


99歳の女性が17日、富士山の富士宮登山道を登山中に動けなくなり県警の山岳遭難救助隊に救助されました。
今日のネットのニュースで僕が気になった記事が、この見出しで掲載されていました。
99歳で富士山登頂を夢見るって、とてもロマンだと思いませんか?
この方は、7合目付近で動けなくなったそうで、やむなく救助を要請したそ王です。
この救助を要請した時の彼女の気持ちを考えると、非常に複雑な気持ちとなります。
高齢だからと言う理由で、このような夢を追い求めるのは罪でしょうか?
僕の答えはノーです。確かに、個人の勝手な思い込みで他社に迷惑をかけたかもしれない。
でも、達成こそできなかったものの、そこに向かって進んだ思いには感服します。
僕も、同じような夢を持っています。
この方のように富士山に登るのとは少し違って、
僕は死ぬまでにイタリアのアマルフィと言う地井さん漁村に行ってみたい。
その街でエスプレッソを飲みたい。{Buongiorno!」と挨拶してみたい。って
たわいない夢を持っています。この町の特徴は、地中海沿いの小さな観光都市でもある
アマルフィは、坂道の多い街です。断崖絶壁に多くの住民が家を建て、小さな路地に囲まれた街。
コモ湖のような風光明媚な美しさはない、どちらかと言えば地元民の生活感が充満する街です。
80歳を過ぎてもしっかりと坂道を上り降りすることのできる足腰を作るため
今はほぼ毎日、ジムに通って筋力維持に努めています。
自分のささやかな夢。歳を重ねれば、その細やかな夢こそが
生きる上で大きな目標となり、生きがいに繋がるものと思います。
もう年齢も年齢だから 、それなりに歳相応の行動を・・・・と思っていると
もう半分死に体だと思いませんか・・・?(笑)
歳をとらない、いつまでも若々しくいること、でも、単にちゃらちゃらした若作りの爺さんではなく
今回、デイサービスを利用される方の間で、物品のやり取りが密かに行われていた事実が発見されました。他者の持ち物が良く見えるときはあります。同じものが買えるなら買いたい。しかし、市販品ではない。では、私にも一つ、作ってもらえませんか?といった流れが利用者間であったものと思われます。偶然、スタッフが、その手作りの物を手渡すところを目撃して、このやりとりが明るみに出ました。
僕は、この問題が明るみに出た後で、スタッフから経緯の報告を受けたのですが、どうしても、この状況を良し!とできないものが引っ掛かった。元々うちの事業所では、利用者同士の物品のやり取りや代理購入などの行為をお断りしています。その理由としてスタッフの皆さんも知っている通り、いろいろな複雑な問題へと発展していくからです。例えば、以下のような課題が考えられます。
① 市販品であっても、お店にて購入する必要があります。当施設の利用者の方々の大半が身体的に自立できていない方が多い。当然、お店に行って買ってくるには、代理の者として家族さん、又は友人の誰かに頼まなければならないケースも多いです。一人の利用者の依頼を受けて、依頼を受けた本人ではない第三者が、要望される品を探して、購入してこなければならないのです。
② そのものを購入するには、金銭的な負担も必要となります。厳密にいえば、お金のやり取りに際しては、金銭の受領証又は預かり証等の客観的に金銭のやり取りを証明できるものが必要となります。ただ単に消費税を含めた全額を払えば文句ないだろう!と言うのは、依頼する側のエゴです。
③ そして、今回のように、その物が手作りの物だとすると、材料を購入し作成する手間がかかります。ご家族さんを含め、皆さん、お仕事を持ち働いている方々です。職場から戻っても、家族のため食事の準備などの家事もこなさなければなりません。一つの手作りの物品を作ることは、たとえ、その品が小さなものだとしても、結構な手間と時間を必要とします。
④ その依頼を受けた者が、本当に納得して依頼を承諾しているのか?そこに利用者間の力の関係は存在していないか?断ったら、これから先に冷たい目で見られるのではないか?断るにしても、年老いて言葉が出てこない。断り方がわからないのかもしれない。
⑤ そして、「いいですよ!娘に頼んでみます!」と言う利用者の判断の裏側に隠れている、本当の気持ちを考えることが、とても重要です。
これら5つの課題にあるように、人間関係と言うのは、非常にもろく、また、非常に厳しい側面も持ち合わせて、そこに巻き込まれた人を苦しめる原因となります。この太陽の家を利用される高齢者の皆さんは、それぞれが
今まで、会社や地域との絡み、近所づきあい、友人との関係、とかく人間社会には生きていくうえで、沢山の複雑な人間関係の葛藤やトラブルを少なからず経験し、悩んだこともある方々です。要介護状態となって、その世間のわずらわしさから、一歩身を引いて安心して暮らしてもいい年齢です。この小さな施設の中だけでも、そのような生きづらい小さな社会ではなく、のんびりと人との距離を適切に保てて、自分の楽しみを求めることができる。そんな小さな社会としてあげたい。僕は、この太陽の家に求めたい姿が、今まで説明してきた安心して、楽しむことのできる施設と思っています。
人生の最後の時間くらい、①誰かの顔色をうかがう。②嫌われないように我慢する③断った後の仕返しを心配する⓸善意を利用される⑤人間関係の力の強弱に翻ろうされる。と言う点を守ってあげること。これが私たちの考えるホスピタリティです。
大きな人間関係のわずらわしさへ発展する前の小さな芽。これは実際の現場ではなかなか見えにくいものです。そこを職員のスキルで見抜く力。それが求められています。目に見えないものを察知する力。これは、単なる介護技術よりも難しいスキルです。でも、いつかは皆さんに、こんな施設で良かった!と言ってもらえるよう、頑張って目に見えないものを探してもらいたいと願っています。
令和8年7月17日
施設長 玉田 浩一