


これは介護職員の一方的な勘違いのお話し。
最近よく言われているのが、認知症高齢者だからと言って童謡、唱歌の発想は避けたいね!
僕も同じように、全ての認知症の人に。音楽療法の名のもとに介護側が昔昔の唱歌を先導することは辞めたいと考えている。
ましてや、今の時代、そろそろ団塊の世代が認知症として施設利用の時代。
団塊の世代と言えば、終戦後に生まれた人達で、
その人たちの青春時代の流行り歌って、決して唱歌ではない。
勿論、小学校の音楽に時間にも、唱歌なんて教えてもらったことは無い人たちがほとんど。
僕は団塊の世代とは言わないが、終戦誤8年目となる時に生まれ
馴染みの詩っていうのはグループサウンズやビートルズの時代。
物はなく、脱脂粉乳を給食の時にのんだ世代だ。
時代はどんどん変化し、今までの介護をやっていたのでは、利用者のニーズに合わなくなっている。
このニーズの多様化は、此れから先、さらにエスカレートし、求められる支援や要望は変化し多様化してくる。
当然、それに伴ってBPSD(認知症行動心理症状)の内容も複雑になり
それに耐えうる職員のスキルと精神力が求められる時代が、すぐそこに来ている。
私たち介護する者も時代の変化を敏感に取り入れ、それなりに自分自身も学んでいかなければ
これからの高齢者ケアは、成り立たなくなる!
認知症の人を一番に理解しているはずの自分。
そして認知症の人が理解できていない自分。
二つの自分がいる。
生意気にも認知症専門職として、色々な場面で認知症を説いてきた。
第三者からみれば、認知症のことを一番理解してと思われている。
しかし、その実、まだまだ認知症の人を理解できているわけでもなさそうだ・・・
認知症とは本当に奥が深い。
人間の脳の器質変化により今まで出来ていたことが出来なくなる。
脳細胞のどの部位の細胞に変化が起こっているかによって
症状は全て変わる。
記憶の障害、見当識の障害等が大きな障害として、専門的には中核症状と言われる問題が発生する。
過去の記憶ではなく、短期の記憶が乏しくなり、なかなか自分の行動を整理して理解することが難しくなる。
場所、季節、空間の認識が乏しくなる見当識の障害。
これらの障害があると、それまでの自分自身ではなくなるような突飛な言動が始まる。
しかし、短期の記憶がおぼろげになっても、それ以外の脳の機能は健全であり
正常な部位と不明瞭な部位のギャップに苦しむことが、認知症の人の特徴である。
簡単に言えば、自分の頭の中で思考がバラバラで、まとまらない状態の事である。
これは、その人にとって、とても不安な状態である。
数は少ないものの、人は年齢に関係なく認知症の発症がある。
そして、年齢が増すに従い認知症の発症率は高くなる。
90歳を上回ると大半の高齢者には認知症の諸症状が現れる。
医学の進歩と共に、人の余命が延長され、当然ごとく認知所の人が増えている。
かくいう自分も寄る年波には勝てず、最近では動悸息切れ、指示語の増加、支離滅裂とした文章力と
高齢者のたどる道を踏襲している。
自分の老いていく姿を見つめながら、うちのスタッフと冗談交じりに自分がボケたときを話すことがある。
いつも口うるさい僕だから、ボケても口うるさいジジイのはず・・・
スタッフからは札付きに不良ジジイと言われ、きっとスタッフの後を追いかけまわし
ただひたすらナースコールを押したくる!そんな厄介な爺さんになってるだろうね・・・と。
それでも、うちのスタッフは、厄介な僕にも、お茶の子さいさいと言わんばかりに手玉に取り
それなりに手なずけていくのだろう・・・
僕は、僕の気持ちに寄り添って、常に気を付けてもらう必要はない。
適当にスタッフの目の隅に入れておいてもらえれば、それだけで良い!
