


今日の夕方、デイサービス利用者が帰宅し、職員がデイルームの掃除に忙しい時間帯に地域に住む女性が太陽の家の玄関先に訪ねてみえた。最初、事務長が接客していたが何だか妙に騒々しいので覗いてみたら、僕の知っている地元の人である。話を聞いていくうちに、一人のおばあさんが、太陽の家の裏にある田んぼ道を一人で歩いている。言っている事が妙だし、人の言う事を理解しないようだ。また、側溝にはまってしまい泥だらけになっている。等と言う話であった。
僕は話を聞いて、認知症のばあさんが徘徊して行方不明になる危険性を感じて、すぐに外に出て自転車に飛び乗った。言われた場所に近づいたがそれらしいばあさんの姿は見えない。そこで農作業中の男性に訪ねると、歩いて行った方向までは分かったので、その方向に急いで自転車を走らせる。こう言う時の為に自転車を買ったのだが、非常に役に立ったと、この時に実感した。とにかく、言われた先に、その婆さんらしき人と会う事が出来た。ゆっくりと近づき、自己紹介をしながら、何処から来て、何処へ行こうとしているのかを訪ねたが、少し興奮気味で抵抗こそすれど、身元の分かるような話は引き出せない。交通事故や転倒が怖いので、一緒に歩いてもいいですか?と許しを請いながら、おばあさんには自転車のハンドル部分に手を添えてもらい、杖代わりに共に歩いてもらう。途中、色々と話しかけるがスキル不足のために(?)大した結果を得ることは出来ず、仕方なしに警察に電話。徘徊老人らしき人を保護して、今現在、一緒に歩いている旨伝え、警察の応援をお願いした。
婆さんは、所々で興奮を繰り返し、時々立ち止まり、行き先を探し求めているようやそぶり。認知症の高齢者の徘徊は、本当に行き先が定まらず、少しでも目を離すと車道の真ん中でも何の気なしに歩いてしまう危険性をもっていた。車の往来が激しい事は理会できていたが、それでも夕方のラッシュに近い中央道路を横切ろうとする。必死で危険だから一緒に歩こうよ!と止めるが、本人は放っておいて暮れの一点張り。そうこうしている間に、三人の警察官を乗せたパトカーが近づき、警察官にによる説得には素直に話をし始める婆さんに、俺って本当に信用ないんだ!?と自信喪失。
まあ、でも、無事、パトカーに乗せられ派出所へ向った婆さん。事故にも会わず、これはこれで良かったとおもえる出来事だった。
この中で、素晴らしいという事に地元の人の協力があったこと。普通ならちょっと頭のおかしな人が通りかかった程度にしか思ってもらえず見過ごされがちな婆さんの独り歩きを、一人の女性の機転で太陽の家に通報して頂いた事。
第二に、通報が早く、太陽の家の初期動作が速かった事で、その徘徊老人を見失わないうちに再発見できたこと。
第三に、婆さんの着衣に氏名らしき名前が記入されていたこと。
太陽の家では、いままで一度も行方不明事故は起こしていないが、もしもの事故が起きないとは限らない。そんな時に地域の人々の「気づき」または「もしや」を期待したい。地域住民の協力があれば、認知症高齢者の徘徊による事故は未然に防げる。我関せずではなく、皆が高齢者に対する温かな見守りの輪の構築に期待したい。今日の出来事は初の経験であるが、とても意味のある経験を体験できたと思っている。
お昼の食事を食べた後、一部の職員と休憩が一緒となる時間がある。その時に私のブログが話題あがり、先日、その職員の発した言葉をブログに公開した事に対して苦情らしき言葉があった。休憩時間の自由な時間に話すことをブログに書かないでくれという事らしい。しかし、ブログとは本来、私の感じた事、思った事を業務以外の事でも文章化して公開する事で、自分自身の想いを社会に理解して頂くためのツールと考えている。と同時に、太陽の家の職員がどのような人達で何を考えているかについても広く世間に知って頂く目的も持ち合わせている。だから、休憩時間であろうと無かろうと関係なく、僕は自分の感じた事や想いを素直に文章化する責任がある。と説明した。
同時に、このページにゲストライターとして、職員の想いを連ねた文章もブログとして公開したいとも伝えた。「私は文章力も無いし・・・とか、何を書いていいかわからん!」とか言いながら、自分の想いを押し殺すのでは勿体ないし、せっかくのチャンスを逃す事となる。別に作家になれと勧めているつもりはない、自分の書いた文章を不特定多数の人が読むかもしれない場面がめぐって来た時。これは絶対に大きなチャンスである。何でも良い。思いついた事を書き連ね、自分の発言に責任をもつ事を経験する事は良い事であると思う。そして、原稿に対して僕なりの解釈を添えて構成もしない、原文をそのまま公開する事に徹すれば、その分、読み手に感動を与えることが可能かと思うのである。
ぜひ、職員の皆さん、この機会にチャレンジしてみてください。待ってます。
またまた、太陽の家の職員に感謝!
