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ブログ-施設長の部屋

2017/7/15
さらに時代はさかのぼって….

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昨日は、20数年前のお話をしました。

今日は、その時代からさらに遡ること20年ほど前のお話。

上の写真は、その頃の自分が居た場所。

学生時代をカリフォルニアで過ごした僕は、学校に通いながら

花屋さんでアルバイトをしていた。そのバイト先の写真。

平日は学校、週末はバイトの生活は、若い自分が遊べる時間帯は

深夜にしかなかった。まあ、今思えば、夜中に遊んでないで

もっと勉強しておけばよかった!のですが………..(後の祭りですね!笑)

深夜に遊ぶ。アメリカって国は、遊ぶところが少ないのですね。

パチンコもなければ、酒は21歳を超えないと飲めない!

あの当時の僕が、一番リラックスして心休まる時ってのが

三枚目の写真。  そう!ゴールデンゲートブリッヂの夜景です。

この写真はプロの撮影したものをお借りしているのですが

ゴールデンゲートを渡り、シスコのダウンタウンの反対側の丘の上から見た景色です。

橋の向こうにサンフランシスコの街がみえます。

夜のサンフランシスコは、日本の大都市と同じ

24時間眠らない街です。お金には常に苦労していた学生時代ですが

安いコーヒーショップで何杯もコーヒーのお替りをして時間を潰していました。

アメリカのコーヒーショップは何杯でもお代わり自由です。

貧乏学生には最高です。

ダウンタウンのメインの通り沿いにある、カバのキャラクターのお店

「Hippo’s」ってのお店が行きつけの店でした。

あれから40年が過ぎているのに、この店の名前を憶えているのですね…….

認知症の人が過去の記憶が残る!ってことが理解できます!!

そして、少しお腹が空いてくると、次に行くのがチャイナタウンでラーメンです。

日本で言うラーメンとは少し違って、もう少し本場の麺に近いかもしれないのですが

これまた、安い店に行くものですから、それなりにけったいなモノが出てくる。

ある時、僕の注文したヌードル。麺を全部食べ終えて、スープを飲んでいると

どんぶりの底から見えてきたのがゴキブリ!

流石に気持ちいいものではなかったのですが

やはり若かったし、貧乏だった。

ゴキブリを箸で外に出して、残りのスープを飲んでしまったことも鮮明に覚えています。

20歳のころってのは、どんな些細なことでも楽しかった。

なんでも笑えるのです。極端な話、箸が落ちても笑えるのです。

そして、何も怖いものはなかった。

今、この歳でアメリカを旅行して、深夜のサンフランシスコの街を歩くなんて

絶対にできないですよね。その当時は、僕らみたいな貧乏人丸出しの人間は

逆に襲われなかった。言うなれば、その辺のチンピラと同じ部類なんですね、きっと!

日本の家が恋しくなっても、帰ることもできず、さて、どうする??となると

僕は必ず飛行場に行きました。サンフランシスコ空港の出発ロビーを徘徊するのです。

飛行機の離発着の案内や、ジェット機の音を聞きながら

色々な人の喜怒哀楽が交差する出発ロビーってのは

一瞬ですが、自分も今、帰国便の出発を待っているんだぞ!と言う気分に浸れるのです。

少し空しく聞こえるかもしれませんが、本来の僕は根暗人間なのかもしれません。

学生して、バイトして、深夜徘徊して、そんな青春って。意外と面白い人生です。

ただし、僕は犯罪にかかわることはなかった!

そんな勇気がないと言えば無いのですが、その時に有るものだけで十分に満足できていました

ボンビーな生活は、馴染んでしまえば、これほど気楽な生活はないのです。

しかし、そのビンボーな生活に浸り続ける気持ちもありませんでした。

だから、一応、学校には行きました。

特に自慢できるような勉強はしていませんから、その点では後悔はあります。

しかし、こんな時代を過ごせた。そんな環境に置いてくれた両親には感謝です。

そして、何よりも、こんな僕に若い時があったというのが今日のお話のポイントです。

これから先、僕が認知症となったときに、このブログをスタッフが読んでくれて

このボケ爺さんにも、素敵な若い時代があったんだ!と思ってもらうこと。

そんなことを呟きながら、今日のブログを閉じます。

2017/7/13
駆け出しの時代からベテランの時代まで

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今日は、今の介護の世界に飛び込むまでの時代、特に駆け出しの時代を書いてみよう。

