今年で三年目の美ら島沖縄センチュリーランに参加しました。
毎年恒例となったこのイベント参加ですが
大嵐の中の大会の昨年から打って変わって、途中で小雨はあったものの
全体的に好天に恵まれました。
恩納村をスタートし名護市、本部町、今帰仁村、古宇利島を巡る100キロコースを走り切りました。
年々、歳を感じてしまう結果に、我ながら愕然とするのですが
走った翌日から体中に筋肉痛を感じるのですから
まだまだいける・・・・??!!と、懲りない人間なんでしょうか。(笑)
沖縄の気候が温暖だからか、現地の人々特にこのイベントスタッフの皆さんの
温かいウエルカムの気持ちに包まれ、毎回とても楽しい思い出と共に走っています。
毎回一人参加で、誰も知り合いもいなくロンリーライダーではありますが
楽しい思い出でいっぱいになるのが、ここのイベントの良いところ。
また来年もぜひ参加したいイベントですね。
今回の沖縄訪問は、例年より一日長く滞在しました。
4泊5日の日程で、仕事を放りだして南国の放浪旅に没頭。
これほど長く仕事を放り出させてくれたのも、太陽の家のスタッフのおかげ!
とうとう正月休みも過ぎてしまい、しごとに復帰して2日目。
正月の三ヶ日は比較的暖かな日和であったが
この休み明けから、西風が強く、屋外では作業もできないくらい寒くなった。
そんな寒い正月明けの夜
早々と布団にくるまり、枕元のあかりも消した頃
自宅前の道路を爆音轟かせて走り回る族のにいちゃん。
この寒空にバイクで走り回って寒くないのか?と不思議に思った。
僕なんて、年末の御用納め間際に、自分が担当する老人宅をスーパーカブで訪ねた。
訪問した時間帯は、昼過ぎの太陽が光り輝いている頃の話。
バイクで走っても、それ程寒さは苦にならない程であったにもかかわらず
大晦日には微熱と鼻水に悩まされる状態となった。
そして正月は、案の定、気分すぐれず
二日間布団にくるまり、寝たっきり状態となった。
元旦から5日目となる今日も
まだ体調が戻らない。
痰が喉の奥、鼻の奥に絡んでしまい息苦しくって仕方がない。
今、この寒空で爆音振りまいてる連中は風邪ひかないのだろうか?
これも若さゆえなのか???
若さゆえだとすれば、羨ましい限りである。
風邪をひいてしまいました。 年末、特に忙しくて朝早くから送迎運転手をやってました。 暖房の利いた車両から、お迎えのために車を降りたり、乗ったり 社内の暖房も悪影響の一つと思うのですが 仕事納めまで、青色吐息で仕事を休まず続けたことで 正月そうそう寝込んでしまいました。 鼻水と頭痛に悩まされ、子供時代を除いて 久しぶりに鼻たれ爺に変化。 全くの寝正月となった深淵でした。
一年、過ぎ去るのは早いですね。
暑い!暑い!と夏の猛暑を恨めしく思っていた時もわすれ、
今では毎日、寒い!寒い!を呟き続け
年末の交通渋滞と慌ただしさに閉口し
それでも粛々と一日は過ぎていきます。
今年の年初めは、私の実母が他界し、実父の認知症状が悪化。
突然の母親の死は、それまでの生活リズムと環境が極端な変化を引き起こしました。
あれから一年が経過しようとしている今になって
ようやく新たな生活パターンに慣れようとしています。
しかし、父の認知症もあって、両親の関係する人間関係の整理と調整は
未だに完璧とは言えず、人ひとりの築き上げた「社会」の大きさに唖然としています。
私は自分自身のエンディングノートを作成しておりますが
本当にこのエンディングノートだけで、自分の社会を締めくくっていくことができるのでしょうか?
まだまだ、足りないことも多いのではないかと思いつつ、
その思いこそが『未練』なのかもしれないと苦笑い。
人生、上手に締めくくることの難しさをひしひしと感じている私でした!(笑)
10月は初旬から例によってF-1日本GPのお仕事で丸一週間、太陽の家を留守にしていました。
F-1のお仕事だけは、約25年近くにわたり続けてきたお仕事であり
私自身のライフワークのようなもの。誰が何と言おうと辞めれないのです!
しかし、年々と寄る年波には勝てない状況があり
今年はF-1業務終了と同時に風邪をひいてしまいました。
仕事こそ休みませんでしたが
流石にブログ更新にまで気持ちが動かず
とうとう10月完敗!
反省することしきりです。