太陽の家

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ブログ-施設長の部屋

2013/6/28
理想的な『死』とは。

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人間は誰しもが死ぬ。かく言う自分自身も「死」を覚悟する時期が来る。高齢者介護の現場は常に、利用者の死と向かい合う業務である事が多い。事業所によっては、利用者の最後を病院にお任せする所も存在するようではあるが、大半の事業所では、如何にして利用者自身の死への恐怖を和らげ、可能であるなら苦痛の無い最期を迎えることができるように常に話し合っている。そのために常に家族、現場と医療が連動しながら見守りを行うことが求められている。グループホームにおけるターミナル期には、この三者の何れが欠けても理想とする死を迎えることは出来ない!とは言い過ぎだろうか?

少なくとも一人として、野垂れ死にする現場を素通りできる精神の持ち主は居ないように、大半の人々、特に医療の現場、介護の現場で働く者にすれば、その人の身になって死を考えてあげたい。そんな暖かな気持ちでいるはずであるし、そうであることを期待したいところである。

されど、実際の現場では、個々の職域が連動しない。連動しないどころか、お互いの責任の所在が優先されるようである。責任逃れまでは言わないにしても、自分を責任ある位置に置きたがらない。入所系高齢者施設で看護も介護も、こと入居者の死に対しては、それ相応の責任は否が応でも存在する。人ひとりの命を預かるということは、それだけ重要かつ重大な責任を担うということであり、普通でない死に方に対しては、厳密な調査が行われることは当然である。人が自然に一生を全うしようとするとき、そこにどう疑っても違法性や犯罪性ってのは考えにくい。ここで問題となるのは、人の死ではなく、死に方の問題であろう。

最初にも書いたように「死」は、誰にも必ずやってくる。この問題から逃れることは出来ないのが生きているモノの宿命であり、僕はお預かりしている利用者の死そのものに責任は問われないと考えている。我々の責任は、その人の死に至るまでの過程に存在するわけで、当然、死に責任を負わせるつもりもない。そこに利用者の身体的な衰弱や障害を抱え、必死の見守りにも関わらず、些細な事がきっかけとなって死に至る場合もある。人間は思いの外頑丈にできている。と言う理論は健康な者に対して言われる理論であって、年齢や状態によっては、本当にもろく、極、些細な事でも命取りとなる場面は多い。それ程、高齢者、だけではなくターミナル期に居る人間の脆さっていうのは言うまでもない。

問題となるのは、死に至る過程において介護や看護にミスがあって死期を早めることに責任は生じる。そして同時に、そこに至る生活の質を保証するうえで介護職に責任があると考えている。私たちは医療従事者ではない以上、何の医療行為もできない。要するに医学的な見地から人の命を左右することはできない立場である。末期の癌患者にもr

死を特別視できるのも人間に限られた行為であり、動物には連れ添いの死を悲しむ種もあるようだが、多くの動物社会は弱肉強食の社会に生き、今を生きることに全精力を費やしている。他者の死を悼む気持ちは、そのまま次の自分の死に直結する危険性をはらんでいるのが野生動物の社会である。その中で、人間だけが他者の死を愛おしみ、悲しみ、嘆くことができる動物である。そこには他の動物にはない文明があり、感情があるからである。「死」をスピリチュアルなものだけでなく、科学的にも理解できるのが人間の特徴であるともいえる。

へ理屈は兎も角として、人ひとりの命の重さは、スケールで計測できるものではない。それほど重要で貴重な場面に沿って業務を行っている以上、死をどのように理解し受け入れていくのか?!を関わる者たちが常に同じ考え方でいなければいけない。そこに報連相が実践されてなければいけない。死を冷静に受け止め、適切なかかわりを持てるよう訓練も必要である。

私たちにとって、高齢者、特に施設利用者の死を如何に自然に迎えさせてあげることが可能か?そこに尽きるのではないか!そのための連携であり協働である。お互いが専門性を駆使し、一人のヒトを看取るためにいろいろな感情の織り成す芸術的ともいえるケア。どのように演出するにしても主人公は、たったひとり。この一人のために皆が同じ方向に努力することが協働と言われることばである。e0157647_2356682.jpg

2013/6/27
音楽CDをたくさん寄付いただきました。

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太陽の家デイサービスを利用される方のご家族から写真の音楽CDをたくさん寄付いただきました。

マーラーあり、ショパンあり、ラフマニノフ等、超有名な指揮者、作曲家のクラシック音楽をいただいたのですが、僕が一番うれしかったのは、個人として欲しかったチョエロ奏者「ヨーヨーマ」の一枚が含まれていたことです。このCDはすでに廃盤となっており、入手困難な一枚。これを見つけたときには、誰にも言わずにコチョッと隠してしまおう・・・って思ったほどです。

