今朝方、認知症の父が、とうとう逝ってしまった。
93歳にあと一か月ってところで逝った。
また、明日は母の誕生日にあたる日。その前日に逝った。
認知症で意味不明のことを呟いていた父だったが、
そんな父でも、僕は生きていてくれるだけで良かった。
何も相談もできないし、相談してもまともな返事すら帰ってこない。
でも、父親としていてくれているだけで、僕自身、大きなブロック塀のような
守られているような気がしていた。
僕自身も高齢者の分類に入る年齢となっても、それでも父の存在に守られている。
そんな気持ちがあった。
世の中、社会というものは、とても厳しい風が吹いている。
僕にだって、いろいろな難しい難題や刃が降りかかっている。
それらの苦渋は自分で解決して立ち向かっているにも拘らず
どこかで僕の折れそうな気持を支えて応援してくれているような気がしていた。
93歳、祖父よりも長生きした。大往生であり、眠るように息を引き取った父の死。
亡くなって、葬儀屋に持ち込む父の写真を朝から探している時に
涙が出た。まだ、誰も出勤していない事務所のデスクで
パソコンを開いて、写真データをひっくり返していた。
元気だったころの父や、母と一緒に写った父の写真を見つめながら
涙がこぼれ、それ以上続けて写真を探すことが出来なくなった。
鬼の目にも涙だね・・・・笑える。