


今日、アメリカの友人からメールに添付されてきたCBSニュースの映像がある。局の専属のキャスターを務めていた女性が40歳代で記憶に障碍を抱えるようになり、55歳の今、認知症専門の施設に暮す姿をレポートしていた。興味ある方は下のアドレスにアクセスして、その画像を観てほしい。但し、日本語に吹き替えられていないので音声は全て英語である。
http://www.cbsnews.com/video/watch/?id=6601253n
映像の最初に現役時代の彼女の姿と当時に活躍状況が報告され、その後に施設に暮す彼女の姿が紹介されている。施設で生活している彼女の年齢は55歳。さすがに若く美しい、施設も日本の施設に比較してみても施設らしくない雰囲気である。もちろん、入所費用はアメリカの中でも高額な施設に相当するとは思う。私が1990年にアメリカの認知症ケア施設を数か所見学に行った時。訪問した施設は、アメリカで標準的な施設を中心に回った。その標準的な施設も、この映像で紹介されている施設に近いものであったことから、日本人の考える専門施設との大きな違いを感じてしまう。
この映像をみて施設の違いだけでなく、アルツハイマー病に対するアメリカ人の考え方の違いに注目している。実は、この映像は若年性アルツハイマーの恐ろしさと進行の速さだけをレポートしているわけではなく、アルツハイマーを患った妻をめぐる家庭環境の劇的な変化をレポートしている。現役時代に結婚してアメリカの大手テレビ局で働き、夫婦ともに東京、モスクワ局への赴任等を経験し、その後、妻のアルツハイマーの重度化に伴い施設入所。夫は妻の変化に涙しながら状況を話しているが、今では別の女性(夫と早くから死別)と生活を共にしている。この感覚も日本人と大きな違いがある。
そして、この映像を送ってきた私の友人も、メールにハート・ウォーミングな話だから見てくれ!と書いてきた。ハート・ウオーミングとは、直訳のとおり心温まる話であるが、私たち日本人の感覚からは認知症となった妻を施設に入所させて、自分は新たに別の女性と生活を共にする事は出来かねる。私達の感覚からは、オーストラリアの認知症患者であるクリスティーン・ボーデンさんの話は逆で、認知症と診断を受けてから愛する伴侶を見つけ結婚。夫の支援を受けながら世界各国で講演活動を行っていた。オーストラリアもアメリカも同じ言語を話す国ではあるが南半球にあるかその逆かと言う理由で、これほどまでに考え方が違うのか・・・と不思議には思える。
お知らせにも書いたように昨日は七夕さん。最近では七夕の日には「そうめん」を食べる風習があるそうですが、お陰で私んちは昨日の昼、夜、そして今日の朝の三回連続でそうめんを食べました。そうめんを食べて悪運が流れてくれればありがたい。
そんな話よりも、昨日の七夕祭りに催した職員による演劇について報告しましょう!昨日の演劇は、グループホーム管理者の上垣外君の書いたスクリプトをもとに、職員全員が小道具などの作成を行い、夕方の業務終了後に練習を積み重ねてきて、ようやく昨日の本番を迎えたのですが、流石に練習を重ねただけあってとても面白く、スムーズな演劇として仕上がっていました。利用者の方にも「前回より、ずっと良かった!」との評価をいただいて、職員も満足げであります。
さて、そのストーリーですが、これは、ハチャメチャ演劇で、遠山の金さんあり、太陽の家デイサービスセンターあり、クロネコヤマトの宅急便あり。年老いた父親(吉田、石河)をデイサービスに通わせたいが願いが叶わない貧しい家族に一人娘(上垣外)が親の為にわが身を投げ出して悪代官の元で働いてお金を得ようとするのですが、悪名高き代官(妻鹿)が娘を手籠めにしようと企むのでした。その情景を観るに見かねて登場するのが高貴な金さん(村上)、悪代官をやっつけ、美しい(?)豚・・・いや娘を助け出す。そうやって稼いだお金をもって家に帰った娘は、そのお金で体の不自由な父親をデイサービスに通わせることになりました。デイサービスに通うようになって、体の不自由な父親も元気を取り戻し、家に帰るのですが、またまたリハビリの甲斐もなく、転倒して怪我をするというストーリーでした。
