


先月の14日、15日の両日の大雪に伴った地域社会の問題。
友人の家の屋根の雪が落ちた。
落ちた先にお隣の乗用車があった。
田舎でも、新興住宅地ってのは、個々の家が隣り合わせて建築されている。
屋根の雪が落ちたところがお隣の駐車スペースだった。
鈍い音とともに、そこに駐車されていた車の屋根が凹んだ。
お隣さんがクレームをつけてきた。
突然加害者となった友人は保険屋に相談した。
保険屋は、天災であること、お隣さんの方が友人宅よりも後で建築している事
どの理由からも損害を賠償する必要がないと言った。
しかし、そこに住み続ける以上、お隣さんとの関係は悪くはしたくない。
友人は止む無く賠償に応じた。
しかし、気分はしっくりこない。
普段のお付き合い方が悪いわけではない。
しかし、どちらにも非がない場合でも
ちょっとしたアクシデントで人は苦しむこととなる。
クレームをつけられた友人の気持ちも理解できるし、同情もできる。
逆に、これを逆の状況で自分に置き換えてみると
僕も同じ様に雪を落とした家の持ち主にクレームをつけているかもしれない。
今の日本社会が欧米化している中で
人のつながりが固体化している証拠ではないか。
認知症を地域で支える社会を訴えながらも
極限では自分を中心に生活を営んでいる。
ほんのちょっとした切っ掛けから、ロードバイクにハマった!
10キロも走れば息切れ、足が張ってた。
今、100キロは走り切れるようになった。
この歳でも筋肉が付いてくるのが実感できる。
そして、何より走り終わった後の心地良い疲れが
気持ち良い!
走っている時はただひたすら「無」になる。
風と路面から受けるショックを体全体で感じる。
近くを走る車の騒音や通り過ぎていく家々から漏れる生活の匂い
五感の全てが快い刺激を受け
周りの景色が走馬灯の様に静かに通り過ぎていく。
沖縄恩納村から58号線を走り、一番のポイントのエメラルド色した海を
渡って古宇利島へ。
毎年、ほぼ同じコースを走ってスタート地点に戻る。
今年で3年目、3回目の走行。
走り終え、鈴鹿に戻り、またいつもの毎日に
もうすでに心は来年の沖縄に飛んでいる。
一人で知らない土地を走ること。
多少の心細いところが、逆に新鮮な気がする。
年齢ともに多少のことでは驚かない、うろたえなくなってきたからか?!
大げさな表現かもしれないが
この全ての感覚が命を感じさせる。
年々、自分の身の回りの整理整頓ができなくなってきた。
自分のデスクも作業途中の書類と参考図書が山積み。
自宅のデスクもモノをかける状況ではないほどの物であふれ
書類に書き込みをするには、まず今ある書類を横に積んで場所を確保してからでないと
何も書き込みもできない状況である。
決して不潔な性格ではない。不潔と言うより、人並み外れて匂いには過敏で
身だしなみには気を遣う性質である。
見た目小奇麗でも、その実、怠け者?!
いやいや、これも認知症の始まりかもしれない。
記憶力の低下ではなく、実行機能障害が原因かもしれない。
暗に忙しいふりをしている訳ではないが
非常に片付けることが苦手な性格なようです。
今、取り掛かっている業務としては、来週の講演資料のまとめと予習、
その次の週に予定している地域密着型サービス事業管理者研修の資料作り、
認知症初期集中支援チームに関する資料の準備
それと社会福祉法人設立の申請書づくり。
これを2月内にやり遂げなければいけない資料作り。
自分が納得の上、着手した業務ゆえ逃げるわけにはいかない。
おまけに24日、25日の両日は認知症関連の会議に出席するために
仙台に行かなければならない。流石に仙台を日帰りは厳しいので
一泊して帰ることとなったが、今のところ制限時間に追われる自分にとって
この状況は厳しい。
人間生きているうちには、何かと重複するストレスに襲われるもの
適度なストレスは自分を高める!そんなことを言ってられない状況でもある。
まあ、先月中旬に沖縄に自転車旅行に4泊もしたツケが回ってきたと
考えれば、マア、なんとか耐え忍びやり遂げることもできるか・・・・(笑)
今月の14日(バレンタインデー)午後二時より鈴鹿市ふれあいセンターにて講演会を開催いたします。
鈴鹿市健康福祉部・鈴鹿市社会福祉協議会の共催イベントでお話をさせていただくこととなりました。
たっぷり二時間。ぜひお付き合いください。
2月3日現在で、参加申し込みは163名の方にお越しいただけるようです。
ボランティア活動について一言。
先日、ボランティア活動のオファーを電話で受けた時の事である。
歌を唄ってくれると仰る女性の方から一本の電話に対応した。
頭から上から目線の言葉に、少々憤りを感じていた自分だった。
如何にも唄いにいってあげる的な口調に反発してか
心ならずも先方の申し出をお断りした。
実は、鈴鹿市ではボランティア活動が制度化され、鈴鹿市社会福祉協議会を中心に
そこに登録した介護事業所を回れば点数化され、一年の活動に対しスズメの涙程度のお金が支払われるシステムがある。
このシステムの説明会も市役所で受け、吟味した結果、当事業所はボランティアの受け入れを申し込まなかった。
その理由に、敷地が狭く駐車場がすくないこと。
もっと大きな理由として、ボランティア活動の趣旨が日本人社会では少し本来の趣旨からずれが見受けられること。
そして、認知症の人たちの生活に、歌や演劇などを押し付ける形でイベントを開催することに対し
私は反対論者の立場であること。
認知症の人が生活する上で、歌や演劇を見せられることってどうなの???と常に思っている。
自分が好きな演劇や歌手を見に行くなら話は別と考えている。其の為には家族さんと協力して
コンサートに出掛けたり、演劇を見に行く。
趣味のご披露のために介護施設を活用する、一挙両得のような響きはあるが
それらの大半は押し付けに近いものが多い。
同様に、私は認知症グループホームにおけるレクリエーションの必要性を否定している。
レクリエーションの響きは良いが、それらのほとんどは職員の独りよがりが多すぎる。
自分が認知症となった時に レクリエーションを求めるのか?と聞かれれば
必ずしもNo!ではない。時として遊びたいし楽しみたい!一人にしないでほしい!と望むであろう。
しかし、それがレクリエーションではない。
レクリエーション、ボランティア、これらの発想の起点は職員の自己満足なのか?!
さて、皆さんはどのようにお考えか??