パンツを上げそこねて、半ケツで歩いていれば、注意してくれるだけで良い。
鼻を垂らしていたらチリ紙を渡してくれればよい。
其のチリ紙で鼻をかむどころか、口の中に入れて食べ始めたら怒ってもらえばよい!
特段の温情はいらない。いたって普通の接し方を維持してもらうだけで良い。
僕は「認知症だから・・・」と言った特別扱いはしなくてよい!とスタッフにお願いしている。
人は誰しも必ず一生を終える。
認知症の人とて同じである。
うちのグループホームで、残念ながら最後のひと時を迎えようとされる方がみえる。
お預かりしている人が、一生を終えようとする瞬間は私にとっても非常に苦しい、悲しい時である。
そして、エンドステージを無火曜とする方のご家族の精神的フォローも大切な仕事である。
その説明の中でいつもお話しするのは、終末期における人は、「食べないので死ぬのではなく」
「死ぬから食べない」のであり、自然飲死ぬために(と言うと語弊があるが・・・)食べることを止める。
体の組織自体が自然に苦痛なく死ぬ態勢に入るとき、食事は不要となる。
そして、これも主治医からいつも聞かされていることでもあるが
自然に死を迎える時は、脳内にモルヒネ様物質が分泌され苦痛、不安の類は感じなくなる。
意識レベルも低下し、死の瀬戸際の恐怖すら感じなくなる。
しかし、ベッドの脇で看取りをする家族にとってすれば、肩で息をする家族の姿は
苦痛に耐えかねているように映る。
僕が一度、心拍停止の状態に陥り、総合病院の救急外来のベッドで激しい痙攣をおこしたとき
自分の意識の中では、何も記憶に残っていない。側にいた医師や看護師の方が驚き,慌てたそうだが
自分のなかでは、普段通りの眠っている状態と変わらなかった。
その経験からも、家族がみる終末期の患者の姿は、本人の感覚とは違ったモノであろうと想像される。
僕も心拍停止となったのが病院の救急対応のベッド上であったために、何とか蘇生しこの世に戻ってきた。
あの時に逝っていれば、今のこの現実の諸問題に苦しまずに済んだのに・・・と無責任なことを言っていれる状態に戻してもらった。
しかし、僕の場合は、いたって普通の状態に戻してもらえたので喜んでいられるが
今、人工呼吸器を付けられ、胃瘻を増設されてチューブを通して液体食を流し入れられているとするなら、
決して喜ばしい姿ではない。
認知症のあるなしに関わらず、人が自然に死ぬ姿って、もう少し私たちは前向きに考えておく必要がある。
認知症の介護の中で、私たちが本来、やらなければいけない支援とは?
それは、認知症の人の中核症状を少しでも緩和してあげるための支援。
認知症の中核症状の代表的な病識として、短期の記憶障害、見当識の障害があり
それにより認知症の人は不安感を抱きます。
通常、認知症でない人は、それらの病識に対して、自分なりに客観的な要因を考え、整理し納得することが出来ます。
例えば、睡眠時間がいつもより長く、日中の日の明るい時も部屋を閉め切った状態で寝てたからだ・・・!
または、酒を呑み過ぎて酩酊状態だったから・・・等のような理由です。
しかし、認知症となってしまう事で、この客観的な病識の理解が出来にくくなり
結果として、自分自身に自信が持てなくなる。不安になる。のです。
ここで、問題となるのが、過去の記憶が健在な場合、私たちは、その人の過去の記憶を大切にし
少しでも本人の自身につながるような事案に対して、感覚的に呼び戻してあげる工夫が必要です。
うちの虹の丘のグループホームでは、このような認知症の人の得手不得手を見極め
特異な部分をほめる、そして、普段の生活の中でいかしてもらう事で、本人の自身回復に役立てています。
これにより、それまで曇っていた顔つきが、極端にやわらかくなってきます。
わたしは、このように認知症の人の役割づくり、自信回復を中心に行うことで
認知症の人のBPSDは発生しないのです。