パイプオルガンの音色が好きで、時々、思い出したようにCDで聴く。
そりゃCDを再生して聞くよりも、コンサートホールで聴く方が音は良い。
しかし、やはりパイプオルガンは教会で聴くのが一番良い。
昔、学生の頃、スタンフォード大学の教会でパイプオルガンを聞いた。
僕が教会を訪れた時、ちょうどパイプオルガンの練習をしていたのか、
だれも居ない教会の中に響くパイプオルガンの音色に
全身鳥肌が立つような気分になった。
僕はクリスチャンでもないし、キリストについてそれ程知っているわけではない。
そんな僕でさえ、パイプオルガンの奏でるミサ曲を全身に浴びた時
天空のさなかに神を感じたことを覚えている。
もちろん、薄暗い教会の中に、幻想的なステンドグラスの文様が
音と混ざって、更に雰囲気を盛り上げているからだと思う。
教会ってのは、本当によく考えられて設計されているものだ。
天井の高さ、石の床、ステンドグラスから注がれる色彩、
その中心に十字架のイエスキリストがいる。
ヨーロッパの生み出した最高級のエンターテイメントだと思った。
日本の神社にも、別の感覚として人を魅了する術がある。
太鼓と鈴の音がそうだ。
人を引き付けるための演出は、ある意味、冷めてないとできない。
客観的に人の心をよんで、そこにベクトルを合わせ
色々な作用を重ねていくことで、最終的に主体を引き立てる
そんな演出を成功させるには、ブレの無い思い。
この思いは熱く、行動は冷静に!
そんなことを夜遅くCDから流れてくるミサ曲を聞きながら
耕うん機、無事に動いてくれました。
すこぶる調子いい。ただ、側面の泥除けがひん曲がって
ローターと干渉してしまうので、今日は片側の泥除けをはずしての作業となった。
畑を耕すことは問題なく、何とか必要なっ部分だけは
耕して畝を作ることができた。
たった3本だけど、これほど畝を真直ぐに作ることの難しさを初めて知った!
高さもそうだが、幅が均一ではないし、
何よりも真直ぐに畝を導くことができない。
クワを使っての作業は非常に難しいし、腰が痛い!!
随分と目につく石は拾い出したつもりが、
耕うん機でかき混ぜ、クワを使って整地していると
まだまだいっぱい出てくる。
今日はこの3本の畝を作るだけでも、写真にある一輪車に
二杯の石を処分した。
開拓農民の苦労がよく分かる。
そして、足元から冷えがくる。長靴履いて完全防備のつもりが
数時間も土いじりをしていると足が冷える。
さて、この畝を使って何を植えるか??
一本はジャガイモを作ろうと考えている。
ここで採れたジャガイモを湯がいて、バターと塩で食べてみたい。
夏に向けて、トウモロコシやトマト、キュウリやナスも植えてみたい。
まだまだ痩せた土地だけど、少しずつでも生物が息づき、
成長していく姿が見たい。
まだ虹の丘は、人が住んでいる空気の漂わない場所だが、
春になって花が咲き、野菜が芽吹き始めると
人が暮らす場所に変わっていけそうな気がする。
うちには、もう一つ世話しなければいけない畑を僕の実家の近所にある。
そこも手入れをしなければいけないが、
まずは、この虹の丘の畑に、もう少し緑を増やして