年末と言えば大掃除。大掃除と言えば窓拭き。年度の終わりに重労働が控えている。今日から太陽の家でも、ぼちぼちと掃除が始まった。利用者がいるから掃除できる時間に限りがある。大々的に埃を舞い上がらせて、ハタキと箒でパッパっとはいかない。窓は窓で、寒い木枯らしの吹き荒ぶ中、窓を開け放って両面、きっちりと磨き上げなければいけない。
手も荒れる。歳とってきてお肌の脂分が少なくなってきているのに水仕事は、更なる乾燥をさそう。お肌もボロボロ、身もボロボロ。おまけに床だけではなく、天井部分の煤と埃にも気を配らなくてはいけない。顎をあげて上目づかいに仕事をしてると腰にも普段以上の負荷がかかる。「腰、いてえ~よう・・・」ってなわけで、こんなしんどい仕事しながら、高齢者介護しなけりゃいけない。今年のカレンダーのひまわりが良くない。29日土曜日、30日日曜日、31日月曜日は、利用者にとっても厳しい。一般企業のように28日金曜日を今年の最終日としてしまうと、利用者は29日から年明けて4日までの6日間、風呂にも入れなくなってしまうじゃんか!
僕なんか1日たりとも風呂を欠かさず生活している者にとっては、1週間入浴のない生活は非常に苦しい。なんぼ汗をかかない冬といえども、1週間はさすがに臭いが気になる。体の臭いだけではなく、髪の毛も自身の脂でベッタリと艶が出てしまうではないか・・・これはダンディーな僕には許されない。
てなわけで、31日もサービスの提供をしてしまう。結果的に大掃除にしわ寄せがくる。体がしんどい。目が回る。これを本末転倒と言わずして何と言おう!!
アッ、そうか・・・30日の日曜日を休まず代休として31日を休みにすればいいのか・・・・いやいや・・・そんな問題ではない。4日間よりは3日間。せめて1日でも少なく入浴できない日を、それが相手を思いやる配慮というもんだ!と自分を慰める。俺たちゃ社会福祉をやってんだ!単なる金儲けでやってるんじゃねえよ!!ってか・・・
兵庫県西部の県立高校の野球部員らが、下校中の路線バス内で障害者の男性が席に座ることを妨げるなど嫌がらせをし、その様子をスマートフォン(高機能携帯電話)で撮影した動画を無料通話アプリから投稿して仲間内で閲覧していたことが28日、同校への取材で分かった。
同校によると、関係したのは野球部員8人を含む1年の男子生徒計10人。同校は重大な人権侵害にあたるとし、10人を5日間の自宅謹慎、部活動を禁止したという。
生徒らは11日午後6時ごろ、下校中の路線バス内で、床にわざとカバンを置いて男性の移動を妨害し、先回りして席に座るなどの嫌がらせをした。生徒らは腹を立て興奮した男性の様子を撮影し投稿。様子を見ていた別の生徒らが同校に連絡し、発覚した。動画は約30人の同校生徒らが閲覧できる状態だったが、すでに削除したという。
同校の調査に生徒らは「男性に以前、バス内でかばんを踏まれるなどされたのでからかった」と話しているという。同校は「明らかな人権侵害でモラルが欠如している。同じ過ちを繰り返さないよう指導したい」と話した。
この記事を読んで、皆さんはどのように感じられるでしょうか・・・・?!
もちろん遺憾です。遺憾を超えて許しがたき行為であります。先日の私のブログでも紹介したように、最近の学生たちは混みあう電車の中でも高齢者に席を譲らない傾向にあるとご紹介しました。学生も悪い。しかし、それよりも学生を育てている家庭が悪い。子供たちにしっかりとしつけのできない親が横行している。そのくせ、他人に少しでも危害(精神的を含め)が加わると途端に、大事な子供!と加害者に相応する者に食って掛かる。自分自身を顧みず、権利ばかりを主張する今の親たち。
子供を預かる教育機関もやりずらいはずだ!