演劇には、舞台衣装や背景、効果音等が必要です。それらの細々とした細工を手分けして作成し、当日も黒子(川合)、カンぺ担当(玉腰)、ナレーション(森)、音響(高木)、利用者フォローに(真弓、坂口)、記録(加藤)と全員が参加して、この劇を盛り上げてくれました。・・・・・えっ?・・・・私? 私の仕事は演劇評論家として、今回の演劇を評価する事が仕事です。(笑)
利用者の方々に笑って頂ける、また、真剣に見て頂くには、それなりの準備が必要であることを改めて強く感じました。この劇の為に、職員が費やした労力は、自分自身のプライベートな時間を使ってもらっています。自発的に練習に参加し、この劇を通して職員同士は一体感を感じることが出来たと思います。高齢者介護の現場は、食事、排泄、入浴だけの支援だけに留まらず、このような演劇を観て頂いて、普段の生活にわずかながらの刺激と変化を付けて頂くような支援も必要です。一日8時間、高齢者に接するだけの仕事とみてしまうと、人間味あふれた介護は出来そうにありません。ヒューマンサービスの在り方を考える時、現実の制約や職員同士の人間関係などが大きく左右する場面であると思います。介護の質の向上には、職員のスキルの格差よりも何よりも、職員の連携のとられかたと職員間の人間関係の改善が絶対条件であるように、私自身、今回の演劇を観て感じました。
このような演劇を職員に毎回強要するものではありません。また、そのための練習を、職員のプライベートな時間に強要する者でもありません。しかし、それ程の気持ちが職員全体に満ち溢れ、お互いが補いながら協力していく態勢づくりの重要性を改めて感じました。そのために必要な援助は行っていくつもりです。今回の職員のみんなの努力に感謝します。
自分のブログを日を改めて読み返す事の恥ずかしさは、かなりのものである。(痛みの度数と同様な表記を用いれば、三鼻毛どころかパンツ一丁で屋外をウロウロするほどの恥ずかしさがある)。何度も言うように、ブログを書く時の自分自身はと言えば、特に何という目的も無く、ただ単に頭に浮かんだ言葉を文字に置き換えていくだけであって、云わばその時の気分なのである。思いつきを文章に置き換えていく、つまり、ローマ字表記でキーボードを叩いていくことでブログが完成している。
思いつきだからブログが完成と言うより、思う事全てを吐き出してしまった!といった感慨の方が大きいと言った方が正しい。頭に浮かんだ想いをローマ字でうちこんでいくのだから、当然、誤字や脱字が多い。おまけに読み返しをしないまま公開してしまうので、文章が所々意味プーな個所もある。
そんな意味プーの文章が恥ずかしいのではなく、時としてセンチメンタルな気分で書き連ねたり、時としてとても理屈が多かったり、時としてとても腹立ち紛れありありの文章だったりと、その時の自分自身がみえてしまう事に恥ずかしさを覚えるのである。しかし、最近、このブログの訪問者が増加している。毎月のアクセス数が上昇していて、今月など7月初旬と言う割に、前月の月半ば頃と同数のアクセスが行われている。
これは非常に嬉しい事であるのだが、逆に自分の裸を見られているようで恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。でも、アクセスが多いと言う事実は、ブログを書いている者からすると、非常に嬉しいものである。読んで頂けると思えば、尚の事、毎日ブログの更新を行い、また同時に読みごたえのある文章を書かねば・・・とまたモチベーションも上がるのである。
そう言えば、話は変わるが、今日、七夕の日。いつの間にか七夕の日は「そうめん」を食べるのだとか・・・・お陰で今日の昼も夜も「そうめん」を食った。毎日高カロリー、高脂肪な食事ばかり食べている自分としては、これもまた良しと思える。
そうめんは麺が細く、それ程の大量に食べれるわけでもなく、それでいてしっかりと腹もちする食事である事が良く分かった。今日は今の時間でもお腹いっぱいで空腹感が無い。これは健康的な食べ物なのかもしれないと思った。
・・・・・・また、しょうも無い事をツラツラと書いてしまった。明日は、読み応え有る文章でブログを飾るぞ!と決意を新たに、早々とベッドにもぐりこむのでした!
