都合よく通りすがりだけの実習生に留まらないよう、何か恩返しを行いたい。と思って毎日を勉強させて頂いているのです。
今日の実習では、朝礼の時に昨日の利用者の興奮状態に関して話し合いが行われた。昨日のブログをお読みの方々には、その時の状況が理解いただけると思うが、状況は私の声掛けの仕方が悪かったという問題ではなそうである。つまり、このA氏が逆上する以前に、同じ施設利用者N氏がからんでいた。N氏はA氏同様、知的障害を抱えている方で、人をからかう事に喜びを感じる性格らしく、どちらかと言えば仕掛屋的な存在である。彼は、食堂で利用者が食事をとる段階から、少し離れたテーブルに座るA氏をからかっているようである。
そのことが、午前中の作業(彼らの仕事)のときにも助長され、次第しだいとA氏の感情は興奮の度合いを増していくのであった。
この点を考察し、今日はN氏の席を替えてみようと言う意見が出た。
昼食の時に、手洗いを行い、手指のアルコール消毒を終えた利用者は流れ込むように食堂へ入っていく。私も朝礼で話し合われたことなので注意深くN氏の行動を観察していたが、勝手に新しい席に就いてくれる。その後は何も問題を起こさず、A氏に関わることもなく食事を終え、勝手に自室に戻って行った。
僕が素晴らしいと感じた事は、職員さんの対応策が功を奏したことだけではなく、この席替えに関して指導員がN氏に事前に十分な説明を行っていたことである。パーソンセンタードケアと認知症介護の中ではよく言われる、その人を中心に置いた介護手法であり、人間としての尊厳と人権を守りながら支援を行っていく。まさしく、そのままの支援方法である。簡単に思われるかもしれないが、太陽の家でこのような目立たない地道な支援が行われているのか?と考えてしまった。 沢山の知的障害者を抱えて、一日中、何をしでかすか分からない利用者の対人援助に振り回されている職員さんが、どこの時点で、どのように話したかは分らないが、とても思いやりある気づきであると感嘆した。
毎日、不慣れな障害者施設での実習は、本当に疲れます。如何に普段から、真面目に仕事をしていなかったのかが良く分かると思いましたが、実習三日目ともなって、少しづつ利用者の方々が、明日も来るのか?と聞かれることに喜びを感じてしまうのである。彼ら(彼女も含め)は、本当に純真で真白な人たちです。その分、些細なことでも傷ついてしまう繊細な部分を持ち合わせています。自閉症の方は特にそうです。言葉を持たず、自分の小さな世界に潜んでいるように思えます。彼らは毎日を怯えて生活をしているようです。施設で暮らす以上、誰も危害を加えないのですが、それでも自分の世界にい閉じこもって、他者との交流もままなりません。そんな彼らを見ていると、何とかして守り続けてあげたいと考えるようになります。うちの丸子さん同様、彼らも一生懸命生きようとしています。知的障害者も認知症高齢者も自閉症児も、みんな私たちと同じ人間です。痛みも悲しみも楽しみも感じます。可愛い人たちです。
のべ180時間の実習の二日目。まだ16時間しか経過していない。しかし、沢山の生徒さんには馴染みをもって接していただいているが、今日はとても痛い経験をすることとなった。知的障害を舐めていたわけではないが、今日の実習では午後の部では部屋の中での活動が主体となった支援を行っていたが、利用者A氏は、僕の担当する居室の隣の生徒さんであった。午前中の軽作業のときに、私の作業を手伝ってくれる生徒さんが、別棟にいる彼と目が合って、お互いに作業しながらであるがアイコンタクトやアかんべーなどを行っていたようである。それが原因かどうかは分からないが、午後の部に入ろうかと言う時に、そんなA氏が自分の居室ドアを思いっきり叩いている場面に遭遇した。やさしい口調で接したつもりで、彼にドアをたたくと手が痛くなるよ!と諭したつもりが怒りの刃がこちらに向かってきた。両手をあげて攻撃態勢である。まぁ、この手の暴力なんて、うちの高齢者施設でも偶に経験するのでそれほど恐怖心はなかった。が、しかし、彼は違っていた。