そもそも、障碍者(認知症の人を含め)に対する思いやりってのは、この国には存在しないのか?!健康な者だけが生活する社会ってのは理想ではあるが、健康でなくても障害を抱えながらも生活を維持できる国にこそ将来が存在する。五体満足に生まれ野球や山岳部などのアスリートの卵が、相手を思いやることなく正々堂々とスポーツマンシップ・・・なんてお笑いに過ぎない。五体満足が「できないこと」を抱えることはつらい。しかし、元から「できないこと」を抱えてしまった人にとっては「普通のこと」さえも困難であり、さらにつらい気持ちを理解できる社会になってほしい。
年齢とともにクリスマスの持つ意味が徐々に変化してきている。特に今年は、認知症介護指導者研修を受講していたこともあって、クリスマスの気分には遠い環境に暮らしていた。世間全般がクリスマスムードに染まる中、なんだか今年は自分一人が置いてけぼりの気分でいっぱいである。
さて、さて、この月の最初のブログに紹介した通勤電車の様子について、もう少し別の視点から満員電車について紹介しておこう。
皆さんは満員電車っていうと何を想像するだろう? お年寄りに席を譲る善良な若者の美談?!それとも、ギュウギュウ詰で乗客の間にカバンが手で支えなくとも宙に浮くような寿司詰状態?! 想像と聞いていた話とは違って、それ程のすし詰め状態ではない。これは近鉄電車の僕が乗車する時間帯にのみ言えるのかもしれないが。現に岐阜方面から名古屋駅に到着するJRに関して言えば、ものすごい人数の乗客が名古屋駅のホームに流れ出てくる。豊橋行の快速電車の多くは名古屋駅で降車し、次に込み始めるのが金山から豊橋に向け乗り込む乗客の群れである。僕は名古屋から大府までだから、快速で2駅。大府までに金山で一回止まるだけ。それ程の満員状況ではない。だから、正直言って、想像を絶する満員状態ってのは体験していない。
次に、若者が高齢者に席を譲る場面であるが、これまた見たことがない。朝の通勤通学時にも、高齢者は多く乗車してくる。そのような状況下においても若者は席を譲ることはしないようだ。その理由の一つに、今どきの高齢者は、昔よりも年齢に対する自意識が過剰であり、席を譲ろうものなら逆に年寄扱いして!と怒り出す者が増えてきたこともあるのではないだろうか?それと、今の高齢者は昔に比べても元気!一時間程度、電車に揺られるくらいでは困らない。それこそ、若い者には負けられん!と言わんばかりである。だからか同課は知らないが、中高生の学生も、日ごろの勉強に疲れているのか、椅子に深々とくつろぎ、目を閉じて真剣、寝ている状態である。ある者など、両足を通路にデカデカと投げ出して寝ている。まあ、時代の変化ってやつだろう・・・この姿を嘆かわしいと思うか、否かはあなた次第!ってなところである。
研修センターの宿題に「倫理」と「道徳」について、自分なりの言葉で背うt名を書いてこい!というのが課せられている。後期の研修初日にはレポートを提出しなければならない。電車の中のマナーを日本人の道徳心として説明するなら、社会が変化すれば「道徳」も変化していくのではないか?!倫理にしても同じで、社会が変われば社会全体の規範も変化する。私たちの倫理観は中東で争っている人々には通用しない。その理由が、この満員電車の中の若者像とダブってしまうのであるが、私たちの考える倫理ってのは、非常にデリケートなもので、壊れやすいものであるのかもしれない。そんなことを考えながら、満員電車に揺られていた。
ところで、今日のブログのタイトルで書いた「クリスマスなんだよね・・・」に戻るとすれば、僕のクリスマス感ってのは、「唯一、この日だけはヤンキーの連中を含めて、みんなにやさしく理解して行く日」だったわけです。ジーザス・クライストの西端の日こそ、大らかに人類みな兄弟として愛し合う、そんな一日でありたいと思っていた。クリスマスツリーを飾って、プレゼントを並べて、みんなと一緒にその日得た糧を分け合う。そんな日が、僕にとっての一年に一度のクリスマスである。