太陽の家では、利用者の皆さんに邪魔にならない程度のBGMを流します。これら頂戴したCDも、今後、デイサービスだけではなくグループホームでも癒しの音楽として館内に流させていただきます。

2013/6/26
口は災いのもと・・・・

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利用者同士の世間話から、ちょっとした誤解が生じいろいろな副作用的弊害がみうけられる!と連絡があった。なんのことは無い、受け手側の誤解、要するにその時の気分によって受け取り方が「逆」に作用してしまった。という事らしい。言った方は、特に悪意もなく意図するものもなく、いたって普通の会話のつもりであったろう。それが、右から左へ、左から右へと話が伝わるにつれて、元々の言葉は自然に歪められ、当初の言葉とは異なる意味合いを持ってしまっている。

さて、介護施設としてこの現象をどのように捉えるか・・・?

皆さんなら、どのように対処するだろうか?勝手に一人歩きする言葉を昆虫ネットを持って追いかけたとしても捕まるわけがない。一度、人の口を出た言葉は、もう何処にも戻らない。覆水盆に戻らず!である。それでは、どうすれば良いのか?

このようなケースでは、どのみち当事者に別室に来てもらって事情説明したところで何の解決にもならない。それにも増して、そうすることで両者間の距離を広げ、荒らし、お互いに壁を作ってしまいがちである。もうこうなると、職員は何があろうとも「無視」するのが一番である。ただ単に聞き流すのである。

介護施設にしたって、人間が集まるところであり、そこには種種雑多な考え方が存在し、色々な解釈の仕方が存在する場でもある。言ってみれば、一つの小さな社会が形成されているわけで、そのような社会には規模の大小に関係なく、常に壊れやすい人間関係が存在し、扱いに苦慮する場面は必ず存在する。

人間として生きていく上において、人とのトラブルは避けようがなく、それらのトラブルのすべてに神経を使っていては、解決できるものも余計に傷が深くなろうと言うモノ。この際、「へ~っ、そうなんや!」と聞いてあげるだけにしておけば、そのうちに消えてなくなるだろう!それよりも何よりも、僕たちがその現場に遭遇したら、解決方法を模索するより、このような複雑な人間関係に発展する以前に、利用者自身が楽しんで個人の生活を継続しながら、適度の関わることのできる場の創造に全精力を費やす方が良いのではないか・・・と考えている。

2013/6/26
カンファレンスに伴うサービス提供時間短縮のお知らせ

 太陽の家デイサービスセンターでは、通所介護計画、機能訓練計画作成に関し、今まで以上の質の向上を目指すこととなりました。介護の基本となる計画作成ではありますが、平成24年度の介護報酬改定に伴ったサービス提供時間の区割り変更から、実際の現場ではカンファレンスの実施できる余裕を見出すことが困難な状況が続いております。これまで、これらの業務を遂行するにあたり介護職員には、通常の業務に上乗せした業務協力をお願いしてまいりました。

これらのしわ寄せが、次第に職員の疲弊につながり、精神的に追い詰められる場面も散見できる状況が存在することから、何とかして今の環境を改善いたしたく、今回の処置に踏み切ることとさせていただきます。

利用者の皆様には、帰宅時間が通常よりも30分早まりますが、月に二回だけご協力いただきますようお願いいたすところです。また、利用者のご家族様には、毎月末までに、次月のカンファレンス実施日のご連絡をさせて頂きます。

ちなみに7月のカンファレンス実施予定日は

7月10日(水曜日)

7月26日(金曜日)

となります。 この両日は通常の帰宅時間より30分早くご自宅にお戻りいただきます。

2013/6/25
おしゃれ!

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この足元写真は、太陽の家デイサービスセンターを利用される方の写真である。ご本人にホームページ上で掲載する許可をいただいて公開させてもらっている。

以前から、僕は研修のたびに受講者の方々にお話ししていることの一つに、自分自身の着ている服に対して敬意を払うことが「気づき」につながるのです!と説いている。特に履物に関し、毎日、毎日、この僕の全体重を一手に受け止め、衝撃や危険を緩和してくれている履物に対し、愛情をこめお手入れをすることは、自分自身の感性を豊かにすると言う理屈を説明している。毎日の感謝をこめ衣服や靴に行うと、自然とほかの人の身なり、気遣い、心配りなどが気になり始める。その人が「モノ」を大切にしている姿勢や気持ちが、よく伝わってくるのである。