この7月の七夕に上演する。と言うと大げさかもしれないが、それでもれっきとした職員による演劇のリハーサルを観て僕は非常に楽しく心強く感じていた。職員がスクリプトを書き、小道具を作り、振付を決め、効果音まで準備し、立ち位置まで検討しているリハーサルを観ていて、玄人はだしな気がして心強く感じた。また同時に職員の熱意に感謝もしている。
私は。この高齢者福祉の仕事以外に、同様のイベントをプロデュースする仕事も行っている。要するに色々な演出を専門に企画したり指導したりする仕事である。場面場面の設定を確認しながら、常に最善の姿に変えていく。そんな行いが今日の業務終了後にデイルームで行われていた。子供を保育園まで迎えに行かなければいけない母親達も混じって、時間が許す限り皆が協力して演劇の場面を確認して行く作業である。非常に根気のいる、また一番重要な部分を一生懸命行っている姿は、この演劇を観た時の利用者の顔を想像すると楽しくなってくるのである。
こうやって職員間の連携が生まれ、結束力をもってお互いの信頼関係が育まれるのだろうと思う。そして、職員全体が一つの同じ目的に向かって一所懸命向おうとする気持ちの高まりは素晴らしいと思うのである。これはお金では買えない団結力であり、情熱である。
リハーサルを観ながら「糞みそ」(失礼!)にけなしていた私ではあるが、内心はとてもうれしかった。みんなの気持ちを肌で感じることが出来、大満足の一日だった。
今日の昼間の鈴鹿市は雲もあったけど、太陽の日差しが結構強く降り注ぐよい天気となりました。色々な作業をしている中で、やはり汗を多量にかきます。最近少し体重を増量中のため汗も多く、今日の昼間だけで3回もTシャツを交換しました。その都度(と言うより、大量の洗濯物を三回に分けて洗濯する中に濡れたTシャツを脱いで放り込んだのですが)Tシャツを洗濯し、夕方にはカリッと乾燥して、とても良い香り!(僕は一般人よりも匂いに過敏で、汗のにおいに対し過敏に反応してしまいます。これも精神疾患の一つですかねエ・・・?)