こんなことって珍しいですね! 月に一回だけブログの更新がなされたというのは・・・ 認知症介護指導者養成研修を大府で受けている報告はさせていただきましたが、前期研修が昨日いっぱいで終了しました。これから5週間は、自分の施設で個別課題を実施して、来年の1月末に後期研修の初日に論文発表を行わなければなりません。最初は、実践者やリーダー研修程度の研修とたかをくくっていたのですが、この指導者養成研修は、そんなどころか非常に厳しい研修で、さすがの私も途中で何度も根をあげそうになりながらの毎日を3週間おくりました。朝も早よから、夜は遅くまで。暗いうちに出発して暗い中帰ってくる連続で、おまけにいっぱいの宿題を出され翌朝8時半までに、すべての宿題を提出しなければならない。往復4時間の通学時間の僕には大いなるハンディです。夜帰ってから宿題をやって、プリントアウトして提出に備えて寝る。
自宅にプリンターが無いっていうのも恥ずかしい話ですが、いちいち事業所に夜中に入り込んでプリントする。そんな毎日でした。
まあ、そんな毎日ですから、自ずとブログを更新する余裕すらなく、自分自身の気持ちも「ブログどころじゃないよ!」って・・・。(失礼!!)
まあ、研修の話題が出たから、ついでに、どのような研修か?についてご説明しましょう。 研修は座学で認知症に関連する制度、介護、医学と人材育成について学び、同時にグループワークを行いながら論文の書き方、発表方法などについて学びます。はっきり言って、この座学のレベルは、かなり水準が高く設定されており、大学院レベルの事を教えています。講師に招いている先生方も、その道の先頭を走る人ばかりです。介護保険制度を考え出した先生やら、人材育成を大学で教えている教授や、人権問題について専門に研究している方など、本当に幅広い知識を学ぶことができます。
さて、では、この研修を終了させることで何のメリットがあるの?と言うと、認知症の人を支える人々を育てるための人材となっていくわけです。今回の厚生労働省の策定したオレンジプランの中にも、書かれているとおり、平成29年度末には日本全国に2200人の認知症指導者を養成するとあります。平成24年度末の指導者数が1600名ですから、あと700名は養成しなければいけないこととなります。聞くところによると三重県は他の府県より指導者の数は少ないようです。
指導者の果たす役割は非常に重く、今の認知症介護に携わる人々の意識改革から、あらたなる資源開発にまで力を発揮しなければいけなくなるです。僕なんか、老体に鞭打っての毎日ですから、それと年齢に応じた物忘れの人物ですから・・・・どこまで役に立てるのやら・・・・と少々、将来が不安になります。
さて、そんな私の個別課題について少しお話をしましょう。私の個別課題のテーマは、認知症の人の目線にたった介護をオレンジプランの考えに基づいて実践するための意識改革を考えています。非常に壮大なテーマでしょう!これをすべて個別実習で行うのは多分無理です。私の学習を担当してもらっている講師の先生にも指摘を受け、課題のボリュームと軸を考えて課題研究を考えないといけませんと注意され、昨日一日がかりで課題のボリュームをそぎ落とすことに明け暮れました。おかげさまで、何とか、実習課題をそぎ落とし、目的に近づけるために研修をプログラミングすることができました。
このように、ダメ出しを繰り返し、何度も頭を絞り、考え方をまとめていくのですが、大学のゼミみたいなもので結構、やってみると面白い。自分自身が変化していくのが感じられますね。
