


今日のタイトルは、中身とかけ離れすぎかもしれない。
しかし、天候が良かったのは正しい表現で
日中は夏のような陽気で、薄手のカッターシャツ一枚で
多少汗ばむ陽気だった。
今日は、畑の草抜きと除草剤を散布する予定だったが
以前に植えたブラックベリーがどうも調子悪い。
新しい芽が出たが、しおれて枯れ始めた。
土の関係かもしれない。粘土層の上に石ころ混じりの山砂っだから
根腐れでも起こし始めているのかもしれないと考え
何とか土壌改良の方が優先となった。
赤玉土や石灰と腐葉土を混ぜ、地中の石ころを排除
大きめの穴を掘って、土壌改良した。
そこに新しくブラックベリーの苗、二本を追加。
ついでにリンゴの木が割り引かれて売られていたので
二本購入。一本500円の王林とふじの二種類を植えた。
それで、今日のタイトルとブログの関連はと言うと、
こんな温かすぎない天候の日はオープンカーに乗って
ドライブも気持ちいいだろうな…と思った!と言う落ちです。
プラスティック容器と段ボールを使って作りました。
塗装はスプレー塗装と水彩絵の具を使っています。
鍋の取手は、銅線を曲げて、グルーガンで溶着。
反省点;段ボールの側面切り口が雑ですね!
段ボールを感じさせないパテ仕上げが必要でした。
スプレーペイントが水性だったので、乾きが遅く
ムラができやすかったです。
音につづいて、もう一つ「音」に関するブログを。
日本人は音の環境を作ることに不得手だと思う。
うち太陽の家もそうだけど、音楽は建物の上部から流れてくる。
上から下方向に音が流れる時って
直接耳に音が入るわけで
それって、意外と優しくない。
本来、音楽は下から間接的に人の耳に流れる方が落ち着く。
ディズニーランドのパレードがなぜ心地よく興奮できるか?
それは、パレード全体を上も下も含めて、全体を包み込むように
おまけに音が進行に応じてシンクロしていることが
人の精神に夢を連想させる。
人が音楽を通じて、夢心地になるには
音量も兎も角、音の方向も非常に重要。
認知症の人が落ち着く音楽の音量と方向を検討することも
介護スキルとして非常に重要と思っている。
太陽の家は鈴鹿市の目抜き通りといえる大きな通り沿いにある。
昔は田んぼの中の一本道で、舗装すらしてなかった。
そんな時代から比べると、非常に都会っぽくなった。
その分、常に何かの音が存在する。
暴走族の空ぶかしエンジン音、道路を走る車のタイヤノイズ、
子供たちの話声、電車のガタゴト音など
そして、今は選挙カーのヒステリックなお願いコール。
非常に騒々しい街となった鈴鹿市
時として、そんな喧騒の中に暮らすことに苛立ちを感じ
騒音まき散らす暴走族に殺意を抱え、
選挙カーのヒステリックなおばちゃん弁士に生卵ぶつけたくなりつつ
しかし、無音の世界程恐ろしいものはないと思う。
聞こえてくるのは、自分の心臓の鼓動と息をする肺の呼吸音しか聞こえなければ
恐ろしいを通り越して、精神的に参ってしまうのではないか・・・・
そうか~、僕の精神は、この町の騒々しさに助けられて
正常を維持できているってわけだ!