思わず自分の顔面と頭を両手で覆ったほどである。右手をきつく殴られ、おまけに右の耳と頭部にパンチを食らった。非常に痛かった。でも、何も反撃することも考えずに身を引いたが、それでも執拗に追いかけてくる。挙句の果ては宿直室の窓ガラスを彼は素手で殴り始めた。ガラスが割れて怪我でもしたらどうしようと!いう恐怖心が、何とか彼の興奮を制止しようと声掛けをしたら、もう数回殴られた。あまりにも興奮が激しいのと音を聞きつけて指導員の先生が駆けつけてくれた。救われた気持ちが正直なところであった。
知的障害を抱える人々は、何かの微妙な違いでスイッチが入ることがあるらしい。彼は心臓病を抱えているので過度な興奮は避けなければいけないらしい。その言葉を聞いてから、僕は至極反省をした。知的障害者への対人援助なんて、十年は早いわ!と言う風に自分なりに猛烈に反省をしている。対人援助の難しさがここにあるようである。指導員の先生曰く、暴力行為に際しても普段からの信頼関係が大きな力を発揮するそうだ。知的障害があっても月日をかければお互いの新r内関係の構築につながり、それで相手の行動を抑制することができるそうだ。たかだか一か月の実習で、そこまでの力量をつけることはできなくとも、それなりの勉強はしたいと改めて感じた一日であった。
それにしても彼のパンチはきつかった。一日を終えて帰宅して腕の痛みに、シャツの袖をめくったら腫れていた。痛い教訓であった。(笑)
今日から一か月、太陽の家を離れて知的障害者更生施設にて実習をさせていただくこととなった。施設の皆様には園長先生をはじめ、食堂の給食担当の皆様にまでお世話をおかけする日々が続きます。本当に何も分からない新参者ですので、多大なるご迷惑をおかけすることとなります。
私の実習は今日の朝8時30分より開始。朝礼にて昨晩からの入居者の様子や注意事項などの申し渡しをお聞きする。次に、指導員の先生から施設内を見学させていただき一連の生活の流れをお伺いする。私も男性と女性、合わせて8名の入居者の方々を担当させていただくこととなり、入居者の居室を訪問、自己紹介をさせていただく。まぁ、ここまでは、いくらなんぼでも私にもできます!って余裕をもって実践することができたが、ここからが問題である。
なにせ初の知的障害者。認知症高齢者には慣れてはいるものの、やはり少し勝手が違う。・・・・・・・・大きな違いは利用者のスピードである。高齢者の場合は動作も会話も緩慢(表現が悪いなぁ~・・・・おっとりしてる!の方が良いかも)そのスピードに合わせて我々、介護職員も話し言葉はスピードを落としてハッキリとお話をさせていただく。しかし、知的障害者の社会も高齢化しつつあるとは言うものの、やはり若い分だけ話す言葉も早い、行動も早い。高齢者のスピードに慣れきっている私には、ついて行くのが儘ならない状況である。それと、彼ら(彼女も含む)は、同時に多重に話しかけてくる。どちらに応えようか迷っている間に、待ちきれない相手は矢継ぎ早に質問の嵐を浴びせてくる。本当に忙しい一日を過ごした感想が正直なところである。
今日は午前と午後の二回、軽作業を行った。本当に単純な軽作業である。プラスティック製品の再生のために不純物となるシールをはがす作業である。入所者の方々は、本当にまじめである。午前に2時間、午後に2時間。わき目も振らず仕事に没頭している。本当に集中して作業を行っている。我々のような、なまじ知恵の有る者は何とか楽をして作業をこなす事を考え、無駄話をしたり、ちょこっと手を抜いたりすることを考えるが、彼らは本当に虜のように作業を進める。もちろん、愚痴も言わない、文句も言わない、馬鹿らしい・・・と言って作業を途中で放り出さない。そんな彼らの姿に感動した!
