明日の夜7時半から、ますずがわ先生の「認知症を学ぶ会」が開催される。
ぼくは、座長として進行役を仰せつかっているので
今まで、何度もレジュメを読み直し、資料を調べて明日の研修に備えてみました。
今回の学ぶ会は、人間の脳の構造から認知症を学ぶ。
普段は、認知症の症状から脳の構造を学んでおり、
今回は逆の発想で、構造の器質的変化が、人間にどのような障害絵を与えるのか?
そこを切り口に、真鈴川先生に教えてもらうこととなる。
今回も、参加予定者には、事前にアンケートに自分が抱えている認知症の疑問点を書いてもらっている。
やはり、多くは認知症の困難事例が多く引き合いに出されテイル。
また、社会全体の認知症の理解が、介護に与える影響の重さも上がっていた。
認知症の人の一番難しいところは、短期記憶の障害、見当識の障害による
現状の理解が伴わず、不安な気持ちが高まり落ち着かない、外に出ようとする、指示が通らないことが
多くの介護職員が訴えている。
僕も、うちの新しい施設では、見当識障害と記憶障害の方が
過去と現在のごちゃまぜの世界で、不安な気持ちが継続している人がいる。
何度も何度も、繰り返し、不安感を訴えながら、ここには居られない、帰らなければいけない!と
徘徊が継続している人がいる。
決してすべてのことを理解できないわけではない。こちらの言うことは理解できる。
しかし、納得した直後から、また同じ不安感を訴えられる。
繰り返し、エンドレスに説明する職員自身がノイローゼになるほど
神経を擦り減らせている。
介護の世界でも、ニューカルチャーと称して、昔風のごまかしの介護ではなく
その人に心を添える介護を推奨している。
心を添えて説明しているつもりだが、明けても暮れても同じ心配事を訴える人には
職員も逃げ口が見いだせずに疲れ果ててしまいがち。
そこで、この研修の一番の強調すべき点とし、昔、僕たちが受験勉強中には
脳に適度な刺激を与えてやると記憶力が増す。と言われ
ガムを噛みながら勉強したkとをもい出す。
僕は、この点を認知症の人の介護に活用できないか?と考えている。
つまり介護方法の中でユマニチュード が、不安感の緩和に有用である。
ゆっくり手や腕をさすりながら安心感を与えるユマニチュードを合わせ
手を取りながら会話し、忘れてほしくないときには、手の握力を若干強くし刺激を変える。
そんな些細なきっかけが、記憶しにくい認知症の人に少しでも記憶の片隅につなげることが可能ではないか?
現に、認知症の人にも、新型コロナの危険性や完治できない難しい病であることを分かっている。
決して、すべての事柄を忘れるばかりでもなく、少しではあるが
記憶の一部に新しいことが刷り込まれることを思えば
会話する時、その人の目を見て、手をとり、時には肩を抱き話をすれば
不安でいっぱいだった感情も若干落ち着くことが出来るのではないか?
僕たちは、このような新たな接点を求めて、声掛けだけでなく
相手にこちらの気持ちを伝えることも大切なように思っている。
うちの太陽の家では、このコロナを切っ掛けに職員全員のユニフォームを作った。
同じく、姉妹施設の虹の丘でもユニフォームをそろえて貸与した。
これだけで結構な金額となったが、利用者への安全、安心のための手立てとして
今回、思いっきり出費を決断した。
そして、この貸与したユニフォームは、職員の感染リスクを軽減するためにも
自宅に持ち帰って洗濯し、常にクリーンなユニフォームを着てもらうようにお願いした。
新型コロナの場合を含め、疥癬やその他の皮膚疾患等を広めないために
各自で責任もって洗濯するシステムを採用。
利用者の皆さんには、常に清潔な衣服で接してもらいたい。
また、不幸にも感染症が施設内で蔓延し始めたときにこそ
職員の自宅に持ち込まないことを目的に、自分で選択するシステムとなった。
利用者の洗濯物を洗う洗濯機を使って、職員のユニフォームを洗濯することは
そこで感染が拡大する。
わたしは、その点を重視したつもりだが、
虹の丘の職員には、逆の意味で誤解されたようだ。
この施設で感染症の菌を拾って、自宅に持ち帰りたくないと考えたようだ。
小規模事業所で洗濯機が、職員専用もない場合、これはどっちもどっち!目くそ鼻くそを笑うと思うのだ。
それよりも、僕や理事長には相談なく、自分たちだけで話し合って、隠れてコソコソと施設内で処理していることには
非常に寂しい思いがあった。
出来る限り、職員の声に耳を傾け、職員と誠実に接しようと心掛けているにも拘らず
僕は一瞬、裏切られたような気がして仕方なかった。