そんな会話をしながら二人でタバコを吸っていた訳だが、この写真の靴の持ち主は、いつもオシャレに気を配っている。この方にもほかの要介護者のように苦悩も苦痛も存在する。体調の維持も日によって困難な時もある。従ってデイサービスの利用に際しても、当日キャンセルってのもある。

この利用者は、歳を重ねたから、病気を患っているからと言った理由で薄汚れた格好に甘んじたくはない!とはっきりと言い切った。僕は、そのような気持ちってとても大切であると思っている。理由に関係なく、僕はファッションの人間に与える影響の大きさを信じている。ファッション、つまりは他人に与える見た目の印象ってのは、年齢に関係なくいくつになっても重要であり、その日の気分を左右するものと思っている。

歳を重ねることは、職業、立場、経歴、資産の額に関係なくすべての人に平等に訪れる。しかし、その人の気持ちの持ちようによって心の年齢は、全ての人によって格差が存在する。心の年齢だけではなく、その人の生きる上の気持ちにも格差が生まれるはずである。

欧米人の高齢者の方々のファッションは、年齢を重ねるにつれ派手になっていく。色使いも派手である。日本人の感性からはちゃらけて写るかもしれないが、そこには海外の気候風土や住民の気質みたいなものが関係して、ド派手なファッションでも堂々と闊歩している社会である。僕も、このデイサービスの利用者の方のように、オシャレは足元からにこだわり、これからの老後を迎えたいと願っている。

2013/6/23
カロリー摂取のためのエクササイズ?

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先週末は御在所岳の登山。今週は自転車。ともに体力を消耗するはずのエクササイズ。

しかし、その実、自転車をこぎながら10分もすれば、のどが渇く。適当なところに行きつけの喫茶店。まだ、僕の自転車をお披露目してなかったから、ついでだからと理由をつけて立ち寄る。なじみの客が同席してバイク談議に花が咲く。さすがに自転車を炎天下の元、力いっぱい漕いでいると、何か冷たいものでも一杯飲みたい気分である。

アイスコーヒーなら大丈夫!でも、少々疲れた体をいたわる意味でも砂糖シロップを加えて、ミルクも少々!これでコーヒー牛乳のようにまったりと甘く仕上がったアイスコーヒー。やっぱ、旨い!疲れた体には、甘いものが最高に良い。おまけにキリッと冷え冷えの飲み物だから、尚のこと良い。

さあ、ひとしきり休憩を取ったから、自転車を再スタートさせよう!と、潔く自転車のサドルにまたがり、勢いよく漕ぎ出す。結構、この坂って自転車には辛いなあ・・・と息も絶え絶え登り切った先に鈴鹿サーキットのゲート。これさえ越えれば下り坂。人生、やっぱ下り坂は一番!って誰かが言っていたが、何も漕がなくても自転車は爽快に突っ走る。並走して走る一般自動車よりも自転車の方が早い。

この下り坂を利用して、距離だけは伸びた。白子まで下りてきた。それも、大した労力を使わずして・・・・

ここまでくれば、後はチンタラと自宅まで平地走行。大したエネルギーも使わず自宅に帰着。ちょっと自転車こいだだけでも腹は減る。効果覿面。そのまま、夕食となり、いつもの倍のごはんを平らげても。まだ腹が減る。腹が減ることは良いことだ。以前大病を患ったときは、食いたい!気持ちが起きなかった。今日も晩御飯が美味かった!

ってなわけで、結果的に自転車のエクササイズを始める前よりも、終わった後の方が体重が増えている・・・これってどうよ??!!

2013/6/21
このブログの訪問者が増えています。

僕のブログだけでは無いのですが、このホームページを訪れてくれる人の数が増えています。多いと一日数百人の人アクセスが記録されています。本当にありがたい話です。

僕がブログを始めたきっかけってのは、こうやって高齢者介護を行っていながらも、いつも何か気持ちの上ですっきり来ない、イライラした気持ちとなる事柄を感じながら、それらを制度の問題とか、そこで働く人たちの問題とか、とにかく言いようのないすっきりしない何かを感じながら、毎日の業務をこなしていました。その中で、ふとした切っ掛けからホームページの開設話が持ち上がり、友人のソフト開発会社に相談したことがきっかけとなります。まあ、最初は面白半分、高齢者介護とは全く別の、自分自身の趣味の話や取り留めない事柄を中心に書いていました。その理由は単純です。「不特定多数の人を相手に自分の意見を言うことに恐怖感を抱いていた」からです。 福祉業界の中でも新参者のと言われる自分が、超生意気にも福祉について語ることで、色々と辛らつな意見やお叱りを受けることを恐れていたからです。