昔の話をし始めると歳だなァ~と思われるので嫌なのですが・・・・(そう言いながら昔話を書くのですから、これってどうなのよ?はははは・・・) 僕は車の運転が大好きです。うちの職員さんの誰かが自己紹介コメントにも書いていましたが、僕も同じで車を運転しているとご機嫌でした。20代の頃は一人で東京まで車を走らせたりしていました。20代の頃ですから、それ程良い車ではありません。普通の乗用車・・・・(いやア・・・・少し改造してたかも・・・控えめなスポイラーも・・・・サスペンションも硬めに変えてたなア・・・・・車高も少し低かったかも・・・・・へへへへ)
まあ、とにかく、僕は夜の高速道路を走るのが好きす。ヘッドライトで照らし出された部分以外は漆黒の闇で、周りの風景は遠くに小さく家々の窓から漏れる明かりがみえるだけの世界。お気に入りの音楽を流しながらスムーズにクルーズする事が好きです。走行車線を優雅にマイペースで流れるように走るのです。
ちょうど、この頃に読んでいた大藪春彦のアクション小説の主人公の気分で夜の高速をひた走り、明け方には東名を抜けて首都高へ。車も少ない都心を走りお気に入りのカフェでコーヒーを飲んで少しだけ仮眠をとってまた帰る。そんな無意味なドライブをしていました。(もちろん、すぐに引き返すように家路に就くわけではなく、世田谷の友人を訪ね、数時間の再会を喜びながら岐路に就くのですが)
あの当時の自分には、このドライブは無意味どころか、とても充実した時間の一つでした。そして唯一、現実からの逃避でもありました。ひと時だけ自分自身だけで小説の主人公を演じ、その気分に浸りきっていました。今では、定時になると眠くなり、無理やりに起きていようにも自然と瞼が重くなる生活です。それでも車の運転は好きです。しかし、今では東京までノンストップなドライブは難しいと思います。数年前に神奈川まで車で出かける機会がありました。1週間の長期滞在でしたので車を使ったのですが、やはり道中のサービスエリアには、かなり頻繁に停まり、気分転換が必要となっていました。これも老いの一つです。寂しいですが現実です。 老いることを嘆いてばかりは更に寂しくなりますし、自分自身が卑屈になります。今年は、もう一度、東京まで車を飛ばして行ってみようかなア・・・・
イタリアンパスタ料理の中でも定番中の定番であるペペロンチーノを美味しく作る方法をお教えします。
(材料)
ニンニク・・・・・・・2から3片(僕は大きくサイコロ状に切ります)
鷹の爪・・・・・・・・2個、中の種をぬいて、細かく千切りのように切ります。決してみじん切りにはしません)
ブロード・・・・・・・フランス料理でいうフォンドボー(無ければ顆粒コンソメと水で代用)
オリーブオイル・・適量
無塩バター・・・・・20~30g
ホワイトペッパー・・・適量
① まず、フライパンにオリーブオイルを大さじ3杯程度いれます。切ったニンニク、鷹の爪を入れてゆっくりと火に掛けます。本当にじっくりと温めるように火を入れることが重要です。ここでニンニクと鷹の爪を焦がさないようにします。ニンニクと鷹の爪が焦げないようにかきまぜながら、ニンニクの香りがたってきたら冷たいブロードを注ぎ入れて、一旦フライパンの温度を下げるようにします。(温度を下げることでニンニクなどが焦げを止めます)そして、バターを入れて乳化させます。ブロードの無い場合は、この時点で水を100cc程度注ぎこみ、顆粒コンソメを同時に入れて素早くお箸か何かでかきまぜて再びフライパンに火を入れます。沸々と先ほどの入れたブロードが湧き立ち始めたら、バターを入れ乳化させます。乳化とはバターの脂肪分でとろみをつけることを言います)火を止めて静かに蓋をしてパスタが茹であがるまで置いておきます。
同時に適度な塩加減の湯に一人前100g~120gのパスタを入れてアルデンテに茹でます。パスタが茹であがれば、先ほどから準備していたフライパンのソースにからめて、最後にホワイトペッパーを入れて味を調えます。基本的な塩味はパスタ自体につけるので、ソースにはブロードのうまみを重視して塩は加減してください。
これが私流のペペロンチーノの作り方です。 このペペロンチーノのファンは多く、今でも玉ちゃんのペペロンチーノが食べたいと言ってくれる方が大勢みえます。簡単でシンプルなペペロンチーノは、最初から最後まで火加減が重要です。ソースを作っている数分間はコンロの前を離れない事。フライパンの中身から目をそらさない事。これが味の要です。それだけ守れば絶対に美味しいペペロンチーノを貴方自身でも作れます。但し、ニンニク臭があります。家族全員が一緒に食べないと苦情の原因となりますよ!!