しっかりと、意見を言ってくれれば、それなりに考え、応じたはずだ。
新規立ち上げの現場と言うのは、なかなか心を共に働く環境づくりは難しい・・・
昨日は虹の丘グループホームの畑の草引き。
今日は、虹の丘グループホームの外食行事で近所のカッパ寿司へ行ってきた。
最近の回転ずしは、回転しない。
子供じみた模型の列車が、パソコン端末のパッドからの注文に応じて
列車が運んでくる。
流石に味噌汁等の汁物は、スタッフが運んでくれるが
全て、テーブル専用運行でやってくる。(笑)
北朝鮮の親分専用列車のように、他のテーブルを素通りして一直線。
非常に面白いシステムが取り入れられている。
昔のように、誰かが先に取ってしまうと、なかなか自分の好みの寿司が回ってこない。
そんなジレンマはない。
さて、入居者7名。一名は出発寸前にドタキャン。行かないと言い出した。
充分に話をしても変わらない決意を聞いて無理強いはしないことにして
職員一人が見守りの為に施設に残った。
7名+職員6名、総勢13名が3つのテーブルに分かれて座り
好きな物を選んでいただいた。
認知症でも短期記憶の障害を抱えると、色々と不便なことが多いようで
自分が注文した品を忘れる。それくらいなら職員がしっかりとフォローすればよいが
なかなか自分の思いを決定できない。
説明はするものの、いざ、その品事態を思い浮かべることが出来ないのか
意志決定ができない。結果的に職員が、判断してしまう。
まあ、ここも、相手の気持ちを読み取ると理解すれば、それはそれなりに意味はある。
しかし、一番の困ったことは、ただお昼ご飯を外食するだけのことでも環境の変化に
ついてこれなくなり、施設に戻ってからの自分がどこにいるのか分からなくなる。
ここは自分の家?私は何をしとんの?と不安そうな顔を浮かべて聞いて回る。
挙句の果てには、寿司を食べに行ったことも記憶の外に漏れ始め、お昼ご飯を食べたことすら忘れる。
認知症とは、そんな症状に苦しめられてしまう、聴けば聞くほど恐ろしく感じる病気であろう・・・
でもね、寿司屋さんに居る時、帰る車の中では、次は何を食べたい?!と話をする表情を見ていて
このわずかな喜びに、自分たちの支援が生きているんだ!と思えることが大事かなと思えるのです。
自己満足と言えば、自己満足かもしれないが、飯食ったことを忘れても良い。
旨かったのか,不味かったかの評価はどうでもいい。
みんなと一緒に、外飯を食うことに意味があると思う。
雨が降り、気温が高くなるにつれ
畑の雑草の生育に追いつけない程
畑は荒れていく。
従前、従後とまではいかないが
畑のお手入れを行った。
晴天とまではいかないものの、畑で草をひくだけでも汗が噴き出す。
朝8時半より初めて、虚弱体質な僕は午後3時にはギブアップ。
頭が痛くなってきたのと、腰が痛み始めたので
予定より早く切り上げて畑仕事を終えた。
本来なら、実をつけたブラックベリーをネットで囲いたかったが
そこまでの体力なし!これ以上、農作業を続けると熱中症で運び込まれそう・・・
本当に弱っちい奴だ!
僕は農業はできないわ!と弱音を吐きながら帰宅した。
毎年、10月の第二週目の終末に開催されていたF-1日本GPが
新型コロナの影響で中止となった。
サーズや新型インフルが蔓延した時よりも、このコロナウイルスは巨大な影響を及ぼしている。
今なお、特効薬も見つからず、新規の感染者が出続けている。
日本では、幸か不幸か、新規感染者数は比較的少ないものの
それでも根深く根絶できる様子は見られない。
このような状況の中で、F-1GPと言えば、鈴鹿サーキットのレースエリアは
普段の鈴鹿とは全く違った、日本に居ながら、海外のレース場にいるような
ほとんどが海外からの関係者で埋め尽くされ、逆に日本人のスタッフの数が小数と言うような
まさしく別世界の雰囲気を醸し出している。
僕もF-1GPの仕事に関わる様になって20数年、毎年、この頃には一週間をべたで出勤している。
僕にとってのF-1は仕事以上に、自分のライフワークともいえるかもしれない。
遣り甲斐、生きがい、達成感の全てが、このF-1ウイークに結集されている。
海外の仲間も一年に一回、この場で再開し、会話し、時には食事を共にする仲間たち。
そんな連中とも、一年間のご無沙汰、SNSやメールだけの会話で今年は終わってしまう。
ここ数年、そろそろ引退を呟きながらも、実際にF-1から遠ざかるのも
心情的に非常につらい部分がある。
先にも書いたように、僕のライフワークがなくなることは、
認知症予防の中でいわれる「空の巣症候群」のような・・・
廃人になってしまいそうで恐ろしい・・・