しかし、こうやってブログを書き込んでいるうちに、自分なりの考えに自信を思って発言することの重要性を感じ始めました。間違っていても良い。その時に自分が主たこと自体を素直に表現することの重要性。そんな風に考え方が変化していきました。それが良いのか悪いのかは兎も角、僕が選んだ道が、正直に自分の想いを書き連ね、そして、読んでいただく人にいろいろと考えてもらえる。それがうれしく思えるようになったのです。

反対の意見は、必ず存在することを受け入れれば、それでは、自分として、その反対意見に対してどのように考えていくのか?福祉に限らず、自分自身の考えを公開することで、逆に自分の気持ちや思いを再確認できるという副産物に気付いたから・・・と言えるかもしれません。

出来る限り、毎日。まめにブログを更新すること。そして、日々行われている太陽の家の様子を克明にお伝えすることが、このHPを訪れていただける方々の求めるものを満たすことと考え始めました。

これからも、思いつきの誤字、脱字だらけのHPを維持していくつもりです。皆さん、よろしくお願いいたします。

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2013/6/21
1300万人の都市・・・東京

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東京都の人口は1300万人を超えている日本一の大都市。その大都市の一片を写真に収めると、公のような図になると言う写真を掲載しながら、今回の上京でいろいろな人と会った。一人は、以前に通っていた福祉大学の同期生。今は地元、東京都内において手話通訳を行いながら、聴覚障碍者支援を行っている者。次に古くは僕の青春時代の同級生と、その長男との会食。一番のメインは、上京した当日の夜にあった会合である。この会合では、全国でも著名な方々ばかりが勢ぞろい。レビー小体を発見した医師、認知症高齢者の在宅医療を必死になって守り続けるドクター、高齢者を担当する行政官や放送関係者や専門メディアなどの燦燦たる顔ぶれが集まる場である。

色々な人との出会い、いろいろな意見から新たな発見、気づき、学びを得ている。情報源と言うよりも自己研鑽の場であると捉えている。田舎に引っこんでいると、情報の伝達スピードよりも、伝達過程における鮮度と温度が伝わりにくいのが問題である。田舎に居ても都会と変わらないスピードで、今ではネットを使って情報収集は可能な時代である。言葉だけを得る目的はネットで賄うことができる。しかし、そこには言葉のリアリティ、パッションが含まれてこない。

同じ言葉でも、直接聞くことと話す人の表情が見える事は、相手に与える印象は格段の違いがある。コンサートでも同じである。直接生の演奏を聴くのと、CD等の媒体を通して聴くのとでは、臨場感や迫力の伝わり方に雲泥の開きがある。

たかだか2時間程度の会合のため、わざわざ東京まで出て、一泊して帰るまでの意義。それが、この情報を自分の身に刷り込んで学びを得るためには、とても重要でありお金に変えられない。言ってみれば「プライスレス」な業務なのである。僕は、今、このような会合の場を、地元三重県でも開催したいと願っている。もちろん、東京で開催している面々が三重県にお越しいただいての話ではない。三重県は三重なりに、それぞれ抱える問題は違うはずである。認知症の人と拘わる者たちが、一堂に会し、いろいろな思いの丈を語る場。そして、そこに事故の成長を目指して研鑽できる場を作りたいのである。

いつ実現できるかはまだ未定ではあるが、一部のドクターに興味を持っていただくことには成功した。次は、開催に向けて、もう少し解決していかなければいけない小さな課題を解決しなければいけない。

宿泊しなくとも、日帰りで集まり、忌憚ない意見交換ができ、認知症の人を更に理解できる場。そんな会合を開催できるようになれば、また皆さんにお知らせしたいと思っている。

2013/6/18
グループホーム 太陽の家では、入居者を募集しております。

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ただ今、グループホーム太陽の家では空き室ができました。

認知症の高齢者の方で、鈴鹿市内に住民登録されている方に入居いただけます。

興味ある方、また認知症でお困りの方は、いつでもご相談ください。

2013/6/18
趣味の作品展開催中!

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鈴鹿ベルシティのセンターコート(中央コート)において、鈴鹿亀山地区の小規模介護保険事業所があつまり、サービス利用者の皆さんが作り貯めた作品を展示しております。今日から20日(木曜日)夕刻までの間、ベルシティさんのご協力をいただき場所や展示備品をお借りしての開催を行っております。それぞれの事業所では、工夫を凝らして大作が目立つ今回の作品展。今年で8年目となるそうです。こうやって見てみると当事業所の作品数が、若干少ないように感じますが、これだけの作品を作るにも、職員さんたちは汗だくで利用者の皆さんと関わりながら仕上げを行っていました。鈴鹿亀山近辺にお住いの方々には、ぜひ一度ベルシティにお買い物に出かけた折には、中央コートを覗いてみてください。

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