僕が鈴鹿サーキットのF-1日本GPに関わるようになって

もう20年を超えて携わらせてもらっている。

今は、自分で言うのもおかしな話ではあるが

言ってみればベテランに属する外部助っ人と言っても過言ではないと思っている。

もうすでにF-1チームへのインフォメーションブックには

顔写真を入れてもらい、名前とポジションも紹介されている立場に置いていただいている。

しかし、ここに至るまでには、何年も表舞台には用無しの、「黒子の黒子」時代があった。

F-1専用の入場パスは、何度もブログで紹介してきたように

顔写真入りのデジタルカードが必須であり、そのカード無くしてパドックにも

ピットにも入場はできない。

その当時の僕の仕事は、F-1のスタート前に行われる音楽隊の生演奏による

ファンファーレのQ出しが、唯一、F-1レースに関わる仕事だった。

当時、航空自衛隊の音楽隊に演奏していただいていた頃で

自衛隊の音楽隊は編成を組んで、ピットレーン入口付近から

グランドスタンド前のメインストレートに入り

演奏しながらスタートラインまで行進するのです。

隊列を整えながら、スタートラインを先頭に止まり

ファンファーレの演奏スタートの合図を待つのです。

グランドスタンドに背を向けて、隊列の中央に位置する指揮官に

無線連絡でスタートの言葉を受けて、僕の振り下ろす腕をきっかけに

指揮官が隊員たちに演奏をつげる。と言った流れが

この仕事の一番の山場でありました。

この一瞬の仕事に際し、僕は自衛隊の来訪を受け入れし、

宿舎代わりに使わせていただく近隣地域の公民館へ案内し、

夕食、風呂などの案内と、夜間のおつまみをお届けし

翌朝(演奏当日)のお迎え、鈴鹿サーキットに用意した控室への案内

朝食弁当の配布、昼食の弁当の配布を行い、出番までの数時間の

お世話をさせていただくのが役割でした。

自衛隊の方々への行進の準備を促し、一緒に園内を徒歩で移動し

ピット裏で待機する。もちろん、僕のこんな短時間の業務のために

撲専用の入場許可証なんてありません。

この一瞬の作業の時だけ、人の許可証を借りてコースインしました。

この一瞬に要する時間。それは、入場~演奏~退場までの総数として20分程度。

前日の昼前に受け入れして、演奏終わりで自衛隊がお帰りになるまでの

30時間あまりは、とにかく自衛隊のお世話をするだけです。

弁当を運び、お茶を配り、慣れない鈴鹿サーキットの案内をする。

単純であり、結構、時間をもてあそぶ仕事が、この当時の僕に与えられた仕事でした。

華やかなF-1の世界の近くに居ながら、レーシングマシンの姿も見えない場所にいて

聞こえてくるのはエンジンノイズと、自衛隊の控室の隣にあるVIP専用ヘリコプターが

離発着するプロペラ音だけ。ちなみに僕の控室はありませんでした。自衛隊の食後の合間を

みつけては、自分の弁当を屋外の空いている場所で座り込んで食べる。

自衛隊の控室の隣がヘリポートですから、そこで弁当を食べると言っても

本当に騒々しいのです。ひっきりなしに離発着するヘリコプターの音と地響きは

気持ちもゆっくりとできません。(笑)

そんな仕事を二年か三年やって、次に頂戴した仕事が

パドッククラブの着ぐるみドライバーの仕事でした。

まあ、この仕事については、また別の機会にお話しするとして

何でも、そうですが、一足飛びにトップには登れないものです。

F-1専用のクレデンシャルパスを発給してもらい、

ある程度、自由に自分が思い描いた仕事をできるようになるまでには

やはり10年近くの年月が必要なようです。

この当時の僕は、今よりずいぶんと若かったし、それなりに体力もあった。

自分がまかされた以上、お預かりする自衛隊の皆さんには不自由を感じさせない

かゆいところに手が届くおもてなしを心がけて仕事をしていました。

今なら、そんな仕事は御免こうむる!と言ってしまいそうですが

あの当時は、とても緊張し、仕事の瞬間をイメージしながら、ミスの無いよう

トレーニングしていました。

こんな若い時が、この僕にもあったのです。

笑えます!

2017/7/12
あやしい雲です。

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今日、水曜日の午後3時半頃の写真です。

今にも大雨の雰囲気!

雷もなっています。

天気予報でも、今日の午後から局地的に大雨の予報でした。

西の空は厚い雲に覆われ、デイサービスの送迎時間の雲行が不安となります。

2017/7/12
おたっしゃ広場(小規模事業所 趣味の作品展)

すでに過去の話となってしまいましたが、鈴鹿ハンターさんの店内多目的広場をお借りして

小規模事業所を利用される方々の趣味の作品展を開催いたしました。

この事業は、100%鈴鹿ハンターさんのご協力で成り立っております。

毎年、この時期に開催させていただいているのですが

今年は15の事業所が参加しています。

自分たちの作った作品の展示を見ていただくために

利用者の方々と共に訪れた時のスナップ写真と共に

皆様にご報告します。

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2017/7/7
認知症サポーター養成講座 ダブルヘッダーの巻

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今日は、一昨日引き続きアクトス鈴鹿さんのご協力の下

認知症サポーター養成講座を開催させていただきました。

それも午前に一回、午後に一回のダブルヘッダー。

さすがに二回も話をすると喉痛い!!!笑

しかし、市内在住の方々、僕よりは年上(?)の方々と思いますが

僕以上にパワフルです。

この講座の後に、体操をやって終了というスケジュールで活動されています。

こんな人がサポーターとなって頂けたら、この鈴鹿市も安心して認知症になれるね!

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