


毎年、今の時期になると風邪気味の状態が続く。
鼻の奥に居座る不快な鼻づまり、
咳と呼吸するたびに笛が鳴る咽。
風邪薬を服用すると、少しは改善されるものの
長続きしない。
結果的に一か月のうえ、風邪薬として総合感冒薬を飲み続ける事となる。
まあ、いずれにせよ気分はブルーですね。
最近、僕は霞食って生きている………てな具合に、僕の毎日は無風状態!
良い意味で無風状態ではなく、右にも左にも、前にも後ろにも薦めない状態。
要するに停滞しているという意味での無風状態。
決して良い状態ではない。
その中、唯一、僕が現実社会と接点を維持できるのが
ニュース報道。
皆さんはご存知かどうか知らないが、
先日、地方行政機関が地元の自治会に個人情報を漏えいしたというニュース。
自治会運営に!という理由で泣きつかれ、やむなく渡した個人情報。
そして、今日の報道で騒がれているのが、大相撲業界でまた暴力事件が発生したニュース。
関取が付き人を殴ったって話です。
僕は、この二つの事件について
現代社会の抱える同じ歪が原因しているように思えるのです。
この二つの問題って、僕の若い頃にはニュースにもならなかった。
もちろん、暴力を肯定しませんし、個人情報保護の重要性も理解しているつもりです。
が、しかし、戸塚ヨットスクールの是非問題から以降、
人を育てることの難しさが、さらに難しくなった気がします。
分からない奴に体罰をもって教育しても無意味なのはわかります。
でも、ある意味、人が生きる姿って真剣勝負なわけで
恐怖感や苦痛が伴う成長ってのは、今では古典であり、過去の遺物となっているのでしょうか?
また、地域密着がさけばれ、地域社会の連携と言われながらも
その反面、民生委員も自治会すら、隣に住まう人のことを知らない。
個人情報が守られているから、真横の人物のことを何も知らない。
その人を理解するには、その人と十分な交流を通して開拓しなければならない。
この時代に逆流しているのが、過剰な個人情報の保護ではなかろうか?と思うのです。
社会全体が群れから弧に変化していく中で
群れの社会の再構築を目指すわけです。そして、その過程で情報には制限が加えられる。
現代人は、徹底的に条例と法律に守られた社会ではないと
生活していけないデリケートな心の持ち主となってしまったのか?!
もちろん、個人情報の悪用や暴力による統制があるからこその法律ではあるが
これだけ厳しく個人を守り始めることは、逆に個人を縛り始めるのではないか?
社会全体が重箱の隅をつつきあう今の姿は
精神衛生上、決して良いとは思えないが………
何はともあれ、まずは健康が一番。次に心のゆとり。生きていく上において、ゆとりがないというのは非常に窮屈なことです。3月に入って、このブログ更新が初。社会福祉法人を認可受けて以降、年度末の3月がこれほど忙しいと感じたことは今までなかった。何とか、年度末に目途をたてて、少しばかりの余裕。しかし、来週の月曜日には、また次にやらなければならないことがぶら下がっている。この状態が続くと健康維持なんて、夢のまた夢。
今日の夕方の送迎を担当しながら、次第に薄暗くなる市内の道路を走りながら民家が途絶えてあたり一面の景色が開けてくると遠く鈴鹿山脈にかかる雲や、その雲にかかる夕日が美しく送迎運転手としての緊張の糸が少し和らぐ瞬間を感じました。残念ながら運転中の事で写真は撮ることができませんでしたが赤く染まった雲と空のコントラストが綺麗で一日が過ぎていく、そんな感慨深い気持ちになりセンチメンタルかもしれませんが、少しだけ心安らぐ思いです。