うちの周りを毎夜、毎夜、騒音撒き散らして走り回る暴走族もどきがいるが、彼らがこんな作業を任せられた場合は、どんなふうに行うのかを考えていた。もちろん、与えられた作業は、其れなりにこなすだろうが、不平不満の連続で、それほど作業は捗らないのではないだろうか?仕事の内容はともかく、仕事をする姿勢が、一般人も見習わなければいけないと感じた。
若い分、昼食の量も多い。ご飯のおかわりが出る。高齢者は食が細いので、一食150g程度のご飯でも満腹感を感じている(中には、満腹中枢が壊れている方は別として)そんな高齢者からは考えられない。そして、これは高齢者も同じで食事することが楽しいようだ!おいしそうに食べる昼食を介助しながら、人間にとっての食の重要性を感じた。
午後の作業の後は入浴の介助。僕も高齢者の入浴の介助は行ったことがある。(最近では行わないが・・・)(実習先の副園長先生に入浴介助を普段から行っているのですか?と問われ、最近はやっておりません!と答えくらいである)が、ここでも高齢者との違いがはっきりと出現した。何せ、言うことを聞いてくれない。湯船につかる前に体を洗うつもりで誘導したつもりが、そのまま掛け湯もせずにどぶ~ん! 髭剃りのシェーバーを大事そうに抱える人や、シャンプーしてる最中に話をしないように促しても話に夢中であったり・・・・本当に戦場のような様相であった。でも、事故もなく介助を終えて脱衣所へ。そこでも、利用者の着替えに手こずっている職員さんの姿が。彼らは、本当に自由人です。青空に浮かぶ一片の雲のように、自由に気ままに自分の道を進んでいきます。
朝の申し渡しの時間に園長先生が私を職員さんに紹介しがてら、慣れると可愛いですよ!と言われた。たった一日だけしか体験してないが、知的障害者の人たちは、お風呂に入る姿や仕事をする姿勢を見てると、本当に愛らしく、かわいらしい存在であることが良く理解できた。明日は二日目。一応、明日の課題作成と今日のレポートも書き終えた。1か月は長いが、途中で投げ出さないよう、しっかりと勉強しながら見聞を広めたいと思っている。
今日のお天気は朝から曇り空。厚い雲が空全面を覆い隠し、日の光も見えないような暗い一日のスタートである。そろそろ外の気温も肌寒さを感じる程となってきました。お散歩も上着を着ないと寒すぎる季節になってきましたのでしょう。
雨が降り出す前にお散歩に出なきゃ!とばかりに、今日の丸子さん達は朝早くからお散歩支度。例のごとくパジャマの上に普段着を重ね着。本人もズボンの裾から見え隠れするパジャマが気になるようで、時々、ズボンの中に手を入れて、中にはくパジャマをたくし上げている。ご家族には申し訳ないが、僕は丸子さんの重ね着に対して改善する必要性を重要視していない。その理由に彼女なりにパジャマがパンツの裾から見え隠れする事に一種の恥ずかしさを持っているからである。パジャマがみえようが見えよまいが関係無くなった時には、それなりの世話を焼こうかと考えている。それでは遅すぎるのでは?という考え方の方も多いとは思うが、僕は利用者の自立した意思を尊重する方を選んだ。何かの原因が潜み、パジャマを重ね着することに何かの意味を持って行っているのではないかと思うからなんです。もちろん、機会があれば彼女にその理由を聞こうと思っている。寒いからという理由であればズボン下をはくとか・・・他の対処方法を考えてみたいとは思うが、それでも、彼女の気に入る方法で様子を見る事の方が重要な気がする。
さて、今日の丸子さんのパジャマの話よりも書きたい内容があったのだ!。それは、お散歩終わりにいつものようにデイルームでお昼までの時間を過ごされた。お友達の三子さんとも意気投合し、二人で席を同じくして何やら話をしている。
二人の様子を覗いに同席させてもらった。
その会話の内容はお二人のご主人の話である。お二人ともご主人を先に無くされている経験者で、境遇的にも良く似ているお二人の会話は、一生を振り返って自分の人生をお話しされるのだが、その話の中心には必ずご主人が絡んでくる。世間話をしているように聞こえるが、実は亡くなったご主人がどういう人であって、どのような人生を歩んできたのか・・・という事を話し合っている。夫婦とは他人同士が結婚という儀式を通り抜けてひとつ屋根の下で暮らし始める事から始まる。結婚の方法は皆それぞれ違ってお見合い結婚、恋愛結婚、強奪婚(そんなのがあるのか・・・?笑)等など。どのような切っ掛けで結婚したかの問題でなく、どのような人生を共に歩いたかが重要なようである。うちの丸子さんも三子さんも共に、もう一度、若いころのご主人に再会したら、もう一度結婚しますか?という私の問いかけに、二人して「うん!」とうなずいた。
そして、その後も二人して、繰り返し、繰り返し、同じ話を続けていました。