昼間は、暑かったのですが風も強く、日差しの割には過ごしやすい天候であったように思います。また陽が暮れてからは湿度も少なく、そよ風を受けて涼しいくらいの天候です。こんな天候の毎日だと過ごしやすいのに・・・・と考えながら一人ベランダでタバコを吸っているのです。タバコをくゆらせながら、そよかな風を顔に受けの~んびりとした至福の時を楽しんでいたのですが、やはり夏です。組んでいる足に蚊が何匹も。至福の時がいっぺんに台無しになってしまいました。
屋外で風の流れを楽しんでいる場合ではなく、そそくさと室内に逃げ込んでかゆみどめ軟膏を探し求めて引き出しを開けては閉めて、あまりの痒みにイライラも高まり、だんだんと腹が立ってくる始末。日本の夏、風流な情緒を楽しむどころか、部屋の窓を閉め切って、何時のようにエアコンのお世話になってしまいました。
これっぽっちの蚊の群れに早々と降参してしまうなんて、現代人はあまりにも軟弱になりすぎではないのかしら?でも、本当に蚊に刺されると痒いし・・・・と嘆かわしい自分自身に笑えてくるのでした。
もう随分になるので、自分の中に7月4日の意味が薄らいできていました。何気なく暦を見ながら明日の日曜日は7月4日だと気付いた。僕の誕生日でもなく、太陽の家の設立記念日でもなく、あのアメリカ合衆国の独立記念日なのです。アメリカではクリスマスやサンクスギブンに次、大切な記念日です。トムクルーズが主演の映画にもありましたが、アメリカ各地でパレードや記念大会が行われるのです。そして、カリフォルニアでは、唯一この日だけ花火が許され、盛大な打ち上げ花火があげられます。(この情報はひょっとすると、すでに古いかもしれません。一度確認をしておきます)
さて、アメリカって国はメルティング・ポットの言われるほど多民族国家で、色々な人種がいます。みなアメリカ開拓時代に海を越えて、夢と大志を抱いて(一部の黒人は奴隷として強制的に)移住してきた人々の子孫なのです。そして、それぞれが自身の血筋を大切に考えています。移住してきた者だけに、アメリカ国民である誇りと同様、自分の元ととなる国家に対する尊敬の念も非常に強いものをもっています。私の知っている日系人は、日本には観光旅行程度しか行ったことも無く、日本語も理解できないにもかかわらず自分が日本人であることに誇りを持っています。 アメリカの学校を卒業し、企業に入り、白人社会の中で生活している彼の家では、食事も和食からは程遠く、完全な洋食中心の欧米文化の中で暮らしているにも拘らず、やはり彼の中には脈絡と日本人としての意識とプライドが流れています。
このように、日系人に限らず、韓国人も、中国人も、それぞれが世代を変えていく中で、次第に母国の文化が薄れていきながらも母国を誇りに思い、そのプライドを守って生きているのです。また、同時に、アメリカ合衆国のシチズンである事に誇りを持っているのも確かであり、私達、日本で暮らす日本人の意識に有る国家と言うよりも、更に強い国家に対する思い入れをもっているナショナリストでもある点に驚きを隠せません。
ナショナリストという響きはカタカナ表記にすれば違和感は希釈しますが、日本語で書くと「愛国者」となり、この言葉には右翼団体を想像させるイメージが伴います。でも、先ほどまで騒いでいたワールドカップサッカーでは、日本国民の大半が熱狂的な愛国心を前面にして日本チームを応援していたではありませんか!オリンピックにしてもそうです。普段、日本国なんて意識の隅にも無い人も、世界戦ともなると一気に相手国をののしり、自国民を応援するにわか仕込みの国粋主義者が社会に溢れてくるのです。証拠に、先日のワールドカップ日本が一次リーグ勝利した時に渋谷のスクランブル交差点で気勢を上げて騒いでいた若者の今を考えれば理解できるはずです。
そんな日本人の愛国心ではなく、アメリカ合衆国国民の愛国心は非常に強いものがある。多民族国家だからでしょうか?ベトナム、湾岸、イラク等の戦争を経験しているからでしょうか? スポーツ観戦をする時、スタジアムに集まる群衆の全てが合衆国国歌斉唱のときに右手を自分の胸に当て直立姿勢を保ちます。(別に、そのような真似をしなければいけないわけではない)。長い人種差別の苦い経験から公民権運動による自由と平等を得てきた過去があるからでしょうか?この国の住民の国を思う力は日本人の我々から見ると、すでに力負けしていると思えて仕方ない。