まあ、そんな12月を過ごしてました!と言うご報告です。
12月に入ってから僕は毎日、愛知県の大府に通っている。認知症指導者養成研修なるものを受講しているためだ。毎日、電車での通学。近鉄で名古屋へ、名古屋からJRで大府へ、大府駅から路線バスで東半月まで、そこから約一キロを徒歩で・・・・家を6時に出て、研修センターに到着するのが8時半。講義の開始が8時50分。その前に、もう一つやることがあって、前日の講義のレポートを教科ごとに一枚づつ書いたものを8時半までに提出しなければならない。徒歩で研修センターに到着が8時半。レポート提出期限が8時半。本当に毎日、ギリギリの綱渡りである。
さて、そんな通学の雰囲気を少し、このブログを読んでいただける皆さんと分かち合いたいと思い、今日は電車の中の様子を描いてみたい。最初に僕は生まれて初めて、こんな長時間、それも朝早くから電車に乗って通学することとなったわけで、何もかもが初体験。定期券なんてここ何十年も買ったことはないし、毎日朝の4時半におきてどこかに行くというのも初めて。満員電車ってのも、都内では常に満員電車で揺られるものの、ほとんど毎日大府までの区間で座席に座って行けたこともない。つまり、道中、すべてにおいて立ちっぱなし!ってのは初体験。
ふつう、出張と言っては特急の指定席に座り余裕で名古屋へ行くのだが、僕が乗っているのは伊勢若松駅から急行の名古屋行。二番目の車両に決めている。しかし、僕が若松から乗車するころには、すでにすべての席は、他の乗車客に奪われ去り、空き席なんてのは皆無。仕方なしに名古屋までに下車しそうな人の前に立ち、空きが生まれることをひそかに祈りながらつり革にぶら下がっている。次々と名古屋までの間で電車が停車するたびに降車するより乗車してくる人のほうが多く、次第に電車の中は人の量が増える。四日市を過ぎるころには身動きが取れないほどの人でいっぱいに膨れ上がり、僕はできる限り女性客から遠ざかるように少しづつ移動し、何かの不運で痴漢に間違えられないよう自己防衛に努める。
さて、そんな満員電車を繰り返し使っていると不思議なもので、皆さんが同じ客車に乗り込んできて、同じ場所に立とうとするのである。ふと気が付くといつものオッサン(僕もオッサンだけど)が居る。あ~ぁ、あそこにもいつものコートを着て耳にイヤホンさして新聞読んでるオッサンが居る・・・という風に。そして面白いのは、この満員電車の乗客同士、全くの赤の他人同士でありながら暗黙の了解のような、条例でも法律でもなくだれともなく生まれてきたルールのようなものがあるらしい。そして、そんな暗黙のルールから少しでもはみ出てしまうと、途端にルール違反者に対して白い目を向けるのだ。だからと言って、違反者に注意を促したり怒ったりはしない。内心は不愉快に思いながらも直ぐに素知らぬ顔をする。
まず、満員電車の乗客は、自分の決まったテリトリーを持っている。それは座席に座った者も、つり革族も同様、ここからは私の領域ですよ!入ってこないでください!と声に出して言わないまでも、心の中で線引きをしているのである。だから、電車が揺れて僕がバランスを崩して足の一方でもラインをクロスしようものなら、それこそ痛いほどの視線で攻撃してくる。不可分の領域というのだろうか・・・朝の通勤ラッシュってのは、本当に興味深いものである。この研修は年明けて2月初旬まで続くのだが、今のところ遅刻もなく皆出席で通っている。1週間が経過して、そろそろ満員電車にも慣れてきて、ツ通学が苦にはならなくなってきたが、それでも、この距離を通うってのは、この老体には少し厳しい。まあ、これも今の今まで悠々自適な生活をしてきたこともあり、今の僕に与えられた試練と、最後まできっちりと通い通していくぞ!と新たな決意を感じながら久しぶりの寝坊を明日は楽しめることと思っている。